第2話 家電の天国
「こんにちは。家電の神です」
俺は強制冷房運転モードになって生涯を終えると、家電の天国に来ていた。
周りには同時期に生涯を終えた家電達がたくさんいた。
俺はその中でもかなり古い方だと思う。
家電の神様はとてもダンディな人で、俺に対して話しかけていたようだった。
「え、ああ、はじめまして。家電の神様、ですか」
「君のことはずっと見守っていたよ。今日は君に会わせたい人がいるんだ」
「それはどうも。会わせたい人というのは……?」
俺は家電の神様の後ろから姿を現した人に絶句する。
桜だ。
「こんにちは。エアコンさん」
「桜……」
俺は久しぶりに見る桜に目頭が熱くなった。
若い時の桜だ。
桜が生きている。
桜が俺に話しかけている。
「久しぶり、だな」
「はい。お久しぶりです」
桜は懐かしい微笑みを浮かべている。
俺は桜と会話ができることに感動していた。
でも、今は気になることがあった。
「桜。俺は、春風を救えたのか?」
「はい。エアコンさん。貴方のおかげです」
「そうか……よかった」
本当によかった。
最後に春風に恩を返すことができた。
最後に桜に会うことができた。
こんなに幸せなことは無い。
もう俺に思い残すことは無い。
良いエアコン生だった。
「エアコンさん。私は天国から貴方の献身を見てきました。貴方がどれほど家族を思ってくれていたか、どれほど家族に尽くしてくれていたかを知り、驚きましたよ」
「それは、まあ、家電だからな」
俺は照れくさくなって室外機を回した。
そんな俺を見て桜は微笑む。
「エアコンくん。君の献身は家電の神である私にとっても驚くべきものだった。他の神達にも頼んでなんとか君の願いを叶えてあげたいと思ったんだ」
「俺の……願い?」
「そうだ。君は、人になりたいんじゃないか?」
思わず蓋が外れフィルターを落としてしまう。
桜が拾って付け直してくれた。
桜はそのまま蓋に手を置きながら、コクリと頷いた。
そんなこと。
そんなこと、望んでもいいのか?
俺は、三人を見ていて、ずっと願っていた。
もし俺が人になれたら、と。
「エアコンさんは私達のことをずっと優しく見守ってくれました。寒い時には温かい風を、暑い時には涼しい風を送り続けてくれました。そんなエアコンさんの願いを叶えられるなら、そんなエアコンさんの願いが人になることだと言うなら、私もとても嬉しいのです」
「桜……」
「どうかな、エアコンくん。他の神達も賛成してくれた。君さえ望めば、少し今の日本とは異なる世界になるけど、君を人として転生させることは可能だよ」
俺が……人に……。
もどかしかった。
会話をしたかった。
触れてみたかった。
もっと人を知りたかった。
だから、答えは決まっていた。
「俺を人にしてください、神様」
俺がそう言うと、家電の神様は持っていたコードレス掃除機型杖を上に掲げる。
「ヤマダコジマノジママツヤビックヨドバシ――」
家電の神様が祈りの言葉を唱えると、コードレス掃除機型杖に天から光が集まっていく。
それはまるで女児向けの魔法のステッキのようだった。
「――ケーズベストジョーシン……エディオン!」
そして、祈りの言葉を終えると、コードレス掃除機型杖をおろし、俺に向ける。
すると、その光が俺を包んでいく。
「エアコンよ。
「ありがとうございます、神様。最後にひとつ、ワガママを言ってもいいですか?」
「聞こう」
「春風と風花にもお別れをしたいのです。一言で構いません」
「よかろう。ソフマップ!」
神様がそう唱えると、目の前にコードレス受話器が現れた。
「その受話器は二人の意識に繋がっている。ただし、生者と死者が正確に言葉を交わすことはできん。一方通行になるだろうが、そこは了承してくれ」
問題無い。
伝えたい言葉は決まっていた。
「今までありがとう」
言えた。
ずっと伝えたかった言葉だ。
俺を買ってくれてありがとう。
俺を大事に使ってくれてありがとう。
今まで、ありがとう。
すると――。
「俺の方こそ、ありがとうな」
そう、受話器から返ってきた。
俺は家電の神様を見る。
家電の神様も驚いたような表情をしている。
単なる偶然かもしれない。
でも俺は、確かに春風と言葉を交わせた気がした。
最後に――。
「桜」
「はい」
ありったけの心を込めて。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
桜の微笑みを基盤に焼き付ける。
これで本当にさようならだ。
俺を囲む光が強くなる。
「それでは、転生を始める。エアコンくん。君の人生に幸あれ」
俺のエアコン生は終わった。
そして、人生が始まる。
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