ゴジュア教会領(1)

 トートバン村を抜けると、グロッソ山地から下って平地に出る。

 修行中の女剣士ウィリアと、その従者で薬屋のゲントは山を抜け、平地の街道に着いた。

 山から抜けたので人の気配がしてきた。ときどき馬車が通る。

 ゲントがウィリアに聞いた。

「今日はどこに泊まる?」

「少し先に、ゴジュア教会領の街、ゴジュアカルがあります。そこを目指しましょう」

「ゴジュアカルか……」

「行ったことありますか?」

「一度ある。わりと大きな街だ」




 ゴジュアカルは、ゴジュア教会を中心とした城塞都市である。街の周囲をレンガ造りの高い壁が囲んでいる。

 門が東西南北にある。門番がいて、通行証が必要である。

 ウィリアとゲントは南門についた。入街許可を待つ人が何人か並んでいるのでそのうしろに着く。

 ウィリアの番になった。

「通行証と、職業、名前を」

 ウィリアは通行証を見せた。

「修行中の剣士で、ウィ…………リリアと言います」

 門番は通行証とウィリアの顔を交互に見た。

「よし。通れ」

 王都にいた時に、偽造の通行証を作ってもらっていた。精巧で、簡単にはばれない。とはいえ緊張したし、嘘をつくのは罪悪感があった。

 うしろにいたゲントも問題なく通行できたようだ。

 街の中に入る。太い大通りがある。それはまっすぐ、街の中心にある巨大で高いゴジュア教会まで続いていた。その両脇に大きな建物が並んでいる。

「立派な街ですね」

「どこに泊まる? 高級ホテルもあるけど」

「高級なところに泊まりたいとは思いません。ちゃんと眠れて、お風呂があれば充分です」

「じゃあ、大通りではなく、少し外れた方にあるだろう」

「……ゲントさんは、宿じゃなくて、違うところに泊まりたいんじゃないんですか?」

 ウィリアはゲントを横目で見ながら言った。ゲントは苦笑いして答えた。

「あれば泊まりたいけど、この街には娼館はないよ」

「そうなんですか?」

「教会の街はたいていそうだ」

「あ……なるほど」




 細い通りにあるホテルに泊まることになった。

 三階建てのホテル。夕食は無しで、朝は簡単な食事が出る方式だった。ゲントは二階、ウィリアは三階の上下の部屋になった。

 ウィリアは荷物を自分の部屋に置いた。一階に降りると、ゲントが宿の受付となにやら話をしていた。

「お待たせしました。行きましょう。何を話してたのですか?」

「あっ、いや、別にたいしたことじゃない。じゃあ行こうか」

 二人は夕食をとるのと、情報を集めるために、街の酒場へ向かった。




 小さな酒場に入る。二人はカウンターに座り、食事を取った。

 ウィリアが主人に聞いた。

「ところでご主人、お聞きしたいことがあります」

「何でしょう」

「黒水晶について調べています。なにかご存じのことはありませんか」

「黒水晶、ですか。あれについてはあまり喋らないように言われてますね……」

 ウィリアは十ギーンをテーブルに置いた。

「チップです」

「ありがとうございます。……黒水晶とその一味は、最近も王国中で暴れてるようですが、少し前に対処法が見つかりましてね」

「対処法?」

「やつらが連れている兵は人間ではなく、動物などが変化へんげしたものだそうです。変化解除の魔法を使えば、元の姿に戻せるそうで。それで助かった街がけっこうあるようです」

「そうですか……」

 討伐隊で、治癒師のクルムス氏が放った魔法である。たしかに変化の兵を消し去ることができたが、あのときは黒水晶一人の剣に全員がやられてしまった。

「まあ、この街は安心ですよ。なにしろ教会がまん中にあります。変化解除の魔法は聖魔法で、僧侶が得意ですから」

「なるほどね……。それで、黒水晶の居場所はわかりませんか?」

「いやあ、それはわかりませんねえ。王国の兵士たちも血眼になって探してるくらいですから、我々庶民にわかるはずないです」

「ありがとうございます」

 主人は料理をテーブル席に運ぶため、カウンターを出た。

 ゲントがウィリアを見た。

「ウィリア、黒水晶の居場所を探してるけど、黒水晶を見つけたとして、君は、勝てるの?」

「……勝とうとは思っていません。刺し違えるつもりです」

「聞き方が悪かった。刺し違えることができるの?」

「まだ、とても無理です。もっと修行しないと」

「もしも黒水晶の居場所がわかったら、君はどうするんだ? 君の性格からすると、我慢できずに突進してしまうんじゃないか?」

「そんなこと……」

 ないですよ、と言おうとしたが、振り返って自分の性格を考えた。居場所がわかったとしたら、我慢できるかどうか、自分でもわからなかった。

「……するかも、しれませんね……」

「情報収集はいいとしても、居場所は探さなくていい。むしろ探さない方がいいと思う」

「……はい」




 夕食を食べたあと、ゲントは宿に戻った。ウィリアはもう少し情報を得ようと、いくつかの酒場を回った。しかし、特に収穫はなかった。

 小さな酒場に入った。ここでも似たような話を聞くばかりだった。とはいえ礼金は払う。

「ありがとうございます……」

 ウィリアは十ギーンを、カウンターの端のトレイに置こうとした。

「熱い!!」

 思わず手を引っ込めた。

「あ、すみません。それ小銭皿じゃありません。ステーキのために温めていた鉄皿です」

「なんでここにあるんですか!?」

「置くところが狭くて……」

 店主は恐縮して、水で冷やしてくれたが、左手の指が水ぶくれになってしまった。ちょっと痛い。

 宿に戻った。我慢できるぐらいの痛さだが、ゲントが薬屋だったと思い出した。火傷の薬ぐらい持っているだろう。二階に上がって、ゲントが泊まっている部屋のところまで行った。

 ノックをしようとする。

 そのとき、扉の向こうから声がした。

「……死ぬ……!」

 ウィリアは身構えた。ゲントの声ではないようだ。しかしはっきり、死ぬと聞こえた。中で何が起こっているのだろう。耳を澄まして聞いてみた。

「……死ぬ……死んじゃう……ああん……🤍」

 女性の声で、何度も死ぬ死ぬと聞こえた。

 さすがにウィリアも、中で何が起こっているか理解した。

 娼館がない街でも、そういう仕事をしている女性はいて、宿に話をつければ呼んでくれるのだろう。

 ウィリアは三階の自分の部屋に戻った。風呂に入り、寝巻に着替えた。

 ベッドに入ろうとしたが、自分のベッドの真下で、ゲントと女性がややこしいことをしていると思うとなんか嫌だった。わざわざベッドの位置をずらした。

 布団を頭からかぶって寝た。

 布団にくるまれても、ずっと女性の嬌声が聞こえてくるような気がして、不愉快でなかなか眠れなかった。

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