第4話

 その夜、すずさんはたくさんの真っ赤なバラの花束を眺めながら缶酎ハイを飲んでいた。この夜もテレビはついていない。いつもはすずさんに対して塩対応のやまちゃんだったが、この夜はすずさんが全然かまってくれないので、やまちゃんは自分から声をかけることにした。

「その花束なに?」

「バラだよ。もらったんだ」

「だれに?」

「会社の同僚」

 この日、すずさんは勤めていた会社を辞めた。特にひどい扱いを受けたわけではない。やまちゃんを購入した以外、大きな買い物はしていない。他人とのお付き合いもしない。ランチはいつも社食の500円定食。放っておいてもお金が貯まった。仕事を辞めても当面、食べるに困らなかった。

 今の仕事は嫌いではない。でも、特に好きってわけでもない。自分の思うように行動しているやまちゃんを毎日見ていて、「そうだ。仕事を辞めてみよう」と思い立ったというだけだった。

 同じフロアのメンバーに退社の挨拶をして回り、オフィスを出た時だった。

「あのこれ、お疲れ様でした」と同僚の男性にバラの花束を渡されたのだった。

「どうしてこんなにバラを?」

 すずさんが驚いて聞くと、その同僚は「もうお別れっていうのがつらいから。もしよかったら今週の日曜日、一緒にランチをいかがですか?」と答えた。

「いったいこれはなんだろう?」

 すずさんはたくさんの「?」を頭に浮かべながら、2本目の缶酎ハイをパシュと開けた。

「どうしてバラをもらったの?」

「どうしてだろうね。私もわからないんだよ」

「そうなんだ。でも、そのバラのおかげでオーナーさんの一人暮らしが終わるかもね」

 やまちゃんは笑顔でそう言うと、一日が終わった。

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