カリゴーク洞窟(2)

 頭につけたランプの光を頼りに、暗黒の洞窟を進む。

 ウィリアとゲントは、カリゴーク洞窟の探検に来ていた。

 近在の村人に地図を写させてもらった。だが数十年前の地図である。いまひとつ頼りにならない。

 最初からつまづいた。

 通ろうと思っていた道が、落盤で通れなくなっていた。

「……行けませんね」

「しかたない。遠回りの道に行こう」

 少し戻って別の道を進む。

 ときどき魔物が襲ってくる。スライムとか、虫が魔物化したものとかである。その度にウィリアが斬って退治する。

 ゲントは武器を持っていない。

「ゲントさん、武器は持たないのですか? せめてナイフとか」

「ナイフは持ってるけど、置いて来ちゃった。そもそも僕は武器は駄目なんだよ。うまく扱えないし、持ってるだけでもなんか怖いし……」

「そうですか? 仕方ないですね。わたしから離れないでくださいね。魔物に襲われたら大変です」

「大丈夫。怪我しても、薬屋だから傷薬は持っている」

「いや、そういう問題ではないですよね?」

 こんな時でもゲントは緩い笑顔をしている。

 もしかしたら大人物なのかもしれない。だけど単に危機感が鈍いだけという可能性も捨てきれなかった。




 落盤とか新たに開いた道とか、いくつか迷った末、やっと第二階層まで着いた。目的とするキマイラは近い。

「魔物も強くなって来るでしょう。気をつけてください」

 ウィリアが先になって歩く。

 背後から気配がした。

「!」

 振り向く。ゲントも身をかがめた。後から、魔コウモリが襲ってきていた。

 ウィリアが斬る。二つに分かれて落ちる。

 四方、油断ができない。

 さいわい第二階層には、落盤などは少なかった。地図を参考にして進む。

 遠くに大きな魔物が見えた。

 獅子の上半身、山羊の下半身、蛇の尻尾を持つ魔物。キマイラだ。タルム洞窟で見た個体よりは小さいようだが、キマイラとしては小さくはないだろう。

 ウィリアの眼が真剣になった。

「行きますよ……。下がっててくださいね」

「がんばれ!」

 声援を背に受けて、ウィリアが突進した。

 キマイラも気付いた。灼熱の炎を吐く。

 炎をかわして走る。

 尻尾の蛇が向かってきた。

 これの警戒はしている。居合斬りの要領で、蛇を二回斬り落とした。

 キマイラが吼える。ウィリアに爪を向けた。

 ウィリアは腕による攻撃をよけつつ、剣を振った。

 キマイラの首が切断された。

 ウィリアの剣筋は、以前よりもずっと鋭くなっていた。

 背後から拍手しながらゲントが近づいてきた。

「おみごと」

「蛇の頭いりますか?」

「もらっておこう」

 ゲントは注意して蛇の頭を袋に入れた。ウィリアはキマイラの牙を取り外した。

「目標は達しました。帰りましょう」




 二人は洞窟の中を戻った。

 片側が崖に面した道だった。山道のようにつづら折りの坂になっている。

「……ん?」

 崩れていて、通れない。通ったら崖に落ちそうだ。

「あれ? 来るとき、ここを通ったはず……?」

 地図を取り出して見てみた。

「あ!」

 地図に矢印が書いてある。下るときは途中の近道を通り、登るときはこちらの道を通るように指示されている。下る時に、登る方の道を確認せずに来てしまった。

 近道のところまで戻る。近道と言っても、岩の階段状になっていて、一番下の岩は大人の身長より高い。表面はなめらかで取り付くところがない。降りるのは簡単だが、登るのは難しそうだ。

 しかし、登るほかない。

「……どうしましょう。本格的な登山用具は持ってきてないし……」

「よし、僕が下になるから、肩に立って、先に上がってくれ。上がったら引っ張り上げてくれ」

「わたしは鎧を着ています。あなたよりかなり重いですから、わたしが下になります」

 ゲントは首を振った。

「こう見えても男だからね。女性を踏みつけにするなんてことはできない。重いものを背負うのは慣れている。乗ってくれ」

「すみません……」

 肩に乗るのは心苦しいが、そうするほかなさそうだ。

 ゲントに乗って、一段上に登ることができた。

 さいわい一段目より上には普通に登れそうだ。

「引っ張り上げますね」

「待って。岩がつるつるしているから、手で引っ張り上げるのはちょっと危ない。念のため、ロープを上の岩かなんかにつないでくれ」

 ゲントが胚嚢からロープを取り出し、上に投げてきた。ウィリアはそれを上の方の岩に結び、下に垂らした。

「岩に結びました。登ってください」

 ゲントはロープをつかんで登りだした。

 ウィリアは岩の上で、登ってきたらゲントの体を引っ張り上げようと待っていた。

 だが、殺気がした。

 振り向く。額のライトに照らされて、なにか光るものがあった。

 それが近づいてきた。

 ウィリアは剣を抜いて構えた。

 やってきたものは、全身きらきらと光る何者かだった。六角形の薄い結晶が集合して、体を構成している。

「な、何!?」

 それは、自らの体の一部である薄い結晶を飛ばしてきた。ウィリアはよけた。飛んできた薄い結晶が背後の岩に刺さった。

 また結晶が飛んできた。剣でたたき落とす。

「どうした!?」

 ゲントが急いでロープを登った。

 ウィリアに対して、何枚か一度に結晶が飛んできた。

 その中の一枚が、ウィリアの頬をかすめた。皮が斬れて、血が出る。だが深い傷ではない。

 ゲントが岩の上に上がってきた。ウィリアを襲っている魔物を見た。

「そいつは、雲母の魔物だ! 体の中央の結晶を狙え!」

 雲母の魔物がゲントの方に向き直った。彼を敵と認識したのだろう。結晶を数枚飛ばした。

 それはゲントの体を切った。血が噴き出した。またロープも切断された。ゲントは落ち、崖の下にまで落下していった。

「わーっ!!」

 悲鳴が響いた。

「ゲントさん!!」

 魔物は再度襲ってきた。結晶を飛ばしてくる。

 飛んでくる結晶を避け、踏み込んだ。体の中央にひとつ大きな結晶がある。ウィリアはそれを破壊した。

 魔物は崩れ落ち、ただの結晶の山になった。

 ウィリアは岩の端に手をついて、下を見た。

「ゲントさーん!!」

 声がこだまする。他に音はしない。

 崖は深い。

 落ちて命があるとは思えない。

 死んでいないとしても、噴き出した血の量から考えて、生きているうちに助けることはできないだろう。

「ゲントさん……」

 ウィリアは首を垂れた。

「安全を保証すると言ったのに……。わたしのせいだ……」

 ウィリアの眼から涙がこぼれた。

 傍にいてくれた人が、誰も彼も、死んでいってしまう。

 寂しい。

 死にたい。

 少しの間、泣いた。

 やがて、涙を止めた。

 何をするべきか。

 生きている可能性が、かけらでもあるならば、探しに行くべきだ。

「助けに行く……」

 少なくとも、死体を確認する。そうでなければ、主人として従者に責任を果たしたことにならない。

 そのこと自体が危険でも、行く。ウィリアはそう決めた。

 岩を降り、ふたたび下に向かった。




 第三階層まで来た。

 魔物のいる洞窟は、深くなるほど強い魔物がいる。ここまで、巨大なモグラや虫の魔物がいた。ウィリアはそれらを斬って進んだ。

 キマイラや雲母の魔物も再度出現したが、それも斬った。

 先ほどの戦闘で、飛ばしてきた結晶で切った頬の傷が痛むが、そんなことを気にする暇はない。

 時間をかけているわけにはいかない。頭につけたランプは発光液を使って光っているが、それが残っているうちに脱出しなければならない。暗黒の中帰るのは不可能だ。

 地図を見た。たよりにならない地図だが、ゲントが落ちた場所の見当をつける。

「もうすぐだ……。もうすぐ崖の下……」

 死体を見つけたらどうしよう。

 抱えて戻ることができるだろうか。

 洞窟の中で埋葬する手もあるが、周囲は岩ばかりで、埋葬のための土がない。

 とにかく、見つけるのが先だ。

 魔物を斬りながら、道を進む。

 道の向こうに、何か光るものがあった。

「?」

 雲母の魔物のような反射光ではなく、自ら光っているようだ。ランプの光のようだった。

「えっ……? もしかして……」

 ウィリアは光に駆け寄った。それは人間が頭につけていたランプだった。歩いている。

「ゲントさん!?」

 声をかけてみた。

「え? ウィリア?」

 声が返った。ゲントの声だ。生きていた。

 ウィリアは思わず走り出した。ゲントの顔がはっきり見えた。

「ゲントさーん!」

 走っている最中に、ふと思った。

 このまま走ると、体と体がぶつかり、抱き合ってしまう。

 それではまるで、恋人か家族のようだ。さすがにそのような関係ではない。

 ウィリアはゲントにぶつかる直前、スピードを落とした。

 ゲントは走ってくるウィリアを見て両手を広げたが、直前でウィリアが立ち止まったので両手を広げたまま固まった。

「……ゲントさん」

 ゲントは元気そうだった。

「来てくれたの?」

 ゲントはとまどった顔をした。

「……あたりまえじゃないですか。安全を保証すると言ったのに……。主人の務めが果たせないところでした……」

 安心して、ウィリアの眼から涙がこぼれた。

 ゲントはウィリアの頬に両手を当てた。

「……心配かけてごめん」

「……あなたも従者なら、主人から離れては駄目ですよ……」

「ハイ」

 ゲントは笑顔で返事した。

 涙が落ち着いた。ウィリアは冷静さを取り戻した。

「ゲントさん」

「ん?」

「さっき……体を切られましたよね?」

 血が噴き出した光景は目に焼き付いている。それなのに、ゲントの服やマントにはどこにも切られたようなところがない。

「え? 切られてないよ? 見まちがえじゃない?」

「それに、どうして、あの高さで助かったんですか?」

「柔らかい土の上に落ちて……」

 土なんてあったっけ。

「……まあ、いいです。早く帰りましょう」

 二人は洞窟から出るために歩き出した。

 ウィリアは足元を見た。魔コウモリが死んでいた。刃物で斬ったような傷があった。

「ゲントさん、あなたが斬ったのですか?」

「まさか。魔物同士の戦いかなんかで死んだやつだろう」

「ふーん……?」




 二人はなんとか脱出し、村に戻った。二人ともへとへとだった。

「疲れた……」

「ゲントさん、先に宿に帰ってください」

「え? 君は?」

「あの木樵のところに行って、地図の修正箇所を教えてきます」

 ウィリアは写した地図を広げた。落盤や通れなくなっている道の状態が、新たに書き込まれている。

「念入りだね」

「あなたが落ちたあと、迷ったら大変だと思ってこまめに書きました」

「だけど、教えてやる必要はないんじゃない?」

「次に入る人が見るかもしれません。地図が原因で命を落としたらかわいそうです……」

「それもそうか」

「ではまた宿で」

「……あ、その……。僕は今夜は、別のところに一泊しようと思って」

 少し先に、娼館らしき建物が見える。

「あっ。そうですか。疲れましたものね。どうぞ、疲労回復してきてください。では、明日の朝会いましょう」

 ウィリアはゲントに手を振った。口調は明るかったが眼は笑っていなかった。ゲントはおずおずと娼館の方へ向かった。




 ウィリアは宿に戻って一人でゆっくりしていた。

 ゲントのことを考えるとなぜだか気分が悪いが、行くなと言わないと約束したし、他人のやることだからしょうがない。ゆっくり風呂に入って、こっちはこっちで疲労を回復した。

 部屋には一人である。体にタオルをまきつけ、風呂場のカーテンの外に出る。 洗面台と鏡があった。鏡を覗いてみた。

「……ん?」

 いつもの顔だった。しかし変だ。傷がない。雲母の魔物の結晶攻撃で、頬に傷がついたはずだ。だけど、その傷はすっかり治っていて、跡も見えなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る