ジルフィンの街(1)

 ウィリアとゲントは修行の旅を続ける。

 村や町を巡り、まだ見ぬ魔物を倒して実力をつけていく。ウィリアの最終的な目的は、父を殺し自らを犯した謎の剣士「黒水晶」を倒すことである。

 その過程でいくつかの村で、野盗を討伐したり魔物を倒したりと、人助けをしてきた。それも修行のためであるが、お礼をもらえることも多かった。また賞金も時々もらっていた。

 巾着袋の財布が、かなり膨らんでいる。少々負担になるくらいの重量になってきた。

 人目を避ける旅である。あまり贅沢したり、いい宿屋に泊まろうという気にはならない。貯まる一方である。

 二人は街道を歩いていた。

 ウィリアが口を開いた。

「ゲントさん、最近、財布が重くて……」

「贅沢な悩みだね」

「なにか使う方法ないですかね?」

「僕は仕入れで使うけど、君は……鎧や剣を新調するとか」

「そうなると足りません」

「指輪とか、アクセサリーを買うとか……」

「剣を持つ右手に指輪をはめる気にはなりませんし、左手にはすでに二つつけています。あと耐性効果のアクセサリーもすでにつけていますので、つける場所があまり残っていません」

「難儀だなあ。まあ、次に行くジルフィンの街は商業が盛んなところだから、少し滞在していろいろ見るといい」




 ジルフィンの街は街道に接続しており、商業が盛んなところである。市壁に囲まれていて入口には検問がある。

 中に入ると、多少埃っぽいが賑やかなところである。商業の街なので、中心になる建物などはとくにない。

 もう少しで夕方になる時間である。道中に適当なところがなかったので、昼食をとらないままだった。腹が減っている。二人は宿を取る前に、飲食店に入った。

 中年の親父が一人でやっている料理屋だった。

 四人がけのテーブルに向かい合って座り、空いた椅子に荷物を置く。おすすめ品のソーセージを注文した。

 山盛りのソーセージとパンを持ってきたあと、親父は厨房に入っていった。食べながら話をする。

「さっきの話だけどね、銀貨をきんに換えておいたら?」

「金?」

「流通しているのはだいたい銀貨だけど、金貨や金地金に換えておけば、価値に対して重量が抑えられる。交換所が少ないので、使いにくくはなるが……」

「そうですねえ……。交換所って、どういうところにありますか?」

「大きな街にある。ここにもあったはずだ。……ん?」

 ゲントは気配を感じて振り向いた。

 ほかに客はいないと思っていたが、店の隅の方に二人いた。若い男女だ。女性の方はお腹が大きかった。出産が近いようだ。

 その二人が、ウィリアとゲントの方に顔を向けていた。

 ゲントがその二人を見ると、彼らはあわてて顔をそむけた。

 ゲントはウィリアに向き直った。

「……こういう話はやめよう」

「……そうですね」

 大金を持っていることが周囲にわかると、無用なトラブルになりかねない。

 ウィリアとゲントは無言で食べた。

 隅にいた男女の方が小声で話を始めた。店が静かなので、聞かせるつもりはないのだろうが聞くことができた。

「……どうしよう。これから……」

「どうしようと言ったって、借金を返さない限りどうしようもないでしょ」

「わかってるよ。そんなこと」

「もうすぐ赤ちゃんが産まれるから、私は働けないし……」

「だよね……」

「だから店を出すとき、あんなに豪華にしなければよかったのに」

「上流階級が来るような店にしたくて……」

「あんな下町に上流階級が来るわけないでしょ」

「考えればそうなんだけど……」

「あなた腕はあるんだから、前の床屋さんに頭下げて雇ってもらいなさいよ」

「雇ってもらっても、三千ギーン返さない限り、いやがらせに来るだろうし、そうなったらすぐ追い出される……」

 どうやら、店を出したが失敗した床屋のようだ。

 二人は聞くともなく聞いていたが、ウィリアがゲントの耳元に口を近づけて、小声で言った。

「困っているようです……。三千ギーンほどなら恵むことができますが……」

「甘いね」

「……ですよね」

「君がすべての貧民を助けられるなら、恵んでもいいだろう」

「……」

 ウィリアは下を向いて、食事を続けた。

 隅にいる二人はため息をつくばかりで、動く気配がない。

 客はこない。

 なんだか、往来が騒がしい。

「……?」

 ウィリアは外に注意を向けた。

 悲鳴が聞こえる。

「……なにかあった?」

 そのとき、店の扉を開けて、何者かが入ってきた。

 黒い鎧を着ている。顔は異様で、ひどく出っ歯だった。剣を持っている。数人がどかどかと入ってきた。

変化兵へんげへい!」

 ウィリアとゲントは立ち上がった。

「何だ? 客か?」

 親父が厨房から出てきた。

 破壊と殺戮が目的の変化兵である。剣を抜いて、親父を斬ろうとした。

「わーっ!!」

 その直前、ウィリアが飛びついた。変化兵を斬り倒す。

 短い時間の間に、入ってきた数人を倒した。

「ひ、ひええ。ありゃ何だ? あちこちで起きているという襲撃か?」

 親父は震えていた。

 隅にいた男女は、トイレの中に入って鍵をかけたようだ。

 親父は床下倉庫の扉を開けて、中に入った。

「おい! あんたらも隠れるなら入れ!」

 ウィリアは親父を振り返って言った。

「我々は戦います! どうぞ隠れていてください!」

 親父はそれを聞くと、床の扉を閉めた。

 ウィリアは剣を抜いて店から出た。ゲントも続く。

 往来に多数の変化兵がいて、破壊活動をしていた。

「……多いです。元を絶たなければどうしようもありません。どこにいるでしょうか……?」

「……高い建物は特にない……。いや、まてよ……」

 市壁の入口近くに、石造りの見張り塔がある。

「行ってみよう!」

 二人は走った。変化兵が襲ってくるが、ウィリアが斬り倒し、ゲントが風魔法で倒す。

 今日は新月ではない。襲撃の司令官は黒水晶ではなく、ゴジュア教会にいたような魔の者であるはずだ。

 見張り塔の近くには、多数の変化兵がいた。

 個々の変化兵は強くはない。ゲントが風魔法で一斉に傷をつけ、残った少数の兵はウィリアが斬った。

 見張り塔の階段を駆け上がる。

 見張り台には、一人の老人がいた。ローブを着ており、痩せこけた顔をしている。

 老人は駆け上がってきたウィリアに向けて、火の魔法を放ってきた。ウィリアはそれをかわした。

「き……きさまら、フェリスとタイガを倒したやつか……!?」

 老人の顔に恐怖が浮かんだ。

 それに答えず、ウィリアは斬ろうと踏み込んだ。

 老人は魔法で、大きく広がる烈火を作り出した。火がウィリアを襲う。

 だが背後のゲントが風魔法を発し、烈火を押し返した。

「ぐっ……!」

 老人は腕で顔を覆った。

 次の瞬間、ウィリアは剣を振った。老人を頭上から、腕ごと切り落とした。

 老人は倒れた。

 ウィリアは窓辺に立ち、下を見た。

「……収まったようです」

 悲鳴や破壊の音が消え、急に静かになった。

 二人が見張り塔から降りると、灰色のドブネズミがあちこちにいて、混乱したように歩き回っていた。




 料理店に戻る道すがら、ゲントは変化兵に殺された人々を蘇生した。何人も生き返らせることができた。

 鎧を着た死体があった。街の兵士らしい。ゲントは跪いて、蘇生魔法をかけようとした。

 しかし、生き返らなかった。

「……」

 もう一度魔法をかける。だが結果は同じだった。

「……だめだ」

 ウィリアが声をかけた。

「ゲントさん、魔力が切れましたか?」

「いや、まだ少しある」

「ではなぜ?」

「時間切れだ。この人は最初の方で殺されたらしい。蘇生魔法は、時間が経つと効きにくくなる……」

 もはやどうしようもない。二人は死体にお祈りをして、その場を離れた。

 さらに数人を生き返すことはできたが、時間切れになったらしく、それ以上はできなかった。

「……」

 ゲントは悲しげな目をしていた。




 二人は料理店にもどってきた。

 店の中に、ドブネズミの死体がいくつか転がっている。

 親父はまだ隠れているようだ。ウィリアは床下倉庫の扉を叩いた。

「ご主人、もう大丈夫ですよ。出てきてください」

 扉の中から声がした。

「本当に大丈夫か!?」

「大丈夫です。襲撃者の司令官が倒されました。もう兵士はいなくなりました」

 床の扉を開けて親父が顔を出した。周囲を見回して、平穏を確かめてから出てきた。

 トイレのドアは開いていた。隅にいた男女は、すでに出て行ったようだ。

 テーブルに食べかけのソーセージがまだ残っている。ウィリアとゲントは座り直して、残りを食べた。

 親父が二人に言った。

「さっき店にいた夫婦がいない! あんたら知らないか?」

 ウィリアが答える。

「知りませんよ。外で戦っていたのですから」

「くそ。食い逃げして行きやがった……」

 親父は悔しそうに舌打ちした。

 ウィリアはふと、横を見た。

「あっ! 荷物がない!」

 ゲントも見た。

「あ! そうだ! 椅子に置いてたのが!」

 ウィリアの荷袋も、ゲントの背負っていた荷物もなくなっていた。親父が言った。

「あー、さっきの夫婦が盗ってったか?」

 その可能性は高い。そうとう金に困ってたようだし、ウィリアが大金を持っていたことも聞いていたようだ。

「ど、どうしよう……」

「ううむ……。盗んだなら、もう遠くへ行ってるだろうし……」

 いちおう外に出て見てみた。当然ながら、いない。

 見張り塔からここに帰ってくるまでそれらしき人はいなかった。反対側に逃げたかもしれないが、近くに留まっていることはないだろう。

 ウィリアとゲントはどうしようもなく、席に戻り、残っていたパンとソーセージを食べきった。

 立ち上がり、店を出ようとする。

「ごちそうさまでした……」

 親父が言った。

「六ギーン」

「あ……」

「料理の代金、六ギーン。払ってくれ」

「あ、あの……お金が、なくて……」

 財布は荷袋に入れていた。

「そう言われても、こっちも商売だからね。払えないんだったら、なんかくれよ」

「なんかって……」

「あんた指輪してるな。それ売って、払ってくれないか?」

「だ、駄目ですよ! これは!」

 後ろからゲントが言った。

「ねえご主人、さっき兵士が入ってきたとき、彼女が斬ったよね? この人がいなければ、あんた死んでたよ?」

 親父も思い出したらしい。

「あ、そう言えばそうだな……。じゃあ、代金はいいや。……ありがとな」

 二人は店を後にした。

 夫婦の行方を捜してみるが、みつかりそうな感じはしない。

 日が暮れて、暗くなってくる。

 ウィリアは歩きながら、左手の中指と小指にした指輪を大事そうにさすった。

「これは母からもらったものなのです。母は祖母からもらったそうです。指輪が守ってくれるとの言い伝えがあると聞きました」

「大事な物なんだね」

「売れば十ギーンぐらいにはなるかもしれませんが……母の思い出です。売れません。小指の方には名前があって、『純潔の指輪』と言うそうです」

「純潔……」

「……純潔を失ったわたしがしているのも、変ですけどね……」

「いや、そんなことはないよ」

 空に星が出てきた。

 金がない。ホテルに泊まるわけにもいかない。

「どうしましょう……」

「……冒険者の酒場に行けば、仕事依頼の掲示板がある。適当な依頼を片付けて、とりあえず宿代を確保しよう」

 二人は繁華街に向かい、冒険者向けの酒場に入った。

 ドアを開ける。

 入口近くに、従業員がいた。

「いらっしゃいませ。お二人ですか?」

「は、はい」

「ご注文は……」

「あ、あの、お金がないんです。仕事依頼を見せてほしくて……」

 従業員はとたんに渋い顔になった。

「お金がない? 困るね。うちは酒場なんだよ。金がないなら返ってくれ」

 ゲントが言った。

「いや、いま泥棒に遭って、無一文なんだ。仕事で稼げばいくらか払うから、掲示板を見せてくれないか?」

「掲示板は置いてるけど、客向けのサービスなんだ。客じゃない人に見せるわけにはいかないね」

「だけど……」

 ウィリアがゲントの手を引いた。

「……仕方ないです。出ましょう」

「……」

 二人は酒場を出た。

 あちこちを歩いても、夫婦はみつからない。

 普通なら警察に届けるところだが、ウィリアは偽造通行証で街に入っている。頼りたくはなかった。

 もっともその通行証も盗られているので、このままだと街を出ることができない。

 歩き回っているあいだに真夜中になった。疲れている。

 街の一角に、トンネル状の通路があった。

 浮浪者らしき人が毛布をかぶって寝ていた。

 ゲントが言った。

「雨が降ってもしのげそうだ。今夜はここで休もう」

「……はい」

 二人は壁を背にして座り込んだ。

 ウィリアが言った。

「貧乏は辛いということは知っていましたが、こんなにつらいものなのですね。身にしみてわかりました」

「……僕たちはまだいい。健康だし、技能もある。明日仕事を探せば、なにか見つかるだろう。世の中には、健康でもなく、技能もない人がたくさんいる……」

「そうですね……。忘れないようにしないといけませんね」

 夏に近い季節だが、夜は肌寒い。ウィリアはゲントに近づいて、肩をくっつけた。

 手を差し出して、握手させようとする。先ほど魔力をかなり使ったので、補充してくれるらしい。

「ありがとう」

 ゲントは差し出された手を握った。

「明日、仕事があるといいですね」

「だいじょうぶ。一緒にいれば、なんとかなると思う」

 二人はそのまま眠った。


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