第3話

 すずさんに趣味はない。旅行はしないし、食べ歩きもしない。特に興味のあるタレントもいない。それでも楽しみがないわけじゃない。一日働いて家に帰り、風呂上りにパシュと開ける缶酎ハイ。この瞬間、すずさんは「生きていてよかった」としみじみ思う。

 つまみは何でもいい。コンビニの唐揚げでもいいし、ツナ缶に七味と醤油を垂らしたのだって大好物だ。そんなつまみを前に缶酎ハイをぐびぐび飲むのが最高に幸せだった。

「ねえ、何を飲んでいるの?」

 そんな様子を傍でじっと見ていたやまちゃんが尋ねた。

「お酒だよ」

「お酒って何?」

「つらいことを忘れる飲み物だよ」

「つらいことってどんなこと?」

「それがどんなことだったか忘れるために飲んでいるんだよ」

「ふーん……」

 やまちゃんは納得がいかないようだった。天井を見上げながら部屋の中をぐるぐると回り続けた。それを見ながら、すずさんは2本目の缶酎ハイをプシュと開けた。

「やまちゃんが家に来る前、私はいったい何を考えながら飲んでいたんだろう?」

 すずさんは考えた。くだらない番組をぼーっと見ながら飲むことが多かったけど、その時に何を考えていたんだろうか? 何も考えていなかった気がする。何も考えず、ただ缶酎ハイを飲み続け、風呂に入って寝る。毎日がその繰り返しだった。

 ところが今、なんとテレビがついていない。やまちゃんが部屋をくるくると回る車輪のしゃりしゃりと回転する音だけが部屋に響いている。さらに今、「やまちゃんはしゃりしゃりと部屋を回りながら何を考えているんだろう?」「私にどうしてほしいんだろうか?」と考えながら缶酎ハイを飲んでいる。

「いったいこれはどうしたことだろうか?」

 すずさんは自分で自分に驚いていた。

 そんなことを考えながらやまちゃんを見ていると、やまちゃんはすずさんにはじめて気が付いたように近寄ってきた。

「ねえ、眺めているだけじゃなくて、抱っこしてみたら。今よりも少し楽しくなるよ」

 やまちゃんはそう言うとにこりと笑い、一日が終わった。

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