■芦原瑞穂の話 霊能者

「そりゃ……やばかったね」


 その翌日、私に呼び出された藤村さんは、内緒話をすべく入った個室居酒屋で、私の話を聞きながら非常に渋い顔をした。


 ――トイレで女の顔に見下ろされた後、私は今度こそ心配して見に来てくれた先輩のノックで目を覚ました。

 

 天井につかんばかりの場所から私を見下ろしていたあれは、確かに「せりやま」と名乗っていた。

 ――あれは、田崎未羽の成れの果てではないだろうか、と私は思っている。ほとんど化け物ではあったけど、結婚報告の葉書の写真の女に似ていた、ような気がした。

 

 肌は灰色で生気がなく、ところどころひび割れていた。腐った肉みたいな歯茎をむき出した笑顔の口元は耳の横まで裂けていて、長く縮れた黒髪が垂れていた。

 そして、顔の向きは逆さまだった。長く伸びきった首がドアの隙間から個室の中に入り込み垂れ下がって、細い顎は天井を指していた。

 

 ――あんなの絶対に、生きてる人間じゃない。


 件の葉書が私の自宅に届いたのは、その日の夜のことだ。怪訝な顔をしたお母さんからそれを渡された私は、悲鳴を上げるのをなんとか堪えた。

 

「これがその葉書です。どんどん、包囲されていってる感じありますね」


 葉書をひらひらとさせながら空元気で笑い飛ばしてみせる。藤村さんは私から葉書を受け取って目を通すと、渋い顔をさらに渋くして眉を顰めた。


「……瑞穂ちゃんは、いつでも降りていいんだよ。あとは俺がやる」

「嫌ですよ。藤村さん一人で調査して、宮下ポイント貯める気なんでしょ」

「待って、宮下ポイントって何?」

「宮下くんからの好感度をポイント化したものです。百ポイント貯まるとお盆に一緒にチェキが取れます」

「なにそれ貯めたい」

「……ふふ」

「はは」


 馬鹿らしさを極めた会話に、私と藤村さんは二人同時に乾いた笑いを漏らす。

 宮下くんがここにいたら、すごい顔しそうだな。

 ――いてくれればいいのに。


「……でもこれで、佐川さんに連絡できます。電話番号が変わってなければ……ですけど。一応、藤村さんに話してから、と思って持ってきました。この後かけてみるんで、隣で聞いててもらっていいですか?」

「もちろん。でもその前に、俺の調査結果の共有していいかな」

 

 私が頷くと、藤村さんは自分のスマホを取り出して何やら操作しながら喋りだす。

  

「俺の方は、御社の社長の交友関係を洗ってみた」

「……矢中社長の?」

「うん。宮下の幽霊まで出てきて……もう完全にオカルト案件になっちゃったからさ。そっち系の人――占い師とか、スピリチュアル系。そういう人と繋がりがないか調べてみたんだ。ビンゴだったよ。この人」


 藤村さんはスマホの画面をこちらに向けてくる。そこには八十代くらいの、黒い着物を着た上品な婦人が写っていた。

 

御霊雅代ごりょうまさよ。肩書は、占い師兼、スピリチュアルカウンセラー。……まぁ、いわゆる霊能者ってやつ」

「……社長が、そんなうさんくさい人と?」

「意外と多いよ。経営者がそういう占い師に頼るっていうの。……しかもスノウ製菓の現社長って創業者の孫で三代目だろ? プレッシャーも多いだろうし、そういうのに頼りたくなる気持ちもわからなくはない。……と、思ってたんだけど、どうやら御霊氏はスノウ製菓の創業者、矢中幸造氏のときから付き合いがあったらしい」

「そんな昔から?」


 私は驚いて声をあげる。スノウ製菓の創業は平成、昭和を通り越して大正の終わり頃だ。創業者の矢中幸造氏の生家が農家で、そこで作っていた米を加工した煎餅が評判になって、商売にしたのがルーツである。

 ……そのあたりの話は。新人研修で耳にタコができるくらい聞かされた。

 

 藤村さんはスマホのメモをフリックしながら頷く。

  

「今の本社ビルを建てるときにね。元々あの場所には小さな神社があったらしい。それをご祈祷した上で本社ビルの中に移動させるっていうのを、御霊氏が請け負ってる」

「神社……?」

「うん。街中で、ビルの屋上にぽつんと鳥居が建ってるの見たことない? ああいうのは、もともと神社があった場所なんだ」

「ああ、それなら知ってます」

 

 高度成長期、経済の発展とともに日本には多くのビルが建てられた。その際、小さな神社――多くは稲荷信仰の社だったそうだが、それが土地開発の邪魔になったという。

 無闇に取り壊すわけにもいかず、当時の建築界は苦肉の策を取った。儀式を行って神様にお願いし、建設したビルの屋上に社を移すという方法だ。当時としてはポピュラーな方法だったという。

 

 ――しかし、私は首を傾げる。


「……でも、私、一度だけ仕事で屋上に上がったことありますけど……神社らしきものは見なかったですよ」

「そう? ……じゃあ、取り壊しちゃったのかなぁ」

「……もしかして、核心ですかね?」

「どうだろう。とにかく、創業者と繋がりのある霊能者がいた。残念ながら当人はもう鬼籍に入ってるけど、娘さんがいるんだ。彼女に頼み込んで、スノウ製菓絡みのやり取りを探してもらった。それで見つかったのが、この手紙」


 そう言うと藤村さんは一枚の紙を差し出した。中身は霊能者である御霊雅代氏が矢中幸希――スノウ製菓の現社長に宛てた手紙だ。


「それと、娘さんとの電話も録音もしてるんだ、……けど」

「けど?」

「録音データのほうは……、そこそこショッキングだから。……聞くなら、覚悟して聞いてね?」

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