第5話

 すずさんはその夜、たくさんのぬいぐるみを抱え、上機嫌で帰宅した。

「ただいま!」

 フローリングの床の上に6つのぬいぐるみをトンと置くと冷蔵庫を開け、取り出した缶酎ハイをパシュと開けてぐびぐびと音を立てて飲んだ。

「おかえり。何かいいことがあったの?」

 やまちゃんが興味なさそうに聞いてきた。「興味があるわけじゃないんだけど、何か話さなきゃ間が持たないでしょ」という感じだった。

「ねえ、やまちゃん。クレーンゲームって知っている?」

 やまちゃんが知っているわけがない。すずさんはうれしそうに笑った。

「今日さ、同僚とパスタを食べたあとゲームセンターに行って、クレーンゲームをやったんだよ」

「パスタを食べながら缶酎ハイを飲んだの?」

「飲まなかった。そもそも、イタンリアンレストランに缶酎ハイなんてないし。だから今、ガンガン飲んでいる」

 そう言うとすずさんは、2本目の缶酎ハイをパシュと開けた。

「そんなことはどうでもいいんだよ。クレーンゲームってね、ロボットアームの動きを調整して、床に置いてあるぬいぐるみを拾い上げるゲームなんだよ」

「なんかつまらなそう……」

「おもしろいよ。取れそうで取れなくてジリジリするのがおもしろいんだよ。欲しいものがうまくつかめない。私の人生によく似ているなって思っていたんだ」

「じゃあ今、人生にジリジリしているんだ?」

「どうかな……」

 すずさんは考えた。私は人生にジリジリしているのだろうか? 何かをつかみとれないのにジリジリする。つかみ取りたいものなんて私の人生にあるだろうか? クレーンゲームも最初はつまらなかった。欲しくなるぬいぐるみなんてなかったし。どうせ取れないってあきらめていた。でも……。

「あのね、取れそうなぬいぐるみに狙いをつけて、自分から取りに行かなきゃずっと取れないよって言われたんだ」

「だれに?」

「同僚に」

 そのアドバイスに従って取れそうなぬいぐるみに狙いを絞って取りに行くと、おもしろいように取れた。そして、クレーンゲームが楽しくなった。

「ふーん。オーナーさんもすぐに欲しい人生が手に入るかもね」

「どういう意味?」

 やまちゃんは答えてくれなかった。ただ、にこりと笑った。そして一日が終わった。

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