ノールト村(2)

 結婚式の当日。晴れて、よい日和だった。

 村では朝から式が行われている。ここの結婚式は豪勢なもので、村を挙げて祭りのように執り行われる。

 だがウィリアはそこから離れたところにいた。

 村に一人しかいない戦士が花婿であるので、警備役の代理を頼まれている。定位置は村の入口である。

 ウィリアほどの剣士を警備に雇うためには、本来ならば千ギーン近くの料金が必要である。だがウィリアも自分の相場を知らないし、人がいいので、五十ギーンの報酬と宿代無料で引き受けている。

 ちょうどよい高さの切り株があるのでそれに座っていてもいい。仕事としては楽である。

「暇だなあ……」

 座って空を見上げた。白い雲が浮かんでいる。

 式が始まってしばらく経った。村の入口がさわがしくなってきた。

 花嫁のエマが、輿こしに乗っている。数人の男が輿を担いでいる。純白の花嫁衣装を着ていて、綺麗である。輿に乗って村の周囲を一周する慣わしだという。

 花嫁がウィリアを見てお辞儀をした。ウィリアは立って、拍手で迎えた。

 結婚という話題にはコンプレックスを揺すぶられるが、幸せそうな人を見るのは良い気分だった。輿に乗せられている花嫁が見えなくなるまで、拍手で送り出した。




 森の中。

 ノールト村を伺う者たちがいた。

 先頭に、でっぷり太った大男がいた。村の方を見る。

「なんか、騒がしいな。何やってんだ?」

 その後ろには十人ほどの男が控えている。どれも人相が悪く、明らかにカタギではない。

 そのうちの一人が言った。

「どうも、結婚式があるらしいですよ」

 太った大男がそれを聞いて色めき立った。

「本当か!? よっしゃ! てめえら、花嫁をさらってこい!」

「またですか? 親分。少し前、女をさらったばかりじゃないですか」

「うるせえな。そんなの毎日でもいいだろう」

「そもそも、花嫁だからって、かわいいとは限らないですよ?」

「多少ブスでもかまわねえや。俺は花嫁が好きなんだ。花嫁衣装を破って犯すのがこたえられなくてな」

「変態ですね」

「だからうるせえな。言われたらすぐやれ。俺はねぐらで、ベッドを整えて待ってるからな」

 大男は一人だけ帰っていった。

「まったく、勝手なんだから……。仕方ねえ。花嫁をさらいに行くぞ!」




 村の入口に、北の方から旅人がやってきた。村に入ろうとする。

 ウィリアは旅人に話しかけた。

「ノールト村にようこそ。どのような御用ですか?」

「旅の者です。宿を借りたいと……」

「宿はありますが、宿屋の娘さんが花嫁で、村を挙げて結婚式をやっているので、夕方にならないと対応できないと思います。結婚式を見て行かれるといいですよ」

「……ほう。結婚式ですか。この村は平和でいいですね……」

 旅人は村へ入ろうとした。

 物言いが気になった。ウィリアは呼び止めた。

「すみません。この村は平和……って、なにかあったのですか?」

「いやね、北の方から来たのですが、向こうの村では数日前に野盗の襲撃があったそうなんですよ。若妻はさらわれるし、倉庫や民家は荒らされるで、大変な状況でした。それを見たので、つい」

「……そうですか。ありがとうございます」

 ウィリアはしばらく立って考えた。

 北の村では、数日前に野盗の襲撃があった。

 野盗というのは、ジンク村ではアジトを構えていたが、移動しながら略奪することも多い。

 あちらでは若妻がさらわれたという。そのような野盗が、結婚式の村に来たら何をするか。

 おそらく、花嫁をさらうだろう。

 ウィリアの中で、不安がどんどん高まってきた。

 何かが聞こえた。

 風の音と判別がつかないような、かすかな音だ。しかしウィリアは、たしかに尋常でないものを感じた。

 悲鳴。

 ウィリアは花嫁の輿が進んだ道へ、走り出した。




 村を一周する道は、ほとんど森の中を通っている。

 ウィリアは走った。

 一周の三分の一ちかく走ったところで、何か見えた。

 横に倒された、花嫁が乗っているはずだった輿。

 村の男たちの死体。

 そしてその死体の一つに、男がとりついていた。死体のポケットを探っているようだ。

 その男は、走ってきたウィリアに気がついて、向き直った。

「なんだ! てめえは!!」

 剣を構えてきた。

 ウィリアは剣を振って、男の持っていた剣をたたき落とした。そして、剣を左手に持ち替え、右手で男をぶん殴った。男はふっとばされて地面に仰向けになった。

 ウィリアは男の喉元に剣を向けた。

「花嫁をどこにやった!?」

「くっ……言うもんか。甘く見るんじゃねえ」

 ウィリアは左手で男の額をつかんで、頭を地面に押しつけた。そして剣先を男の右目に向けた。

「言わなければ、えぐり出す!!」

「わーっ!! 言います、言います! 廃鉱山の宿舎です!」

 今度は剣先を男の左目に向けた。

「いま言ったことは本当か!?」

「ほ、本当です。本当ですーっ!!」

 すぐ助けに行くべきだが、ウィリアは周囲を見た。

 村の男たちが何人も死んでいる。

 ゲントさん……!

 ウィリアは男をもう一度殴って気絶させ、森の中を村まで走った。




 村の結婚式は盛大である。村人が総出で祝福している。村外からの見物人も来ている。

 広場の中央に花婿のゴウがいて、戦士の正装である鎧を着ている。花嫁の帰還を待っていた。

 人出を見込んで、出店がいくつか出ていた。飴屋の前には子供たちが並んでいる。

 ゲントも薬を売った。順調に売れていた。

「はい、まいどあり。はい、こちらさんもどうも。お釣りです……」

 そのとき、何か感じるものがあった。

「……!」

 治癒師は、生命力を扱う能力を持つ。生命力は俗に「気」とも言う。気を感じ取り、気を操ることができなければ治癒師にはなれない。

 「気」の乱れがあった。

 遠く、村の外から乱れを感じる。

 ゲントは不安になった。なにか変事があったのではないか。

 気配は遠い。感じ取れる気の乱れはかすかで、何が起こったのかはわからない。位置も特定できない。

 しかし不安がつのる。とりあえず、出店を畳もうとした。

「ちょっと薬屋さん、この湿布薬ちょうだいよ」

「こっちの胃腸薬ください」

「あ、はい、ただいま」

 畳もうと思ったときに客が来て、片付けることができなかった。

 そうしていると、村の外の森から走ってくる鎧の女性がいた。

「……ウィリア?」

 ウィリアは広場にやってきて、言った。

「花嫁がさらわれました! 鉱山跡につれていかれたらしいです!」

 空気が一度に張り詰めた。誰もが青くなった。

「エマが……!?」

 花婿のゴウはそれを聞いて、弾かれたように鉱山跡へ走り出した。

 他の男たちも動き出した。戦える者も何人かいるようだが、準備ができている者などいない。家に戻って防具や武器を引っ張り出す必要があるようだ。

「ゲントさん!」

 ウィリアがゲントを認めて、呼んだ。

「輿を担いだ人たちが殺されています。すぐに来てください!」

「わかった!」

 ウィリアとゲントは森の中へ走った。

「こっちです!」

 村の男たちが死んでいる場所へ向かう。着くとすぐ、ゲントが彼らを蘇生した。流れていた血が戻り、傷口が塞がる。かれらは気を取り戻し、上体を起こした。

「うう……」

 生き返った男たちは、何が起こったのかわからずそこに座り込んだ。だが世話をしている時間はない。二人は鉱山跡へ急いだ。




 森の中、廃鉱山へ続く道を走る。

 前方で金属音が聞こえた。剣を合わせる音だ。

 村戦士のゴウと、野盗の一人が剣で戦っていた。

 ゴウは押されている。いくつか手傷を負っているようだ。

 ウィリアが加勢した。後ろから戦いに飛び込み、一太刀で野盗を斬り殺した。

 それと同時に、背後からゲントが治癒術を使った。本人も気付かないうちにゴウの傷は治った。

「あ、ありがとう!」

「行きましょう!」

 ウィリアとゲント、そして村戦士のゴウは、廃鉱山へ急いだ。

 坑道のそばに、二階建ての大きな宿舎がある。放棄されてしばらく経っているようだ。

 入口に二人の野盗が立っていた。

 ウィリアは彼らに突進する。

 野盗が振り向いた。

「なんだ、て」

 めえは、と言う時間も与えず、二人の武器を持っている手を切り落とし、戦闘不能にした。

 後ろでゴウが目を丸くして見ていた。

「入りましょう!」

「あ、ああ」

 広い宿舎だった。花嫁のいるところがわからない。

「……!」

 ゴウはたまらず、奥に向かった。

 しかしウィリアとゲントは動かなかった。なんとなく、そっちではない気がする。

 耳を澄ました。

「…………」

 かすかに悲鳴が聞こえた。

「上の階!」

 二人は急いで階段を上った。




 二階の奥の部屋。

 花嫁のエマは、純白の衣装のまま、ベッドに寝かされていた。両手をベッドの上部に縛り付けられている。

 その前には、でっぷり太った野盗の親分がいる。

「へへへ……。なかなか上玉だな……」

 にやにやと笑った。

「お、おねがいです。やめてください」

 エマは涙を流し、懇願した。

「ぐへへ。やめられるかってんだ」

 親分はてきぱきと、服を脱ぎ全裸になる。股間のものはすでに大きくなっていた。

「あ……あ……」

 花嫁はそれを見て、怯えた。

 親分は、純白の花嫁衣装を胸元から引きちぎった。大きく布が裂けた。片方の胸が露わになった。

「いやあーーーっ!!」




 二階には野盗が屯(たむろ)していた。ウィリアとゲントが突入する。

 対応する隙も与えず、ウィリアは数人を斬った。

 ゲントも風魔法で残りの野盗に傷を与えた。

 悲鳴は建物の奥の方から聞こえた。二人は走った。




「……ん? なんだ? 騒がしいな……?」

 親分は廊下の方に注意を向けた。

 ウィリアがドアを開けて入ってきた。

「な、なんだ!! 人がいいことしてる時に……!」

 親分は全裸のまま、慌ててベッドから飛び退いた。

 ウィリアは部屋の中を見た。ベッドに縛り付けられている花嫁。ちぎられている花嫁衣装。全裸の男。

 ウィリアがこの世で一番憎むのは、女を犯す男である。

 親分を、一刀で斬り殺した。

 ゲントが部屋に入ってきた。

 さらに、階段を上る音が聞こえた。村戦士のゴウが二階に上ってきているようだ。

 ウィリアは花嫁を見た。

 ベッドに堅く縛り付けられ、花嫁衣装が破られて左の乳房が見えている。泣き出しそうな目をしていた。

 ウィリアは声量を落として、しかしはっきりと、ゲントに言った。

「ゲントさん、服を!」

「服? あ、ああ」

 ゲントは花嫁に手のひらを向けた。治癒魔法が発動し、破られた花嫁衣装が元に戻った。

 ウィリアは花嫁を背にして、親分の死体に向き直った。ゲントもそれにならった。

「エマ!」

 村戦士のゴウが入ってきた。エマが叫ぶ。

「ゴウさん!」

 ウィリアは死体の方を向いたまま言った。

「……危ないところでした」

 ゴウはエマを縛っていたロープを剣で切った。そして堅く抱き合った。

「ゴウさん! ゴウさん!!」

「エマ! 無事でよかった!」

 ウィリアとゲントはその光景を見て、ほっと一息ついた。




 結婚式の続きが行われ、滞りなく終わった。

 ゴウとエマの若夫婦は無事に初夜を迎えることができた。

 なおその夜、ウィリアとゲントが泊まっている部屋でも、同様の行為が行われた。




 翌朝、二人の部屋にエマが一人でやってきた。

 頭を下げながらウィリアとゲントの手を取り、涙声で礼を言った。

「お心遣い、生涯忘れません……」

 ウィリアが声をかけた。

「幸せになってください」




 ウィリアとゲントの出発を、村の人総出で送ってくれた。

 お礼として五百ギーンもらった。ウィリアは「警備の仕事に含まれてるからいいですよ」と固辞したが、両家の親が「そんなわけにはいかない」と言って、できるかぎりの礼金を出してくれた。

 ゲントが蘇生した人たちには、「気絶していたところに気付け薬を嗅がせてあげました」と説明した。治癒師ということがわかると面倒だからである。ゴウも自分が治癒されたことに気付いてないようだし、ゲントが治癒師だとわかっているのは服を再生してもらったエマだけである。

 ゲントが言った。

「この村の人たちはいい人だね。薬を広げたまま行ったのに、ほとんど盗まれてなかった。……ちょっとはなくなってたけど」

「まあ、気付け薬の分ということで、いくらかもらったからいいじゃないですか」

「まあね……。あと、衣装のこと、君が気がついてよかったよ。僕は『怪我はしてないな』と思って、考えが及ばなかった」

 助けられた時に、衣装が破れた状態かそうでないかは、花嫁本人にとっては大変な違いである。

「……恥をかいて不幸になる女性なんて、いない方がいいんです」

 ウィリアは遠い目をした。

「こうしている間にも、黒水晶は毎月、女性を犯しているでしょう。できるだけ早く止めなければなりません。人々のためにも。わたしのためにも……」

 二人の前には、長い道が続いていた。


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