トートバン古戦場(1)

 女剣士ウィリアと、従者で薬屋のゲントは、カリゴーク村を後にした。

「ところで、木樵の爺さんに地図の修正箇所を教えてあげたんだよね。なんて言ってた?」

「あの人、『ああ、そりゃ、すみませんねえ』と言って、お礼だって百ギーン返してよこしました」

 次に地図を見る人の助けになることを祈るばかりである。

 二人はグロッソ山地を抜ける北の方へ向かった。

 あてのない旅である。ウィリアの目的は、魔物を倒して修行をすること、最終的には黒水晶を倒すことである。ゲントは、薬を売りながら、ウィリアについていければそれでよい。北の方に魔物が出るスポットが多いので、とりあえずそちらを目指して歩く。

 山道を進む。だいぶ標高が下がってきた。道の脇に林がある。木の間から空が見えて、白い雲が流れている。




 次の村が近くなってきた。

 広い草原があった。

 ゲントは草原を眺めて言った。

「トートバン古戦場だ……」

「古戦場?」

「そう。五百年ほど前、エンティス王国の黎明期に起きた戦争で、激しい戦いがあった」

「そういえば、聞いたことがあります」

「ここか……。一回、来たかった」

 ゲントは感無量という感じで、草原を見渡した。

「なにか思い入れがあるんですか?」

「特に関係はないけれど、僕は歴史が好きなんだ。遺跡や古戦場に来ると、つい嬉しくて」

 古戦場には所々に木が生えていて、ほとんど青い草が覆っている。秋になれば深い枯草に覆われるだろう。

「ちょっと見て行っていい?」

「わたしも歴史は好きです。一緒に見ましょう」

 草原には、戦いの跡を表すものは見えないが、歩き回ると石碑があった。古戦場の由来が書いてある。

〈エンティス建国四年。ヤンガ国との戦の中、敵の将軍は山越えの進路をとった。エンティスの将軍シシアスはそれを察知し、この地において決戦に至った。激しい戦闘の末エンティスが勝利を収め、この地における覇権のいしずえとなった……〉

 ウィリアはそれを読んだ。

「この将軍シシアスって……」

「ソルティア領国の、シシアス伯爵家の祖先らしい」

「そうですか……」

 ウィリアの剣の師とも言えるシシアス伯爵は黒水晶に殺されてしまった。その跡を継ぐべき息子は剣術学園から逃亡し、生死もわからないという。伯爵家はどうなるのだろうということが頭をよぎったが、ウィリアにできることは何もない。二人は石碑に向かって、死者たちに鎮魂のお祈りをした。




 山の天気は変わりやすい。濃い色の雲が出てきた。

「行こう。降りそうだ」

 近くにはトートバン村がある。急げば降る前に着けそうだ。

 二人は古戦場から離れようとした。

「……え?」

 ウィリアが遠くを見た。

「どうした?」

「向こうに、子供が……」

「え?」

 ゲントも見てみた。草の間に、男の子が二人いるのが見えた。

 村から近くても、ここは結界外である。村の周辺にはたいてい、魔物や猛獣を寄せ付けない結界が張られている。その中なら比較的安全だが、結界外になると危険性が高くなる。子供などは出るべきではない。

 二人は子供たちの方に走った。

「君たち!」

 二人の男の子は、ウィリアとゲントが走ってくるのを見て逃げ出した。子供はすばしっこかったが、ウィリアは走って追いかけ、一人の子をつかまえた。年齢は七、八歳ぐらいだろうか。やんちゃそうな男の子だった。

 ウィリアはゲントの方を見た。

 荷物を背負っているので難儀したようだが、追いついてもう一人の子をつかまえた。抱きしめたまま、ウィリアのところに連れてきた。

 ウィリアは子供たちに言った。

「こんなところで、何してるの!?」

 男の子たちはばつの悪そうな顔をして言った。

「ぼくたち、悪いことはしてないよ……」

「宝探ししてたんだ……」

「宝探し?」

「うん、ここを探すと、いろいろ見つかるって聞いたから」

「いろいろって?」

 二人の男の子は、握っていた手を開いた。いくつかの矢尻があった。

「ああ、矢尻ですね」

「あげないよ。ぼくたちが拾ったんだから」

「いやそれはいいけど、ここは危ないですよ!? お姉さんと一緒に、すぐ村に戻りましょう」

「うん……」

「あの、おねえさん、ここに来てたって言わないでね?」

「わかりました。言いません。ですが、もう結界の外には来ないって約束してください」

「えー?」

「えー?」

「結界外に出るのは危険だってわかってますよね? 約束しないとお父さんお母さんに言いますよ!?」

 二人の子は顔を見合わせた。

「……わかったよ。もう結界の外には来ないよ」

「来ないよ」

「じゃ、約束の握手です」

 ウィリアは二人の子と握手をした。

 雲が黒くなってきた。暗くなる。

「もう降りそうです。急ぎましょう」

 ウィリアとゲント、そして二人の男の子は、草原をつっきって村へ向かおうとした。

 雨がわずかに降ってきた。

 四人が足を速める。

 すると、目の前に人影が見えた。

「……旅人?」

 鎧を着ているようだ。近寄って声をかけようとした。

 その人影が振り返った。

 鎧の下は、白骨だった。ドクロの頭部に兜をかぶっていて、鎧が覆っていない部分は骨が見えている。そして剣を持っていた。

「わーっ!」

 男の子たちが悲鳴を上げた。

 ウィリアは咄嗟に、剣を抜いた。

「アンデッド!?」

 白骨の戦士に対峙する。

「ゲントさん! 子供たちを!」

「わかった!」

 ゲントはマントを広げて、おびえる子供たちを両脇に抱えた。

 白骨の戦士がウィリアに飛びかかってきた。

 剣を振ってくる。ウィリアはそれを剣で受け止めた。

 剣の打ち合いになった。金属音が響く。

 かなり強い。一回ごとの剣は重い。

 だが、ウィリアは連続打でタイミングを外した。そして急襲し、頭蓋骨を破壊した。

 白骨の戦士はバラバラになって、地面に崩れた。

 うしろで見ていた子供たちが口を大きくあけた。

「お姉さん、すげぇー……」

「お姉さん、ありがとう……」

 ウィリアは振り向いて言った。

「こんなふうに、結界の外は魔物が出ますからね。本当に来ちゃだめですよ?」

「わかったよ」

「本当に来ない」

 ゲントが、白骨の残骸を見て言った。

「鎧からすると、ヤンガ国の兵士だろうか」

 ウィリアが言った。

「かなりの腕でした。生きている時は、さぞ強かったでしょう……」

 雨が強くなってきた。

 四人は村へ歩く。

 ウィリアは鎧の上に着ているマントを外して、二人の男の子にかけてやった。マントにはいくらかの防水性がある。

 男の子が言った。

「お姉さん、濡れちゃうよ?」

「いいの。鎧を着てるからだいじょうぶ」

「ありがとう……」




 村に着く頃には雨が止んでいた。

「お姉さんとおじさん、どこに行くの?」

「とりあえず宿に泊まります」

「宿? ヤッちゃんのうち、宿屋だよ」

「案内してくれますか?」

「うん!」

 男の子の案内で、二人は宿に着いた。ヤッちゃんと呼ばれた子と中に入る。出てきた女将に、ヤッちゃんが言った。

「あのね、道の途中でこのお姉さんとおじさんがいて、雨が降った時、マントをかけてくれたんだ。お礼に、いい部屋にしてあげてね?」

「まあまあ、それは、すみませんでした。一部屋でいいですか?」

「あ、二部屋で……」

 女将が部屋を用意しに奥へ行った。

 男の子が振り返ってウィリアに言った。

「ぜったいに言っちゃだめだよ?」

「言いませんよ」

 さっきの子が宿に入ってきて、ヤッちゃんに言った。

「ヤギの子が生まれたって。見に行こうぜ!」

「え? マジ? 行く行く!」

 二人の子は駆けだして行った。




 ウィリアとゲントは、とりあえずウィリアの取った部屋で、濡れた荷物や鎧を拭いた。

 ウィリアが思い出して、おだやかな顔で言った。

「子供は元気でいいですね」

 ゲントはやや不満げな表情だった。

「君がお姉さんで、僕がおじさんというのはちょっと納得がいかない」

「しかたないじゃないですか。あなたの方が年上だし」

「二十代半ばだよ?」

「子供にしてみれば、二十をすぎたぐらいでおじさんなんでしょう」

「うーん……」

 まだ納得はいかないようだった。

「それに、友達っていいですね……」

「君にだって、友達はいるだろう?」

「……まあ、いたことはいたのですが……」

 ウィリアは目を下に向けた。

「……子供の頃は、男女何人かの子たちと一緒に、勉強したり遊んだりしていました。領国の臣下たちの子供でした。ところがある時から男の子がいなくなって、女の子たちだけになりました。

 友達として仲良くはなったのですが、ある年齢になると、その子たちが急にわたしに敬語を使うようになって……。そうしなさいと言われたのでしょう。仕方ないこととはいえ、少し前まで対等に話していた友達に、敬語を使われるのはちょっと悲しかったです」

「……そうか。わかるような気がする」

 ウィリアは領主の一人娘である。周囲はすべて下の身分だ。

「そのうち、勉強が個人授業になったり、本格的に剣の練習をはじめたりしたので、女子の友達とも疎遠になってしまいました。はっきりと、親しい友達と言える人は、あまりいないのです……」

 ウィリアは寂しそうな顔をしていた。

 ゲントが、ウィリアの方を向いて言った。

「……あの、僕はどう?」

「え? ゲントさん?」

「そう。友達としては見てくれないかな?」

「だって、あなたは従者じゃないですか」

「立場としては主人と従者だけど、それはそれとして友達になってもいいんじゃないかな? けっこう何日も一緒にいるし、どう?」

「……」

 ウィリアはちょっと考えた。

 ゲントに右手を差し出した。

「……よろしくね」

「よろしく」

 二人は握手をした。

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