■芦原瑞穂の話 決意

 宮下くんのお兄さんである芳樹さんの話を聞いた後、彼と別れた私と藤村さんは、近くのカラオケボックスに移動して、彼から託されたSDカードの中身を確認していた。


 カードの中身には音声ファイルが一つ残されていて、それを書き起こしたものが「宮下優吾のメッセージ」だ。

 

 切羽詰まった様子の宮下くんの声を聞きながら、私は膝の上で両の拳を握りしめる。普段から飄々としていた彼のこんな声は、今まで一度も聞いたことなかった。

 藤村さんも同じ感想だったらしい。私のスマホで音声を聞き終わった彼は悲痛な面持ちをしていた。

 

「……瑞穂ちゃん、大丈夫?」


 スマホを私に手渡しで返しながら、藤村さんが私に問いかける。

 

「……私、お葬式のとき、宮下くんの声を聞いたんです」

「え?」

「顔は見てないけど、あれは絶対に宮下くんの声でした。……おかしなこと言ってた。……宮下くんが絶対に言わないようなことです。きっとこのメッセージにあるように、宮下くんの顔をした何かだったんだと思います。それが、平気な顔で……私のところに来た」


 強く噛みすぎた唇から鉄の味が滲む。強く手を握りしめ、手のひらに爪を食い込ませた。できるだけ、痛くしたかった。

 

「……許せないです。宮下くんにあんなものを渡した自分が。でも、それ以上に……宮下くんを、こんなに追い詰めたやつも、宮下くんのふりをしてる何かのことも……許せない」


 私は大きく深呼吸をして、真正面から藤村さんを睨みつける。

 

「自分で調べます。あの資料のこと。……そして、絶対に潰してやる。うちの会社で起こってる怪異も、宮下くんのふりした何かのことも」


 相手はきっと、少なくとも生きた人間ではない。それでもこのまま尻尾をまくるのは嫌だった。

 

「……わかった。俺も協力する」

「え?」


 思わぬ発言に驚いて、私は目を丸くする。

 

「……なんで、藤村さんが? 記者だから……ですか?」

「それもなくはないけど……」


 藤村さんは少し言い淀む。そして、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。


「……宮下は、俺にとって……恩人、だから」


 藤村さんは淋しげに微笑むと、どこか遠くを見つめるような目をして語り始めた。


「詳細は省くけど……。俺、かなり人間不信な時期があってさ。結構長期間、精神的に引きこもってたんだ」


 藤村さんの言葉に、私は少し驚いた。まだ付き合いは短いけれど、これまでの藤村さんの様子からその発言は意外だったので。

 ……けれど、その表情からは、嘘をついているようにも見えない。


「でも大学の時、宮下に会って。……あいつ、はっきりもの言うタイプだったじゃん。歯に衣着せぬ……っていうか。その言葉で、ぶっ壊してくれたんだよな。俺のトラウマ」

 

 彼の視線の先でちかちかと光るカラオケのモニターでは、名前も聞いたことのないアイドルが新曲らしいラブソングについて熱弁していた。

 

「あいつのお陰で、俺、元々は人間が好きだったことを思い出せたんだ。……ものすごく、恩義感じてる」

「そう……なんですね」 

「うん。……そのおかげで今や、後輩の実家で家族と飯食うコミュ強に仕上がりました」


 そうおどけて、藤村さんは私に向かってピースサインをしてみせた。

 

「……宮下くんのこと、めっちゃ好きじゃないですか」


 私がそう言うと、藤村さんはハッとした様子で私の顔を見て、泣き出す寸前の子どもが無理矢理作ったみたいな笑顔をした。

 

「……うん。めっちゃ好き」


 その声を聞いて、なんとなくだけど、その「好き」は恩人とか後輩とか友情とかとはちょっとニュアンスが違うやつのような気がした。

 私はとても彼の顔を直視し続けられなくて、唇を引き結んで下を向く。

 

「……じゃあ、私のこと、余計許せないでしょ」

「恩人の好きピは助けなきゃでしょ?」

「好きピて。……あは」

 

 その言葉選びに、私が思わず笑うと、藤村さんも眉を下げて少し笑ってから、表情を真剣なものに戻した。


「だからさ、宮下を殺した何かのことは、俺も憎くて仕方がない。……お願いだから、協力させてよ」


 藤村さんの色素の薄い瞳は、さっき宮下くんの声を再生した私のスマホに向けられていた。


「瑞穂ちゃんは内部から社員として、俺はツテを使って記者として、二人で情報を探る。悪くないタッグだと思わない?」

「……わかりました」


 私は頷くと右手を差し出した。藤村さんは黙ってその手を握る。私達は固く握手しあった。

 

 私と藤村さん。宮下くんに遺された者同士、共同戦線の結成だ。

 

「……ありがとう」

「全部解決したら、私のことも殺していいですよ」

「いや、覚悟決まりすぎじゃない? 大丈夫だよ瑞穂ちゃんのせいじゃないって思ってるから! そうだな、これは……」

 

 藤村さんは少し考えると、無理に唇を吊り上げながら、言った。

 

「宮下の……弔い合戦だ」

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