第10話 ミーレ

「わるいな、こんなにしてもらって」

「このテーブルは四人には少し大きいんだ。ちょうどよかったってことだ。それにお前のことも気になったしな」

「俺のことが?」

「ああ。まあ、とりあえずメシを注文したらどうだ?オレ達もさっき頼んだばかりなんだ」

「そうだな。えーと……」

「オレのオススメは店長の気まぐれランチだ。何が出てくるか分からんがその日の一番の食材を使った料理でな、外れたことはねえ」

「それは良さそうだ。俺はそれにしようと思うがリューゲはどうする?」

「私も同じものにしようと思います」

「決まりだな。おーい、そこの!店長の気まぐれランチをふたつ追加で頼む!」

「はーい!最奥の赤のお客様に店長の気まぐれランチふたつ追加ー!」


 シュタークが俺の代わりに注文してくれるのを見ていると、リューゲとは逆の隣の席から視線を感じる。

 シュタークが重装備なのに対して身軽な装備のその女と目が合う。


「あなた、見ない顔ね」

「ああ。今日来たばかりなんだ」

「そうなの?ふーん?」


 そう言いながら俺を品定めするように見る。

 さっきから力を測っているんだろうか。

 冒険者からは特によく見られるように思う。

 と、注文を終えたシュタークが俺に向き直る。


「あらためて、オレはシュタークだ。このパーティのリーダーをやってる。よろしくな」

「俺は今日この街に来たばかりのハルカゼだ。よろしく頼む」

「それでそっちの女が……」

「アタシはフリューよ。シーフとよく間違われるけど武闘家をしているわ。よろしくね」

「私はリューゲと申します。ハルさんとは懇意にさせて頂いております。よろしくお願いします」


 俺を挟むようにして左右の女が挨拶をする。

 フリューは武闘家なだけあって細身ながらもよく鍛えられている。

 リューゲは王女の従者であることを隠していくようだ。

 俺が会話を進められるように気を使ってくれたのだろう。

 続いて他の二人が挨拶をする。


「私はクライネです。魔法使いです」

「わたしは僧侶のフロインドリッヒです。長いのでフーちゃんと呼んでくださいね」


 クライネはローブを着用している。

 賢者もローブを着用していたが、魔法使いの定番衣装ということなのだろう。

 背が低く、子供に間違われそうな外見をしている。

 いや、子供なのかもしれない。

 フロインドリッヒは微笑みの似合う緩やかな口調で、仕草もゆったりとしている。


「ちなみにクライネはこれでも大人だ」

「これでもって言わないでください」

「失礼よ、シュターク。小さいのがかわいいんじゃない」

「フリューさんも失礼です。小さいって言わないでください」

「うふふ、大丈夫よ、クライネちゃんはきっと大きくなりますから」

「もう大きくなりません」


 どうやら大人だったようだ。

 クライネは慣れているのか、三人に対して怒るでもなく淡々とツッコミを入れていく。

 そんな四人の仲の良さが窺えるやり取りを見て、俺も顔を綻ばせる。


「仲が良いんだな」

「仲は……まあいいですけど」

「クライネがデレた!」

「クライネがデレたわ!」

「クライネちゃんが――」

「デレてません」

「ブッ」

「笑わないでください」


 ついに俺にまでツッコミが入った。

 クライネのツッコミが微笑まし過ぎてつい吹き出してしまった。


「でももう四年も組んでるからな。戦闘中も息がピッタリだ」

「そうね。もう四年か。強くなるわけだわ」

「今回は危なかったですよ。当分竜の相手は勘弁です」

「そうですねえ。わたしも疲れました」

「竜……がいるのか?」


 俺は会話の中に出てきた竜という言葉に思わず反応する。

 竜と言えば前世でも強力な魔物として様々な話に出ていた。

 やはりシュターク達は相当に強いパーティなのだろう。


「ああ。クールン王国とハイツン帝国の国境にある『地獄の谷』と呼ばれる場所には色んな竜がいるぞ。今日はその討伐からちょうど帰ってきたところだ」

「まあアタシらでも倒せるのは弱い方だけ。強いのは遭遇したら逃げるしかないわね。と言っても縄張りは分かってるから遭ったことは無いけど」

「ハルさん。竜はクールン王国と北に隣接するハイツン帝国との貿易の最大の障害なのです。しかし、竜を討伐するということはシュタークさん達はもしや『ミーレ』の方々でしたか?」


 リューゲが会話に参加する。

 彼女にとって気になる話題だったのかもしれない。

 シュタークはリューゲのことをジロジロと見る。


「知ってるのか。そうだ。にしても、二人共服装はそこらの平民と同じようなものを着てるのに妙なオーラがあったり、妙に世事に詳しかったり、随分と変わってるな?」

「いえいえ、ハルさんのオーラは隠しきれませんが、『ミーレ』『ボッシュ』『シーメンス』と言えばクールン王国の三大冒険者パーティというのは有名ですよ」

「ハルのことは否定しないんだな」

「俺のことは否定しないのか」

「ハルさんのことは否定しようがありませんので」

「まあ、それなんだよ。ハル。お前のオーラが気になったんだ」

「そんなもの本当にあるのか?」

「いや、目に見えるとかそういうんじゃねえんだ。オレの勘みたいなもんだ。こいつは大物になりそうだってな」

「アタシも感じたわ」

「私もです」

「わたしもです」

「なんだと……」


 リューゲとシュタークばかりか、ミーレの皆にまで言われてしまった。

 俺が転生者ということに関係しているのだろうか。

 何か隠す方法を探した方がいいかもしれない。

 と、俺が対策を考えようとしていた時にウェイトレスがやってきた。


「お待たせいたしました。店長の気まぐれランチが四つと、まだまだぐんぐんランチが一つ、あまあまスイーツセットが一つです」

「おう、ありがとな」


 俺は届いた自分の料理に目が釘付けになる。

 人生初の食事だ。


「これが料理か……良い香りだ……」

「だろ?食ってみな、飛ぶぞ」


 そう言ってシュタークは俺が食べるのを待っている。

 リューゲが先に食べてくれたので、見よう見まねで食器を使って肉のようなものを口に運んだ。

 その瞬間。

 飛んだ。

 口の中に「味」が広がる。

 その味は初めての食事にも関わらず「美味い」ことが分かった。

 口から幸せが放出され、全身を駆け巡った。

 これが、食事か……!


ふはふ美味すぎる……」

「だろー?冒険者専用みたいな場所だが貴族の料理にも負けねえと思うぜ」

「美味しいけどこんなに料理に感動してる人初めて見たわよ」

「そんだけここの料理が美味いってことだ、な?」

「ああ……めちゃくちゃ美味いな……」

「これは美味しいですね……」


 リューゲにとっても美味しいようだ。

 王女の従者をしているリューゲが言うなら相当に美味いのだろう。

 俺は夢中で貪った。


「酒は飲むか?」

「いえ、私達はこれから予定がありますので、お酒は遠慮させて頂きます」

「そうか、残念だな。まあ俺達もまだ疲れが抜けてないし今日は飲まなくていいか。今度は飲もうぜ」

「ああ。そうさせてもらおう」

「ところでお前らはどういう関係なんだ?」

「こら、いきなりそういうことの詮索はよしなって」

「あーわりいわりい。いや、今日来たばかりの男とその男と懇意にしている女ってのはどういうことかと思ってな?」

「言われてみれば?」


 シュタークとフリューがこちらを怪しそうに見る。


「ハルさんはある方の恩人なのです。今日ここに来る途中で助けて頂いて。懇意にしているというのは、えーと、色々と行動を共にするので、それで……」

「ハハハ、すまねえ、気にしないでくれ。なんか事情があるのは分かった」


 いずれ、俺が風魔法で来た事は伝わるだろう。

 だが、また急に人が殺到しても困るので今は隠しておくことにした。

 ひとまず今は――。


「シュターク」

「なんだー?」

「もうひとつ同じのを食べたい」

「もう食ったのかよ!」

「お任せくださいハルさん!すいません!店長の気まぐれランチをもうひとつお願いします!」


 俺は結局三杯食べた。

 人生初の食事は楽しくて美味かった。


「それじゃあな、ハル。オレ達はしばらく王都にいる予定だ。冒険者になりてえならギルドハウスに来ればオレがいるからな。待ってるぞ!」

「ああ。その時は頼む。今日は色々とありがとう。それじゃ、また!」

「おう、またな!」


 そうしてシュターク達と別れた。

 外はもう日が沈んで空は赤く染まり始めていた。


「ひとまず、泊まるところを探さないとな」

「そうですね。このあたりには宿も多いですから、すぐに見つかると思います」

「そうか。じゃあ、リューゲともここでお別れだな」

「え」

「いや、さすがに俺一人でも宿は探せるさ」

「あ」

「色々と手伝ってくれてありがとうな。助かったよ」

「はい」

「それじゃ、カルテによろしく言っといてくれ。じゃあな」

「は、はい……それでは……」


 リューゲにも別れを告げた俺は夕暮れの中を一人で歩き出した。

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