トートバン古戦場(3)

 朝になった。窓から陽が差し込む。

「んー……。朝かあ……」

 ウィリアは布団をのけて、ベッドの上で上体を起こした。

 大きく伸びをした。両手を高く上げる。

 はっと思った。

 自分の体を見た。右腕があった。

 昨夜の戦いを思い出す。大きな骸骨兵に、腕を斬られたはずだ。

 右腕を動かしてみる。ちゃんと動く。触ってみる。ちゃんと感触がする。

 鎧の下に着る服のまま寝ていた。袖をまくって斬られたはずの箇所を見たが、傷口らしいものは何も見えなかった。

 そういえば服も切られたはずだが、その跡がない。肩にも矢で傷を受けたはずだがその跡もなかった。

「まただ……」

 アテュール村で、祠の魔物に眠らされた翌日と、似た状況だった。

 あの時は眠った後のことは覚えていないが、今回は、たしかに腕を斬られたはずだ。その跡がないのは不合理である。

 今回も、ここが死後の世界ではないかと一応考えてみたが、やはりそうではないようである。

 とりあえず起きて、部屋の外に出てみた。

「あっ……。剣士さま……」

 宿の女将が見つけて、ウィリアに駆け寄った。

「あ……おはようございます」

「昨夜はどうも……うちの子を助けていただいて……」

 非常に恐縮しているようだった。

「あの子たち、ヤッちゃんとリッちゃんはどうしました?」

「おかげさまで、無事に帰って来ました……」

 女将は昨夜のことを説明してくれた。

 宿に少年たちが駆け込んで、まず隣の部屋にいたゲントを起こした。ゲントは走って村の外に駆けだした。

 その後少年たちは、宿の大人たちやリッちゃんの両親を起こして、起こったことを報告した。あまりのことに大人たちも半信半疑だったが、魔物が出たとなれば素人だけでは太刀打ちできない。村の戦士に出動を願おうかと話し合ってきた時、ゲントがウィリアを背負って帰って来た。

 ゲントが「魔物はすべて倒されてました。彼女は体力が尽きて気絶したようです」と言ったので、ウィリアをひとまずベッドに寝かせ、朝を待った。

 朝になって村戦士を連れて古戦場に行ってみると、あちこちに骨や古い鎧が散乱していたので、たしかに魔物が出たことがわかった。

「とりあえず司祭さまに、鎮魂の儀式をしてもらうことになりました」

「……そうですか。それで、ゲント……わたしの連れはどうしていますか?」

「あの方は古戦場に向かいました」

「わたしも行ってみます」

「お待ちください。お疲れでしょうから、せめて朝食を取っていってください」

「あ、いただきます」




 ウィリアが古戦場へ行ってみると、村の大人たちや司祭がいた。周囲にはいくつもの骨や鎧が崩れて散らばっていた。昨夜、ウィリアが倒した骸骨兵たちだ。

 ゲントがいた。

「ゲントさん!」

 ゲントも振り返ってウィリアを見た。

「やあ! 具合はどう?」

「すっかり元気です。……ですけどね、ゲントさん……」

「ああ、元気ならよかった! すぐに、鎮魂の儀式が始まるようだよ」

 ゲントはウィリアの言葉を遮るように慌てて話した。

 中央に司祭がいた。ウィリアに声をかけてきた。

「昨晩、魔物と戦ってくださった方ですね? ちょうどよかった。鎮魂の儀式をしますので、一緒にお祈りをしてくださいませんか?」

「わかりました」

 儀式が始まった。司祭が聖言を唱えながら、古戦場の地面に聖水を撒く。骸骨兵の骨や鎧は、透明になり、やがて消滅していった。

 ウィリアとゲントは手を合わせてお祈りをした。




 儀式は終わった。地上に骨はもうない。だがウィリアには気になることがあった。

「すべての亡霊が清められたのでしょうか?」

 ゲントがそれに答えた。

「いや。たぶん、地下にまだまだいるだろう」

「怨念払いの呪符はもうないのですか? 売るチャンスじゃないですか」

「ここは広すぎる。数枚使ったって、焼け石に水だ。それに、ここの鎮魂は、村の人によってなされるべきだと思う」

「……そうですね」

 二人は草原の遠くを見渡した。

 人々が帰ろうとする。司祭がウィリアに声をかけた。

「いやあ、どうも、村の子供を助けていただいてありがとうございます」

「いえ……。それよりも、鎮魂の儀式ごくろうさまです」

「私もしばらくぶりで、緊張しました」

「鎮魂は行ってなかったのですか?」

「ええ。実を言いますと、この村でも十年ほど前まで、鎮魂の祭を毎年していたのですが、中止になりまして」

「十年前? なぜやらなくなったのですか?」

「経費のわりに、観光客が来なくて……」

 シビアな事情だった。

「ですが、もう経費とか言ってられません。これから毎年開こうと思います」

「おねがいします。古の勇士たちのためにも」




 ウィリアとゲントは村を後にすることにした。

 村の人たちが見送ってくれた。

 二人の子供たちが、お礼を言いに出てきた。

「剣士のお姉ちゃん、ありがとう」

「ありがとう……」

 ウィリアは微笑んで言った。

「こっちこそ、村に伝えてくれてありがとう。あのまま気絶してたら、本当に死んでいたかもしれない……」

「……結界の外に行ったことがばれてすごく怒られたけど、でもいいんだ」

「おねえちゃんが無事でよかった……」

 ウィリアは両腕で、二人の少年を抱きしめた。少年たちの頬がぽっと赤くなった。

「元気でね……」

 二人の少年、そして村の人たちは、ウィリアとゲントの後ろ姿に手を振ってくれた。




 山道を歩く。平野が近い。

 ゲントがウィリアに言った。

「罪なことをする。あの少年たちの性癖が……」

「せい……何ですって?」

「……いや、なんでもない」

「ところでですね、ゲントさん」

「ん?」

「何かしたでしょ」

「何かって……なにが?」

「とぼけないでください。わたしは不覚を取って、腕を切断されました。治すために何かしましたよね? 特別な呪符ですか? 魔法薬ですか?」

「……あ、桐の花が咲いてる」

「だから、ごまかさないでください! それから、あなたの正体は何なのですか? 昨日、わたしと友達になるって言ってくれましたよね。友達なら、教えてくれてもいいんじゃないですか?」

「……」

 ゲントはしばらく黙った。そして言った。

「……そのうち、言うよ」

 ウィリアはその横顔を見た。

「……そのうち、ね。……きっとですよ?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る