第3話 王女との出会い

「ん……」


 意識が覚醒する。

 電源が入った……?

 俺は、視界が暗いことに気づき、目を開く。

 そこにはどこまでも続く朝焼けの橙から濃紺へ美しいグラデーションで染まる空があった。

 その時、家電の天国での出来事を思い出した。

 そうだ、俺は人になったんだ。


「これが……空か……」


 これほどに美しいものなのか。

 天井しか見たことが無かった俺は、その光景に言葉を失う。

 体を起こして空の明るい方へと目を向ける。

 遠くに見える森の端の上に、今までに見たどんな電気よりも明るい光があった。


「あれが……太陽……」


 綺麗だ。

 でも、眩しい。

 目を開けていられない。

 思わず目を逸らす。

 視線の先には衣服をまとった体が見えた。

 衣服は布地を縫っただけのような質素なものだった。

 日本では中々見られないだろう。

 そして、体は高校生くらいだろうか。

 引き締まった良い体をしている。

 体。

 体!?

 俺の体だ!

 そうだ、人になったんだから当然体があるんだ!

 ぼんやりしていた頭が一気に覚醒する。

 ようやく人に転生したという実感が強く湧いてきた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 俺は歓喜を叫んだ。

 この喜びを声にしたかった。

 声にしたら、声が出せることにまた歓喜した。

 ありがとう、神様。

 ありがとう、春風、桜、風花。

 俺は、人になれたよ。


「助けてください!!!」


 自らの転生に歓喜していると、急に声が聞こえてきた。

 声の方向に目を向けると、派手な格好をした女が三人の男に追い回されていた。

 呼ばれたのは俺か!

 あの女は俺に助けを求めているのだ。

 俺は前世の出来事を呼び起こす。

 目の前で倒れた桜を救えなくて自分を恨んだ。

 その後、何日も泣く春風を見てやるせなかった。

 もうあんな思いはしたくない!


「何してるんだおまえらああああ!」


 俺は無我夢中で走った。

 そして、必死に追いつくと、女の盾になるようにして男達の前に立った。


「ありがとうございます……ハァハァ……彼らは盗賊です。馬車で移動していたところをその中の一人に裏切られて……」


 女は涙を流しながら、息も切れ切れに必死に話した。

 その目は男達の一人に怒りの眼差しを向けていた。


「まったく、これだから……。黙って連れ去られてりゃいいのに」


 男の一人がそう言うと、剣を抜いた。

 二人も続いて剣を抜く。

 女から何かを聞いたわけじゃないが、こんな物騒なやつらがまともだとは思えない。

 俺は命を賭けてでも女を守る覚悟を決めた。


「君。走って逃げろ。俺が彼らを止めてみせる」

「駄目です。そんなことはお願いできません」


 女は聞きそうにない。

 ならば、ここはもう当たって砕けろだ。

 俺は全く格闘の心得は無かったが、とにかく相手を倒すことと武器を避けることを考えて腰を低くし手が顔の近くになるよう腕を挙げた。

 剣に意識を集中する。

 あれに斬られたらおしまいだ。

 だが。


「ぐっ!?」


 突如体が後ろに飛ばされる。

 なんとか踏ん張ったものの、何が起こったのか全く分からなかった。


「一体、何が……?」

「おそらく、風魔法です」

「風……魔法……だと……?」

「はい。相手の起こした突風によって吹き飛ばされそうになったのだと思います」


 この世界に魔法なんてものがあることに驚いたが、それどころではなかった。

 よりによって、風魔法、だと?

 俺が前世で家族の幸せを願って送り続けた風。

 その風を使って、こいつらは人を傷つけようというのか?


「お前らは絶対に許さん」

「だったらどうだってんだ?」


 風魔法の使い方なんて分からない。

 でも、俺は前世で生涯をかけて風を送り続けたのだ。

 使えない筈がない。

 起きろ、風。

 俺はイメージで再びエアコンになり、送風ファンを回転させる。

 スゥウウウウウウ。

 すると、俺の周囲から男達に向かって風が吹き付ける。


「な!?風魔法が使えるのか!」


 まだだ。

 イメージをもっと強風にしろ。

 風量を2にする。

 フォオオオオオオ。

 

「ぐ!こいつ、相当な風使いかもしれんぞ!防御魔法を張れ!」


 風量を3にあげる。

 ブォオオオオオオ。


「だ、だめだ!ぐあああああああ!」


 男達は風に乗って遥か遠く見えなくなるまで吹き飛ばされていった。

 脅威が消えたことで俺は一安心する。

 そして、この世界でも風が使える喜びを噛み締めた。


「風……俺の風だ……!」

「あ、あの!」

「あ、すまん、大丈夫だったか?」

「はい!」


 俺は風を起こすことにすっかり夢中になっていた。

 女が一緒に飛ばされてなかったことに安心する。


「無事でよかった。あいつらはもう大丈夫だろう。他に盗賊はいるのか?」

「いえ、もういません。本当に助かりました。その、それで!」

「そうか、それはよかった。馬車で来たと言っていたが、帰れるのか?」

「あ!そ、そう!馬車が使えなくて!一緒に来て頂けると嬉しいのですが!ちゃんどお金もお出ししますので!」


 お金。

 考えてみれば、俺は何も持っていない。

 服を着ているだけだ。

 ここはありがたく提案に乗るとしよう。


「すまない、助かる。お金が無かったんだ。送らせてもらうとしよう」

「よかった!こちらこそ、ありがとうございます。私はクールン王国王女のカルテ・クールンです。どうぞよろしくお願いします」

「王女だったのか……すまない。俺は貴族の話し方は出来ない。無作法を許して貰えると助かる」

「とんでもございません!私の命の恩人なのです。無作法なんてある筈がございません」

「そうか、それは助かる」

「その、それで、あなたは一体……?」

「ん?あ、ああ、俺か。俺は……」


 俺はエアコンだ。

 名前と言うと、商品名か型番だ。

 だが、どれもピンと来なかった。

 風にちなんだ名前を考えてしまおう。

 風……あ。

 いたじゃないか。

 俺が生涯風を送り続けた人が。

 名前を借りるぞ、春風。


「俺はハルカゼだ。よろしく頼む」

「ハル・カゼ様ですか。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 そう言うとカルテは嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔は、人のことをよく知らない俺にとっても綺麗に思えた。

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