トートバン古戦場(2)

 古戦場近くのトートバン村。女剣士ウィリアは宿で眠っていた。

「うわああああ!」

 大声で目が覚めた。

 咄嗟に剣を取る。

 声は隣の部屋からのようだ。ゲントが眠っているはずだ。

「……」

 大声のあとは、別に何も聞こえない。

 また怖い夢を見たのだと思った。

 ゲントは旅の薬屋で、ウィリアの従者で、同時にウィリアの友人でもある。いつも飄々としていて、いまひとつ正体がわからないところがある。

 魔物発生区域にも乗り込む程の人である。自分は弱いとしばしば言っていたが、おそらく弱くはない。胆力もあるはずだ。

 その彼が、怖い夢を見て叫ぶ。どういう夢なのだろう。気にはなるが、聞いても教えてはくれないだろう。

 さいわいゲントのいる部屋は角部屋で、近くの部屋は空いている。他の人に迷惑はかかってなさそうだ。

 ウィリアはもう一回寝ようとした。

 しかしなかなか眠れなかった。




 音がした。

 廊下を歩く足音。

 誰か用事があるのかな……と思ったが、どうも違和感がある。

 足音の感じからすると、子供のようだ。

 足音は宿の入口の方へ動いていった。

 もう真夜中である。子供が外に出る時間ではない。

 ウィリアは不吉なものを感じた。

 飛び起きて服を着た。念のため剣を持つ。鎧を着込む時間はない。足跡が行った方向を追って、宿の外に出た。

 子供が寝巻のまま、村の出口の方に歩いている。宿の息子ヤッちゃんのようだ。ウィリアは追った。

「ねえ、君、何してるの!?」

 追いついて声をかけてみた。返事はない。

 顔を覗き込んでみた。目は開いているが、焦点が合っていない。

 腕をつかんで引き留めようとした。しかし少年は無理に進もうとした。子供とは思えない力だった。

 ……魅入られている!

 少年は腕をふりほどいて、ふたたび歩き出した。

 ウィリアは考えた。どうすれば魅了を説くことができるだろう。殴れば正気に戻るかもしれないが、それはかわいそうだ。

 剣を持っているのを思い出した。

 ウィリアは少年の前に立ちはだかって、まっすぐ剣を振った。鼻先から紙ほどの間隔で、剣が顔の前を通り過ぎた。

「わっ!」

 少年は驚いた声を出した。目の焦点が戻った。

「……えっ? 剣士のお姉さん?」

「正気に戻ったのね。何があったの?」

「ええと……。あれ? なんだか夢を見て、どうしても古戦場に行かないといけないと思って……」

「古戦場の魔物に魅入られたみたいね。おうちに帰りましょう?」

「うん……あ、まって。リッちゃんは!?」

「あ、もう一人の子ね!?」

 この子が魅入られたなら、もう一人もそうである可能性がある。

 少年と一緒に、リッちゃんの家に向かった。

「ここだよ!」

 一軒の農家だった。

 二人は家の横に回った。

「あ、リッちゃんの部屋の窓が開いてる……」

 家の横の窓が開いていた。

「お姉さん、ちょっと中を見て、ベッドにリッちゃんが寝てない?」

 ウィリアは覗いてみた。部屋の隅のベッドは空で、誰もいない。

「いないみたい……」

「リッちゃんも同じ夢見たんだ……! 助けに行かなくちゃ!」

「お姉さんが行くから、君は家で待ってなさい! 危ないから!」

「ううん! 僕も行くよ! 友達だもん!」

 少年は真面目な顔をして言った。

「……わかりました。急ぎましょう!」

 ウィリアと少年は、古戦場まで急いだ。

「リッちゃーん!!」

 少年は声を張り上げた。

 ウィリアは周囲を見た。

 暗くてよく見えないが、草原の中、動く物があったように思った。そちらに向かう。

 寝巻を着た少年の後ろ姿が見えた。

「リッちゃん!」

 ウィリアとヤッちゃんは走った。

 リッちゃんはやはり魅入られているようだ。ゆらゆら歩いている。

 二人はリッちゃんに追いつこうとした。

 そのとき、二人の周囲の地面から、数体の魔物が立ち上がってきた。骸骨の兵士たちであった。

「わーっ!」

 ヤッちゃんが悲鳴を上げた。

 ウィリアはヤッちゃんを後に守って、剣を振り回した。数体の骸骨が一度に破壊された。

 前を歩いていたリッちゃんが一瞬体を振るわせた。そして振り向いた。

「……あれ? ここは?」

「リッちゃん!」

「僕、どうしたんだろう?」

「魔物におびき寄せられたんだ! 逃げよう!」

 ウィリアと二人の少年は、村へ走り出した。

 だが、また骸骨が立ち上がってきた。ウィリアが剣で破壊する。

 古戦場の地面から、次から次へと魔物が出てくる。ウィリアは少年たちを守りながらそれらを倒した。

 いろいろな鎧の骸骨兵がいた。ヤンガ国の兵士も、エンティスの兵士もいるようだ。

 骸骨兵たちは、低い声で言葉を発した。

〈留マリタイ……〉

〈留マリタイ……〉

〈冥界ニ行クノハ、怖イ……〉

〈生命力、ヨコセ……〉

〈若イ、生命力ヲ、ヨコセ……〉

 ウィリアは次々に襲ってくる骸骨兵を倒し続けた。

「地上に留まりたいのですね……。ですが、あなたたちは、五百年前に死んだのです。現世にいてはいけないのです。いにしえの兵たちよ。どうか、わかってください!」

 子供たちを守りながら戦うのは難事ではあったが、どうにか、古戦場の草原を抜けた。村の魔結界の柵が見えた。

 ウィリアと二人の少年は魔結界の中に入った。

「ふう……。ここまでくればいちおう安全……」

 その時、ウィリアはハッとした顔をして、剣を背後に振った。

 矢が落ちた。

 背後で、弓を持った骸骨兵が矢を射かけてきていた。ウィリアは少年たちを守りながら、飛んできた矢を剣でたたき落とした。

 一本がウィリアの肩をかすめ、服を裂いて血が流れた。

「お姉ちゃん!」

「だ、大丈夫だから……。君たちは走って!」

 ウィリアは村の外側の方を向き、矢をたたき落としながら後ずさりで進んだ。少年たちは村まで走っていったようだ。

 やがて矢の攻撃も止んだ。ウィリアは立ち止まって、荒い息をした。

 しかし、ウィリアの前に大きな影が進み出てきた。

 骸骨兵である。特に巨大な体をしていた。上等な鎧を着ている。生きていたころは名のある勇士だったのだろう。

 もう村の結界の中だが、強力な魔物は結界も乗り越えてくる。感じる威圧感は、並の魔物ではないことを示していた。

 巨大な骸骨兵は剣を振り回してきた。

 ウィリアはうしろに跳んでよけた。

 いまは鎧を着ていない。少しでも剣が当たれば大きなダメージになる。

 骸骨兵は長い腕で剣を振り回した。

 それほど動きは鋭くない。ウィリアは敏捷に剣を避けた。

 逃げることも可能だったが、逃げれば村まで追ってくるだろう。ウィリアはこれと闘うことにした。

 剣で、相手の剣を受けた。予想通り、力は強かった。だがウィリアは強い力を逃がす術を心得ている。

 骸骨兵の剣をすり抜け、剣を持っている腕の骨を斬った。

 そして飛び上がって、頭蓋骨を破壊した。

「ふう……」

 ウィリアは一息をついた。

 骸骨兵は、頭部を失ったまま立ち尽くしていた。

「?」

 いままでの戦いでは、頭部を破壊した骸骨兵はたいてい崩れ落ちていた。ウィリアは正面に立って、骸骨兵の破壊した頭を確認しようとした。

 バシュッ!

 衝撃があった。

 骸骨兵の胴体部分から剣を持った手が出て、ウィリアの右腕を斬っていた。

 激痛が走る。

 右腕が草の上に落ちた。剣も落ちた。

 骸骨兵の腹部から、もうひとつの髑髏が顔を見せた。二体の骸骨が一つの体を構成していた。

「……し、しまった……」

 骸骨兵はふたたび剣で攻撃してきた。

 ウィリアはよろけながら剣をかわした。右へ左へ避ける。

 ウィリアは体をかがめ、左手ですばやく剣を拾った。

 力を振りしぼって、骸骨兵に突進した。

 振り回してくる剣をかわして、飛びかかった。剣を腹の髑髏に突き立てる。

 髑髏は破壊された。巨大な骸骨兵は今度こそ崩れ落ちた。

「……」

 ウィリアは草の上に倒れた。




 昨日雨を降らせた雲はもうない。夜空に星が見える。

 ウィリアの体は、急速に弱っていった。

 心拍のたびに、斬られた腕からドクドクと血が流れる。弱るのが自分でもわかる。

「ここが、旅の終わりだ……」

 自分はここで死ぬのだと思った。万が一生き延びても、右腕が無くては黒水晶を倒すことなどできないだろう。

 星を見た。きらきらしていた。

 おそらく、この世で最後に見るきれいなものになるだろう。

「死んだら、どうなるのかなあ……」

 領国を出奔し、たくさんの人に迷惑をかけた自分は、天国には行けないかもしれない。死んでも父や母に会えないかと思うと、悲しかった。

 いろいろな人の顔が浮かんだ。

 養育係のマイアが心配そうな顔をしていた。ウィリアは心の中で、彼女に詫びた。

 黒水晶にたおされたシシアス伯爵、討伐隊の隊員たちを思い出した。かたきを取れないことを詫びた。

 ゲントの顔が浮かんだ。昨日、友達になってくれたばかりだった。

「あの人は、泣いてくれるかな……」

 意識が薄れてきた。

 きらきら輝いていた星がかすれて、徐々に見えなくなった。

「星が、もう……」

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