第12話 打算と衝動

「ここにおりましたかお嬢様……ハァハァ……探しましたぞ……」


 リューゲに扮するカルテがめげずにハルを尾行していたところ、見知らぬ男が声をかけてきた。

 カルテはお嬢様という言葉から男がリューゲの家の者と察したが、事前の打ち合わせに無かったので、ひとまず探ることにした。


「どちら様でしょうか?」

「リューゲお嬢様の護衛を務めることになりましたミューダです!いきなり飛んでいってしまわれたので探すのに苦労しましたぞ」

「よく私がリューゲだとわかりましたね」

「フフ、子供の頃からお嬢様を見てきたのです。ちょっとの変装くらいではすぐに見破ってしまいますぞ」

「そうですか。さすがです」


 ミューダは得意気に胸を張る。

 やはりフレーガの偽装魔法を見破れる人はいないらしい。

 いつものことながら、そのことにまず安堵した。

 それにしても、リューゲは私に護衛をつけていたらしい。

 私も多少は魔法が使えるけど、ハルさんと別れてしまった今ではリューゲの判断がありがたいし、さすがだと思った。

 ハルさんが遠くに行ってしまうようで悲しくて、リューゲ達の助けも借りてつい勢いで付いてきてしまったけれど、これからどうしよう。

 ひとまずリューゲのふりをしながらミューダにも意見を聞いてみることにした。


「ミューダ。私はハル様の行動を監視しなければなりません」

「はい。私はその護衛ということでしたね。しかし、素行調査であれば私でも可能と存じますが……」

「いえ、カルテ様の友人として、ハル様がカルテ様に相応しい方か見極めなければなりません。その為にも、再び行動を共にできるよう、状況を作る必要があります」

「ふむ。つまりお嬢様とハル様が自然に再会出来るよう仕組むということですな?」

「はい」

「何か策はあるのですか?」

「いえ、今考えているところです。何か良案があれば良いのですが」

「では、ベタですが私が悪漢のふりをして襲われているリューゲ様を助けてもらうというのはいかがでしょうか?」

「ベタですね……」


 それにこれ以上借りをつくるのはハルに対して悪いと思った。

 逆に恩を返せるようなことで近づければ。

 しかし、お金を手に入れた今、ハルが困るのはこの世界について無知だということくらいだろう。

 カルテは王女でありながら己の無力を感じざるを得なかった。

 その時、遠くから見ていたハルが宿屋に入っていくのが見えた。

 それは宿は宿でも売春宿だった。


「ちょ!ハルさん!?」

「え!?お嬢様!?」

「ミューダ!待ってて!」

「は、はい!」


 今までに見たことの無いリューゲの様子に驚くミューダを尻目に、カルテはそれまでの打算を投げ捨ててハルへと走った。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 ハルが散歩も兼ねて小道に入ってしばらく歩くと、ひっそりとした場所に宿を見つけた。

 もうすっかり日も暮れたし、今日はここにしよう。

 早速宿に入ると、やたらと露出の多い女達が待ち構えていた。

 そのうちの一人が近づいてきて、体を擦り寄せてくる。


「いらっしゃい。若い子が来てくれて嬉しいわ」


 その女は今にも抱きついてきそうな勢いで俺の首に手を回した。

 やけに丁寧な接客だ。


「こ、これがこの世界の宿か……」

「違います」


 その声に振り向くとリューゲがいた。

 リューゲに手を掴まれた俺は、そのまま宿屋の外へと引っ張り出されてしまった。


「リューゲ。いたのか」

「たまたま通りかかったんです」

「宿に泊まりたいんだが」

「ハルさん!あれはちょっと違う宿なんです!やっぱり私が案内します!」

「そ、そうなのか。じゃあ頼む」


 リューゲの有無を言わさぬ勢いに押されてしまったハルだった。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 カルテは過程はどうあれまた行動を共にできることになったのが嬉しかった。

 やっぱりハルさんはまだまだ危なっかしい。

 特に女性関係については!

 私は最終手段に出ることにした。


「ハルさん」

「ん?」

「実は、私は王女様の命により、ハルさんが王都での活動に方向性を見出すまで行動を共にし、手伝うようにと言われています」

「そうだったのか」

「はい。ハルさんはまだまだ知らないこともたくさんありますから」

「それはたしかに」

「ですので、今後は私を近くに置いて頂けませんか?」

「というと、例えば寝食を共にするということか?」

「はい。もちろん、寝る時に部屋を分けるかはお任せいたします」

「構わんが」

「え、いいんですか?」

「俺としては助かる。カルテにとっては従者が一人減るしリューゲにとっても迷惑だろうと思っていたが、そうでないならありがたい話だ」


 私は力が抜けていくのを感じた。

 そんな風に考えていたとは。

 てっきり邪魔に思われていると思っていた。

 急に嬉しくなり、思わず微笑む。


「ふふ、そうだったんですね」

「……」

「ハルさん?」

「なあ」

「はい?」

「お前はカルテなんじゃないか?」

「え!?」

「その笑顔も雰囲気も、カルテにそっくりなんだ」


 ハルが私の正体を見破った歓喜と驚愕で、固まる。

 今までに、特にリューゲに偽装した時は、疑問に思われたことは多々あったが見破られたことは無かった。

 それをまさか、よりにもよって誰よりも見破って欲しい人に見破ってもらえるとは。

 何も言葉が出ない。

 どうしたらいいのかも分からない。

 誤魔化したらいいのか。

 真実を打ち明けるべきか。


「カルテ」

「はい」


 あ。

 思わず返事をしてしまった。


「やっぱりカルテか」


 ハルが微笑む。

 その笑顔を見ると、私はどうしようもなくなるのだ。


「はい。カルテです」


 私は正体を明かすことにした。

 これからどうしよう。

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