第11話 王と王女の三人の従者

 王の執務室を訪れていたリューゲはカルテとの打ち合わせ通り、王とハルへの対応について話していた。


「お父様もご覧になられた通り、ハル様の風魔法は賢者様をも驚かせるほどの実力です。そして絶体絶命の王女を救出したという手柄。これはハル様は遠慮なさっていますが、爵位や金銭、領地等では足りないと考えます」

「うむ。その通りだ。しかしそうなるとどうすればよいか……」

「お父様。お父様は常々、我が国の上級貴族に私に相応しいものがいないと嘆いておられたと記憶しています」

「うむ。皆、今ひとつ物足りんと思っておる。……まさか、カルテよ」

「はい。お父様。私はハル様を夫に迎えたいと考えております」


 王はそれを聞いて、あらためてカルテの顔を見る。

 感情豊かなカルテがたまに見せる理知的で冷徹な顔があった。

 カルテはそれだけ国の未来を思い、最も合理的と思える判断をしようとしているのだ。

 余もカルテの覚悟に答えなければなるまい。

 しかし、望まぬ結婚だけは親としてさせるわけにはいかない。

 カルテには幸せになってほしいのだ。


「カルテよ。余は娘に望まぬ結婚を求めるほど非情ではない。政略など考えず、まずは己の気持ちの赴くままに相手を探してもよいのだぞ」

「お父様。私はハル様に救出された時にこの方が運命の方だと直感しました。それから一緒に空を飛んでいる時も、その背中に今までに感じたことのない温かさを感じました」

「そうかね……」


 王はそんな話をしているカルテが些かも表情を崩していないことに違和感を感じたが、その言葉を信じることにした。


「ハル様を夫に迎えることで、先の問題も解決することができます。私には、もうそれ以外の選択肢が無いと考えています」

「ふむ……」

「しかし、これには一つ重大な懸念がございます」

「それは?」

「ハル様が他の女性に取られてしまうのではないかということです」

「な!?カルテを置いて他の女だと!?ありえまい!」

「いえ、ハル様はとても田舎で育った方で、ほとんど一人で暮らしていたそうで、王都に来たのも今日が初めてだそうです」

「そうだったのかね。それは結構大事なこと――」

「ですから、悪い女に騙されることもあるかもしれません」

「ぬ!?たしかに!」

「ですが、ご安心ください。既にハル様の素行調査もかねて私の従者が案内役として同行しています。彼女は当分の間ハル様と生活を共にする予定ですが、他の女性が近づかないように監視も兼ねています。調査の結果、ハル様が真に王家に迎え入れるに値すると判断された場合には、ぜひ、お父様の許しを頂ければと」

「うむ。そこまでしたならば余とて断る理由もない」

「ありがとうございます」

「しかし、従者は女なのだろう?一緒に暮らすのは問題無いのかね?」

「それは問題ございません」

「えっと、なぜかね?ハルが惚れてしまうということも」

「それは、えー、ハル様への信頼でございます」

「信頼、とな?」

「はい。私とハル様の間には、短い間ながらも確かな絆が生まれたと確信しております。私の従者相手に懸想するというのは、ありえません」

「そ、そうかね。まあよい。カルテが初めて相手を定めたというのだ。応援しておるぞ」

「ありがとうございます、お父様」

「うむ。では下がってよいぞ」

「はい。失礼いたします」


 王の執務室を後にしたリューゲは、次いで王女の従者達の部屋に入る。

 その姿を見た従者のトロイエが慌てる。


「ちょっとリューゲ!今はカルテ様なんだからここじゃないでしょ!」

「あ」


 リューゲは慌ててドアを閉める。

 周りを確認するが誰にも見られていない。

 一安心する。

 そのまますぐ隣の王女の私室へと入った。

 次いで他の従者二人が入ってくる。


「お疲れさま。王様との話は上手く行った?」


 トロイエが話を切り出す。

 従者の中では活発な彼女は、体力が必要な極秘任務の際に替え玉を務めてきた。


「ええ。上手く行きました。万事予定通りです」

「バレなかったですか……?」


 フレーガも心配そうに尋ねる。

 彼女は偽装魔法に特化した魔法使いであり、今回の偽装も彼女によるものである。


「はい。さすがですよ、フレーガ」

「そうですか……よかったです」


 フレーガは一安心した。

 リューゲはいかなるときも冷静で物怖じしない性格から、交渉事を担当することが多かった。

 三人はカルテの幼少からの友人であった。

 王女として幼い頃から忙しかったカルテを見て、それぞれに役に立つ術を磨いてきた。

 中でもフレーガはその偽装魔法を誰に知られることもなく鍛錬を重ね、今では実の父親でさえも気づけないほどの偽装を施すことが可能になった。

 しかしそれも三人がカルテをよく知り、その望みを叶える為にその細かな仕草まで訓練したからこそ可能なのであった。


「カルテ様は大丈夫かな……」

「きっと大丈夫よ!あんなに落ち込んでたカルテ様は初めて見たもの。ハル様には本気の本気。絶対になんとかしてみせるって!」

「そうですね。ですが、失礼ながら王女様の身の安全を最優先と考え、我がヴァーハイト家から邪魔にならない範囲での護衛をつけさせてもらいました。当然ながらリューゲが自身の護衛を依頼した形になっています」

「そうね、偽装魔法のことは誰にも秘密だからね」

「カルテ様のリューゲはすぐにボロが出ちゃうけど……」

「……」

「……」


 元来情緒豊かなカルテがリューゲを演じることに不安を感じつつも、カルテの恋の成就を心から願う三人であった。

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