第14話 仕事

「停電か!?」

「きゃあ!」

「あ?ああ……そうか、俺は人間になったんだ……」


 俺が人間になった翌日、初めての睡眠から目が覚めるとカルテが俺の横に座っていた。


「ここ、これはつい出来心で!」

「え?」

「あ、おはようございます!」

「ああ、おはよう」


 カルテは何事も無かったように立ち上がって自分のベッドへと腰掛けた。

 しかし、これが睡眠か……思ったより眠いままだな……。

 そういえば昨日は風魔法の自動運転を試すのにずっと訓練していたんだった。

 部屋を見ると、風魔法が作動している。

 どうやら自動運転は成功したらしい。


「カルテ。昨日はよく寝れたか?」

「はい。おかげさまでとても気持ちよく寝れました」

「そうか。それはなによりだ」


 さて、今日は何をするか。

 とりあえず、住む場所を確保しないとな。

 カルテから貰った金貨があれば買えるということだったし、見に行ってみるか。

 と、その前に一応確認しておこう。


「カルテ。まだ城には帰らなくていいのか?」

「はい。ハルさんと共に生活することが今の私の仕事なので」

「そうか。なら、今日は家を買いに行こうと思うが、一緒に来てくれるか?」

「はい!喜んで!」

「ありがとう。助かるよ」


 カルテがいてくれるのは心強い。

 俺にはまだまだ知らないことがたくさんあるからな。

 俺は自動運転中の風魔法を切って、少ない荷物を持って部屋を出る。

 廊下に出るとまたむわっとした空気に包まれる。

 この空気はやっぱり苦手だな。

 と、そこで俺は昨日の空気清浄機能を思い出す。

 風魔法ならこの建物ごと掃除と換気が出来るんじゃないか?

 お婆さんの悲しげな顔を思い出して、そんなことを思う。

 ロビーに行くと、そのお婆さんが受付にちょこんと座っていた。


「こんにちは。チェックアウトの前に聞きたいことがあるんだが」

「はい。なんでしょう」

「俺は風魔法が使えるんだが、この宿を掃除してもいいだろうか?」

「掃除?風魔法でかい?」

「ああ。空気を入れ替える位だからそんなに綺麗にはならないかもしれないが」

「それはありがたいよ。もう掃除もろくに出来ないからね。空気を入れ替えるだけでも助かるってもんだよ。今はちょうど昼前でお客さんも出てるし、できるならお願いしていいかい?」

「よし、じゃあちょっと待っててくれ。カルテも、少し待っててくれ」

「はい!」


 俺はエントランスのドアを開ける。

 次いで各部屋の扉も風魔法で開ける。

 鍵もドアノブも無い、押せば開くものなので簡単だ。

 次いで風魔法で宿の中の空気と外の空気を入れ替えていく。

 ブオオオオ。


「ゴホッ」


 思わず咳が出た。

 凄まじい量のホコリだ。

 ホコリと一緒に、何か蓄積した浮遊物のようなものが一気に外に出ていく。

 地面の砂も風で巻き上げて飛ばしていく。

 それらが混ざりあった灰色の砂嵐のように色を持った空気だ。

 こんなに溜まるものなのか!

 俺も二人もあまりの空気の汚さに口を開くことも出来ず、ただただ淀んだ空気が徐々に綺麗になっていくのを見ていた。

 五分ほどして空気の色が透明になる頃には、あのむわっとしたニオイは消えていた。

 こんなものだろう。

 俺は風魔法を止めた。

 二人が感動を隠さない顔で近づいてくる。


「すごいよあんた!こんなに綺麗になったのは久しぶりだよ!」

「とても空気が綺麗になりましたね!」

「ああ。空気の入れ替えだけだが、結構変わるものだな」

「随分長いこと掃除してなかったからねえ」


 お婆さんは過去に思いを馳せるようにすると、何かを思いついたように言う。


「あんた、見ない顔だけどここら辺に住んでるのかい?」

「今日家を買いに行く予定だ」

「そうかい。たまに掃除しに来てくれないかい?」

「掃除か。考えておくよ」

「こんなに綺麗になったらお客さんも増えるだろうからねえ。宿屋に引っ張りだこの仕事になるよ」


 そうだ、仕事だ。

 考えてみれば、仕事も探さなければならないんだ。

 仕事か。

 風魔法を活かした仕事。

 これもアリかもしれないな。


「考えておくよ。じゃあもう行くよ」

「本当に助かったよ。また来ておくれ」


 笑顔のお婆さんに見送られた俺は、人を笑顔に出来るような仕事は良いかもしれないなと思った。

 しかし、仕事か。

 前世では家族の幸せの為に働いていた。

 それが家電としての生き方だった。

 春風も家族の為に働いていたと思う。

 なら、俺は、この世界では誰の為に働けばいいんだろう?


「ハルさん?」


 俺の顔を覗き込んできたカルテと目が合う。


「どうしたんですか?考え込んでるみたいですけど」

「ああ。いや。仕事について考えてた」

「仕事、ですか」

「何をしようかと思ってな」

「大事なことですね」


 カルテは生まれながらにして王女だ。

 国の為に生きることを義務づけられている。

 その役を放棄することは出来ない。

 何を仕事にするか、なんてことは考えたことは無いだろう。

 家電として生まれた俺の前世と同じだ。


「カルテは、もし自分が王女じゃなかったら何をしたいと思う?」

「ふふ、考えたことも無いですね」


 やはりそうか。


「でも、家族の為なら何でも頑張れると思います!」

「それはわかる。もし家族がいなかったら?」

「家族がいなかったらですか?そんなの、あ……すいません。配慮に欠けました」

「あー、いや、すまない。俺も前世はずっと家族の為に生きてきたから、今は誰の為に生きたらいいんだって思ってな」

「うーん。そうですよね。難しいですね。私も同じ立場なら……ちょっと分からないですね」

「同じだな」

「ですね」


 難しい問題だ。

 でも、俺もカルテも、根幹の価値観が似ているのかもしれないと思った。

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