第15話 家を買う
街に出た俺は、リューゲに扮するカルテと屋台の料理で簡易な朝食を済ませると、家の探索に出ていた。
自分の家を買う、か。
前世では、春風達は自分の家を建てて新築の家に住んでいた。
俺には今のところそういった憧れやマイホームを持ちたいという願望も無い。
ただ、生活に必要な拠点を持ちたいという気持ちが大きい。
何を仕事にするか、仕事を誰に捧げるか、といった根本的なことはまだ分かっていない。
でも、ひとまずは生きるために何でもしようと思う。
だから仕事をベースにして家を選ぶつもりは無く、家をとりあえず買ってからやれることを見つけるつもりだ。
しかし、まだこの世界に生まれて一日しか経っていないが、右も左も分からずにこうして街を歩いて家探しができるのはカルテの助力が大きい。
あらためてカルテには感謝だ。
「カルテ。家を買うにあたってどんなことに気をつけたらいいかとかってあるか?」
「そうですね。基本は仕事を基にしてその付近で探したり、利便性を基にして暮らしやすい場所にしたりということが多いと思います」
「なるほど。俺の場合は仕事は決まっていないからひとまず利便性を重視して選んだ方がいいか」
「ただ、利便性以上にどんな場所に住みたいかを重視するというのもあります。ここは王都ですし、人もたくさんいて店もたくさんあって仕事もいくらでもあります。ですが、あえて田舎でのんびり暮らすという人もいます。王都に住むことをオススメしておいてなんですが、外に暮らしてもいいんですよ」
「いや、まずは住むのは王都がいいな。そのうち田舎に住みたいと思うようになるかもしれないが、人を知るには王都が一番いいと思う」
「ハルさんが王都に住んでくれるなら、私も嬉しいですよ。私はこの街が好きですから。そうなりますと、やはり利便性を重視して、暮らしやすくて、仕事を探しやすい、または仕事を始めやすい場所がいいかもしれませんね」
「そうだな。そんな場所は人気で空き家は無いかもしれんが」
「ひとまず、探してみましょうか。利便性なら王都の中でも中心部の方になるかと思いますので、そちらの方に行ってみましょう」
「わかった」
中心部というと、昨日の城から出てすぐに人々に囲まれたことを思い出す。
今日はすぐにバレないといいんだが。
中心部に向かってしばらく歩くと、徐々に人が増えてきた。
家も庭付きの小綺麗なものや豪華なものが見られるになってきた。
大通りじゃないにも関わらず店や色んな施設も多い。
こうして見ると王都の中でも中心部は階級が違うような感じだ。
「だいぶ様子が変わってきたな」
「そうですね。このあたりから経営者や貴族の住人も増えてくるので、家も立派なものが増えてきます」
「なるほど。実際に階級が違ったのか」
「はい。探すなら平民と貴族が入り交じるこのあたりがいいかもしれませんね」
「たしかに。ここなら色々な人がいそうだ。そうしよう」
立ち並ぶ家を見て回る。
人も多く行き交う中を歩いているが、俺達が昨日騒ぎを起こした二人だと気づく者は今のところまだいない。
服を変えただけだが変装の効果は思ったよりも大きいようだ。
「ところでどうやって売り家かどうか判断するんだ?」
「王都の土地は全て王家が所有しているので、地中に埋めてある魔石で照合できるようになっているのです。こんな風に」
そう言うと、カルテは首から服の中に隠すように下げていたペンダントを外し、目の前の家に向ける。
すると、黒色だったペンダントが赤色に変わった。
「このように赤色は土地の占有権者が文官を通して正しく登録されていることを示します。これを占有権者の魔石と照合すれば、登録者と合致しているかが調べられます」
俺はそれを見て思わず感嘆のため息をつく。
「ほー。すごいなこれ。めちゃくちゃ便利じゃないか」
「魔石を使用した管理業務は領主の重要な仕事なので、それを目指す人の為に特化した技術を教える学校も多いんですよ」
「それは納得だな。王都だと家も多いし人手も足りなそうだ」
「仰るとおりです。随時募集中ですね。王都以外の領地でも必要になる技術なので」
「そうか、王都の土地は王家の所有だが、他の領地に関してはその地の領主が管理しなければならないのか」
「はい。どのように管理するかは領主次第ですが、魔石を使用しているのは共通していますね。徴税にも関わることなので、不可欠と言っても過言ではありません」
「なるほどな。前世には魔法も魔石も無かったが便利なものだ」
「魔法も魔石も無かったのですか!?」
カルテが驚愕の表情でこちらを見る。
周囲の人が注目していることに気づき、サッと下を向く。
そういえば前世の世界についてはまだあまり話していなかった気がする。
「すいません。つい大声になってしまいました」
カルテが声を潜めて謝罪する。
俺も合わせてひそひそ声で話すことにする。
前世のことは迂闊に他人に漏らすようなものでもないしな。
「いや、俺の方こそいきなり爆弾発言をしてしまった。今度から気をつける」
「それにしても魔法も魔石も無い世界とは……ちょっと想像もつきません」
「俺もこっちに来てまず魔法があることに心底驚いたよ。前世の世界では世界の法則を解き明かして魔法のようなことができるようになっていたが、それでも本物の魔法にはまだ及ばなかったな」
「そうだったのですか……とても興味深いです。いつか私もハルさんの世界に行ってみたいです」
「ハハ、俺も前世じゃ道具に過ぎなかったからな。もし行けるなら人として訪れてみたいものだ」
そう答えた時に、春風のことが頭に浮かんだ。
もし前世の世界に行けるなら、彼にも会いたいと思った。
まあ、無理なことだろう。
家電の神様によって俺は違う世界に飛んできたのだ。
世界を渡るなんてことができるとは思えない。
「ともあれ、今は家探しをしよう。話を戻すと、魔石の照合機能を使って人の気配が無い家を照合していくってことか?」
「はい。仰るとおりです。城に行って調べれば早いですが、実際に見て回らないと周囲の雰囲気はわからないので、このまま地道に探索で良いかなと」
「そうだな。そうしよう」
それからしばらく探索をして、初めて空き家が現れた。
カルテの魔石で照合すると赤色ではなく緑色になったのだ。
それは空き家であることを意味するらしい。
しかし――。
「ボロいな……」
「ですね……」
外壁のあちこちに亀裂が入っていて、いくつか窓も外れている。
かなり古そうで、リフォームして住む気にもなれなかった。
「パスで……」
「はい……」
その頃にはもう昼になっていたので、適当な料理屋に入って昼食を済ませた。
今朝の屋台の料理もだが、昨日のシュターク達との料理ほどの感動は無かった。
やはりあれは相当に別格だったのだろう。
その後、再びしばらく歩いて、二軒目の空き家を見つけた。
「こちらはどうでしょうか?貴族向けの綺麗な物件ですし、つい最近空き家になったばかりで状態もかなり良さそうです」
「ああ。ここはいいな。周りも静かだし少し歩けば色んな店もある」
「ここなら仕事も見つけやすいでしょうし、ご自身で何かを始めるのにも良さそうですね。城も近くて通うのに便利です」
「そうだな。ん?まあいい、ここにしよう」
「はい!」
と、決めたはいいものの、肝心なことを忘れていた。
「そういえば、この家はいくらなんだ?」
「え?えーと、そうですね。魔石の情報では、わー、すごいです、金貨二枚だそうです。掘り出し物ですね」
「そんなに安いのか!?たしか一般的な家が十枚という話だったと思うから貴族向けだともっとするかと思ったが……」
「いやー掘り出し物でした。これはいいお買い物です。それでは登録しますね」
「あ、ああ。頼んだ」
カルテは満面の笑みで登録を進める。
彼女にとっても嬉しいことのようだ。
俺も自分が手助けになれることは嬉しいので気持ちはわかるな。
この家はカルテがいなければまず見つけられなかっただろう。
ありがたいことだ。
「登録が完了しました!これで、この家はハルさんのものです!」
「これが俺の家……」
言われて実感が出てくる。
俺は自分の家を持ったんだ。
これからここに住むんだな。
仕事のことを考えなければならないが、今はとりあえず家のことを考えよう。
前世の家のことを考える。
色んなものを買わないといけないな。
「カルテ。ありがとう。本当に助かったよ」
「いえいえ。お力になれて嬉しいです」
「これから少しずつ家具も揃えていこうと思う。カルテはまだ城には帰りたくないんだろ?」
「え?えーと……?」
カルテは城の人間が信用できないから俺と生活を共にしているのだ。
当分はカルテを守れる範囲に俺もいたほうがいいだろう。
「なら、俺と一緒に住まないか?」
「え!?」
「俺が一緒にいたほうがいいと思うんだ」
「えええ!?!?」
「どうだろうか」
「ひゃ、ひゃい、喜んで……」
「そうか。ならよかった」
「は、ハルさん」
「ん?」
「これは、王家のしきたりなので……少しの間、城に住んで頂いてもよろしいでしょうか?」
「え、俺がか?カルテも城に戻るのか?」
「はい……その後で、一緒に住みましょう……」
「わかった。カルテがそれでいいならそうしよう」
「ありがとうございます……では、城に向かいましょう……」
そう言ってカルテは俺の手に指を絡めてふらふらと歩き出す。
「え、ど、どうした、今から城に行くのか?」
「はい」
「わかった。ならそうしよう」
そうして家を決めた直後になぜか城に住むことになった。
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