この会社は実在しません

社員への聞き取り結果（田崎未羽）

覚書

　・ 女性一名、男性一名との面談記録の音声データ

・ 「派遣社員への聞き取りデータ」と同様に、「田崎　未羽（たさき　みはね）」という社員についての質問に答えている

（女1）田崎さんにはよくしていただいてました。私が新卒で配属されて、すぐの教育係が田崎さんだったんです。その後、彼女が異動されたので部署は違っちゃいましたけど、顔を合わせれば会話しました。

　最近も、何度か飲みに行きましたよ。……でも、そんなに深刻な悩みごとがあったようなそぶりはなかったです。そんな……居なくなっちゃうようなことは、何も。

　愚痴はよくおっしゃってました。上司とか、同僚とか。……でも、軽い愚痴です。深刻な感じではなかったです。ほんと。

　そもそも、田崎さんって、細かいことは気にしないタイプなんですよ。

　……例えば、なんですけど。これ、言っちゃっていいのかな……。えっと、八階の会議室あるじゃないですか。――そうです、D会議室。

　あそこに、貼り紙がしてあったことあったでしょう？「警告」とかいって、なんか不気味なやつ。すぐ剥がされてましたけど。だって総務の佐川さんって……。いや、これは関係ないですね。いたずらでしょうね。たちの悪い。

　あれに書かれてる「掲示物が剥がされた」っていうの、やったの田崎さんらしいんです。本人が言ってました。

　なんでも、社内中に新商品ポスターを貼って回ってるとき、邪魔な掲示物があったらしいんですね。「剥がすな」的なこと書いてあったらしいですけど、邪魔だから剥がしちゃったって、悪びれもなく言ってました。

　その後にあの貼り紙があったわけですけど、気持ち悪いじゃないですか。私なら焦ります。

　でも田崎さんほ笑い飛ばしてました。

　そんな感じの人なので……居なくなるほどの悩みごとがあったなんて……思えないんですよね。

（男1）いやぁ、やばかったですよ、いなくなる直前の田崎さん。他の人、何も言ってなかったんですか？

　っていっても本当に、直前も直前、前日だけでしたけどね、おかしかったの。あの日、出張の人が多かったから見てなったのかなぁ、皆。

　朝、出社してくるなり、なんかもう異様なんです。挨拶もせずにフロアにはいってきて、デスクに来て――あぁ、俺向かいの席なんです。なんか、すごい顔してキョロキョロしてるんです。

　なんか顔色悪いな？って思ったら、ノーメイクだったみたいで。普段の田崎さんならありえないですね。バチバチにキメてましたから。いつもスーツとかカバン、ブランドものだったし。

　でもその日はノーメイク、それに加えて髪の毛もなんか雑なんすよ。いつもはキャビンアテンダントかっつーくらいかっちりしてるのに。男の俺が見てもわかるレベルってなかなかですよね、多分。

　それで、おかしいなって思いながらもこっちは挨拶するじゃないですか。そしたらもう気もそぞろ、って感じの返事されて。ちょっとムッとはしましたけど、相手は先輩ですし。まぁそんな日もあるかーと思って後はスルーして。

　で、始業してしばらくして。自分が仕事してたら、なんかガッガッみたいな音聞こえるんですよ。なんだこの音って思ったら、田崎さんからで。うつむいて何してんだろと思って、コーヒー取りに行くふりして横通って、チラ見したんですよ。

　爪、剥がしてました。

　なんか、ブツブツ呟きながら、ガリガリやってんです。

　あの人、ネイルアートやってたんですけど、それを剥がそうとする感じで。よく知らないんですけど、ああいうのって爪で削ったくらいじゃ取れないんですよね？なんか店行って、削ってもらわないと。

　それを無理に剥がそうとするから、逆に削ろうとしてる側の爪が剥がれかけてて。書類の上に血がぽたぽた落ちてんですよ。壮絶でした。

　うわこっわ、と思って。自分、その場で凍りついちゃって。

　しかも。よーく聞いたらごめんなさいごめんなさいって言ってたんです。田崎さん。

　怖いでしょ、めちゃくちゃ。