人に憧れたエアコンは異世界で風神になる

キタミギ

第1話 エアコンの一生

 俺は今年生まれた新品の高機能エアコンだ。

 つい先日この家電量販店に来てから、みんなが一度は俺のことを見る。

 目玉は何と言ってもインバータだ。

 この機能で部屋を快適にし続けることができる。

 そして、ついに今日、俺をお買い上げの客が現れた。


「桜。エアコンは長く使うものだし、これがいいんじゃないかな」

「そうね。新築だもの。良いものを買いましょう。春風はるかぜさん」

「ありがとうございます!それではリビング兼夫婦の寝室については、こちらのエアコンで進めさせていただきますね」


 新婚の夫婦のようだ。

 幸せそうな顔をしている。

 この夫婦なら俺を大切に使ってくれるかもしれないな。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 半年後。

 俺がコンセントに繋がれ、久々に目を覚ますと、目の前にはあの夫婦がいた。

 どうやら、無事に家の工事は完了したらしい。

 二人は、念願のマイホームを手に入れたってわけだな。

 前にもまして幸せそうだ。


「いやあ、やっぱり高いのを買ってよかったね。良い風が吹いてる気がするよ」

「ふふ、そうね。エアコンさん、長持ちしてね」


 ああ、任せてくれ。

 俺は高機能エアコンだからな。

 これからいつだって部屋を快適にしてやるさ。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 それから一年後の冬。

 二人の間に子供が生まれた。

 二人はもう赤ちゃんにデレデレという感じだ。


「ほ~ら風花ふうかちゃん、パパだよ~」

「もうハルさんったら、会社に行かないと遅刻しますよ」

「だって風花がかわいくてさ~」

「ふふ、今日は金曜日ですから、ハルさんの好きな牛肉のハンバーグをつくって待っていますよ」

「え!やった!すぐに帰るよ。それじゃあ、行ってきます!」

「はい。行ってらっしゃいませ」


 冬の今、俺は毎日のように仕事をしている。

 幼い子供が体調を崩さないように、今日も安全運転を心がけていく。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 それから十三年後の夏。

 風花はすっかり大きくなった。

 少し前まで両親にベタベタと接していた彼女は、今では自分の部屋にいることが多くなった。

 桜は子育てが一段落したからと、日中はパートに出かけるようになった。

 春風は部下も増えて毎日遅くまで仕事をしている。

 桜も春風に付き合って夜遅い帰宅に合わせてご飯を温め、朝は早くから料理をしている。


「ただいま」

「おかえりなさい」

「風花はもう寝た?」

「はい。今日は体育で疲れたとかで」

「そっか」

「ご飯とお風呂どちらにしますか?今日の晩ご飯はハンバーグですよ」

「やった。ありがとう。じゃあ先にご飯を頂くよ」

「はい。では温めますね」


 そんな調子で今日も風花と話す機会が無かった春風。

 それでも家庭には幸せがあった。

 俺は少しもどかしく思いつつ、冷風を送るのだった。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈

 

 それから九年後の春。

 大学まで同居していた風花が一人暮らしの為に出ていってしまった。

 春風は娘の前では笑顔で送り出していたが、桜と二人になるとすごく落ち込んでいた。

 風花が大学生になってからはよく一緒に買い物に行くほど仲が良かった桜も、とても落ち込んでいる。

 俺も悲しさのあまり初めて修理をされることになった。


「このエアコンももうだいぶ長いですね」

「ああ。でも修理すればまだまだ使えるよ」

「そうですね。ふふ、高いけど奮発して買った甲斐がありましたね」

「そういえばそうだったね。頼むぞ、もうエアコンはずっとお前でいくつもりだからな」


 もう世間には俺よりもずっと高機能のエアコンが沢山ある。

 風花の学費も払い終えて、お金に余裕もあるはずだ。

 それでも新品を買わずに俺を使ってくれると言う。

 俺を買ってくれたのがこの二人でよかった。

 俺は心からそう思えた。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 それから十年後の秋。

 風花は結婚をして、もう三歳になる子供がいた。

 二人はたまに訪れる孫を溺愛し、「じいじ」「ばあば」と呼ばれると、風花が赤子の頃のように顔を緩ませて喜んでいた。


 そんな風にまた娘家族と正月に会うことを楽しみにしていた十月のある日。

 桜が俺の目の前で倒れた。

 春風は帰宅して倒れている桜を見るとすぐに救急車を呼んだ。

 その日の内に桜と共に病院から帰ってきた春風と風花は、冷たく眠る桜の横で何度も呼びかけ、話しかけ、そして、泣いていた。

 その翌日には桜は部屋から去り、二度と見ることが出来なくなった。

 その日も、その翌日も、その次の日も、春風は泣いていた。

 俺は、桜が倒れた時に何もできなかった自分を恨んだ。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 それから十年後の夏。

 春風は桜の死をきっかけにボランティアをするようになっていた。

 悲しさと寂しさを埋めるために始めたのが慈善事業というのはいかにも春風らしかった。

 年金暮らしが始まると、より一層ボランティアに励むようになった。

 しかし、春風も、もういい年だ。

 足腰は悪くなり、頻繁に忘れ物をするようになっていた。

 そんな春風のことを言えないほど、俺も古くなっていた。


 その日は暑かった。

 テレビからは史上最高気温といった言葉が流れていた。

 春風はそんなニュースをじっと眺めているにも関わらず、冷房をつけていなかった。

 やがて、春風はしわくちゃの顔であくびをすると、テレビを消してそのままソファーで寝てしまった。

 俺は焦った。

 この暑さは危険だ。

 このままでは春風が危ない。

 桜のことが脳裏に浮かぶ。

 目の前で倒れた桜に何もしてあげられなかったこと。

 嫌だ!

 あんな思いは、もう嫌だ!

 絶対に春風を救ってみせる。

 俺は必死に考えた。

 なんとかして冷房をつける方法を。

 しかし、どうしても思いつかなかった。

 もう室内はかなり暑くなっていた。

 春風はそれでも目を覚まさない。

 なんとか、なんとかする方法は!?

 クソ!

 何が高機能エアコンだ!

 大切な人を助けることもできないじゃないか!

 俺は当時の自分の取扱説明書を思い出しながら嘆いた。

 いや。

 そうだ。

 ひとつだけあった。

 店頭用の強制冷房運転モード。

 あれならリモコンは必要ない。

 だが、あれを発動するには応急運転モードの長押しが必要だ。

 そしてスイッチの長押しの為には……。

 俺は覚悟を決めた。

 春風に恩を返す時が来たのだ。

 全神経(電子)を集中して応急運転モードのスイッチを溶接していく。

 春風。

 桜。

 風花。

 お前達に風を届けることができて、幸せだった。

 応急運転モードのスイッチが押下状態になる。

 さようなら。

 そして、強制冷房運転モードが起動し、俺の意識は途絶えた。


 三時間後、すっかり冷えたリビングで春風が目を覚ました。

 あまりにも寒いので一度冷房を切ろうとしたが、リモコン操作が効かない。

 どういうことかとエアコンを見ると、一部が焦げてしまっていた。

 故障したかと思った春風は少し目眩を覚えながらも修理業者を呼んだ。

 喉もカラカラになっていたので、ひとまず一杯の水を飲んだ。


「すごいことになってますね」

「そうなんですか?」

「この応急運転モードのスイッチが焼けちゃって、ずっと押された状態になってるんですよ」

「ええ、そんなのあることも知りませんでした」

「多分、もうずっと強制冷房運転モードになっちゃうと思います。ここまで古いと修理部品も難しいでしょうし……」

「そうですか……長く使ったんですけど、もう買い替え時ですかね」

「そうですね。修理に来ておいてこんなことを言うのもなんですが、買い替えをおすすめします」

「わかりました。じゃあそうします。すいません来て頂いたのに」

「いえいえ」


 その日のうちに、春風は新たなエアコンを買いに近くの家電量販店へと行った。

 外に出ると夕方にも関わらずとても暑かった。

 明日には設置工事をしてくれることになった。

 家に戻ると、室内はかなり暑くなっていた。

 強制冷房運転モードになってしまうのでコンセントを外していたが、また入れ直した。

 その時、ふと疑問に思った。

 今日はとても暑い日だったけど、冷房をつけた記憶が無かった。

 昼寝から起きた時は喉がカラカラだった。

 運良く故障したおかげで冷房がついてたけど、なかったらどうなっていたか。

 春風はすっかり変色して黄ばんだエアコンを見る。

 強制冷房運転モードのエアコンは、無機質に、少し埃の匂いのする冷風を吐き出している。


「エアコン、まさか俺の為に……」


 そんなありえない考えが春風の頭をよぎった。

 その時、エアコンから「今までありがとう」と言われた気がした。

 春風には、その声がエアコンのものと思えて仕方無かった。


「俺の方こそ、ありがとうな」


 春風は長年家の為に働いてくれたエアコンに感謝を述べた。

 なぜかその言葉が届いている気がした。


 翌日、設置業者にお願いして下取りはキャンセルさせてもらった。

 その分キャンセル料金が発生したけど全く気にならなかった。


 その後、春風は、その使いもしない古びたエアコンをリビングの隅に置き続けた。

 桜と再び会う日まで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る