カリゴーク洞窟(1)

 女剣士ウィリアと、従者としての契約を結んだ薬屋ゲントは山道を歩いていた。

 グロッソ山地を抜け、北の方へ出る下りの道である。平地にはまだ遠い。

「これからどこへ行くの?」ゲントがウィリアに聞いた。

「そうですね……。修行のために魔物のいるところに行きたいのですが、まずはマヒ除けのアクセサリーを入手したいです。耐性を肉体化するためにも、早い方がいいし」

「マヒ除けね。キマイラだね」

 キマイラの牙がアクセサリーの材料になる。

「この辺にいないですかね……?」

「あれは洞窟とかにいることが多いが……」

 ゲントは地図を出して見てみた。

「ふむ……。魔物の出る洞窟というと、この辺ではカリゴーク洞窟というのがある。ちょうど通るし、行ってみるか」




 その洞窟の近くにあるカリゴーク村。ルト村よりは小さいが、山中では中ぐらいの規模である。

「とりあえず酒場へ行こう」

「え? わたしお酒は飲みませんよ。ゲントさん飲みたいのですか?」

「飲みたくなくもないが、別の目的がある」

 村の中央に酒場があった。ゲントとウィリアが入る。

「いらっしゃいませ」

 まだ陽の高い時間である。客は何人もいない。カウンターに二人で座る。

「僕はビール。彼女は酒を飲まないので、果物のドリンクを」

「かしこまりました」

 ゲントの前にはビールが、ウィリアの前には赤い飲み物が出された。

「野イチゴのジュースでございます」

 ウィリアは飲んでみた。新鮮でおいしかった。

 ゲントはビールをゴクゴクと飲んだ。満足したように息を吐いた。

「ところでマスター、近くに洞窟があるよね。あれの地図持ってる人知らない?」

「カリゴーク洞窟の地図ですね……村はずれの木樵が持ってるはずです。そのお爺さんが探索をしてたとかで」

「ありがとう」

 二人とも飲み終えた。ゲントは十ギーン貨を出した。

「釣りはいらないよ」

「ありがとうございます」

 ウィリアとゲントは店を出た。

「飲み物二杯に十ギーンはちょっと高すぎですよね?」

「まあ、情報料だ。村の酒場のマスターは、たいてい情報屋も兼ねている。あのくらい渡すのが相場だ」

 そういえば、ウィリアも王都の酒場で情報を探していたことを思い出した。

「でも都合良く地図を持っている人がいましたね」

「洞窟の近くの村では、冒険者でなくても、探索してる人がわりといる」

 二人は紹介された家へ行ってみた。

「ごめんください」

「はい……」

 出てきたのは、髪が白い、六十ほどの男だった。

「カリゴーク洞窟の地図を持ってると聞いた。見せてくれないか」

 老人は二人をじろりと見た。

「書き写すか? なら二百ギーンだ」

 けっこうな値段だが、地図がないと難易度が跳ね上がる。支払った。

「こっちに来な」

 老人は二人を家の中に招いた。二人を座らせると、隣室から古い紙を持ってきた。

「さ、洞窟の地図だ。早いとこ書き写してくれ」

 老人はテーブルに地図を広げた。

 古い地図だった。茶色に変色して、端はぼろぼろで、折れ目で破れそうになっている。ゲントとウィリアは驚いた。

「え? これ、いつの地図?」

「おれの爺さんが探索をやっててな、その時作った地図だ」

「あ、お爺さんが探索やってたって、あんたじゃなくて、あんたのお爺さん?」

 どうやら五十年ぐらい前の地図だ。

「そうだ。不満か? 不満でも金は返さねえぞ」

「いや……書き写させてもらう」

 ゲントとウィリアの二人で、持ってきた紙にがんばって地図を写した。

「まいどあり。最近はあそこに入ろうという奴はいなくてなあ。数年ぶりだ」

 二人は木樵の家から退出した。ウィリアが疑問を口にした。

「あんな何十年前の地図で、大丈夫でしょうか?」

 ゲントが難しい顔をした。

「正直言って、大丈夫じゃない。何年も経てば、落盤とか土砂崩れで通れる道も変わるし、魔物の分布も違ってくる。……とは言っても、ないよりはいいから、あまり信用せずに活用しよう」

 さいわい、キマイラは生息しているようだ。第二層にいるらしい。




 洞窟に向かうのは翌日にして、宿屋に向かった。

「部屋を二つおねがいしたいのですが」

 ウィリアの要求に、宿の主人は答えた。

「あー……今日はもう一部屋しかないんだ。一部屋でいいか?」

「また一部屋ですか……。ええ、いいです」

 主人が二人を部屋に案内した。

 部屋では風呂が使えるようになっていた。この村では温泉が湧く。そのお湯を引いているらしい。

 風呂場と部屋の境は、カーテンを吊しているだけだった。

「ゲントさん、先にお風呂に入りますか?」

「レディより先に入るわけにはいかない。君からどうぞ」

「では、お先します」

 ウィリアは着替えを携え風呂場に入ろうとした。ゲントに言った。

「……言っておきますが、覗いたら斬りますからね」

「わかってるよ。覗いたりしないよ」

 ウィリアはカーテンの中で服を脱ぎ、下着姿になった。

「……」

 下着姿のまま、ウィリアは考えに沈んだ。




 ゲントは椅子に座って、薬草の本を読んでいた。

「あのですね、ゲントさん……」

 背後からウィリアの声がした。

「ん?」

 振り返ってみる。

 ウィリアが立っていた。下着だけの姿だった。

「わっ!?」

 思わず声が出た。

 ウィリアが恥ずかしそうに言った。

「……覗いたら斬ると言いましたが、覗いても、別にいいですよ」

「いや、覗かないよ!! なんなの!? 見られたいの!?」

「見られたくはないです」

「じゃあ、なんで!?」

「わたしは黒水晶に犯されました。そのわたしが裸を覗くなと言うのは、無意味で、滑稽な気がして……。覗かれてもかまわないかなと……」

「いや、その理屈はおかしいよ!? 犯されたから何されてもいいなんてことはないよ! 一回殴られた人は、もう何回殴ってもかまわないってなる?」

「ああ……。それもそうですねえ……。じゃあ、すみませんが、やっぱり覗かないでください」

「覗かないってば!」

 ウィリアは再度カーテンの陰に入っていった。




 風呂から上がってきたウィリアに、ゲントは文句を言った。

「君は考えすぎなんだよ」

「そうかもしれません」

「それからね、ことあるごとに犯された犯されたと言うけど、聞いていて気持ちのいいもんじゃないよ」

「……不安なんです。そう言い続けないと、忘れてしまいそうで。なにもかも忘れて、領国に帰りたいと思わないかと……」

「帰りたいと思ったっていいじゃないか。むしろ帰るべきだ。そうすればすべて丸く収まる」

「またそれを言いますか」

「そりゃ言うよ。事情を聞けば誰だって言うよ。君はゼナガルドに帰って、しかるべき男性と結婚し、子を産み、領主として働くべきだ。その方がお父さんも喜ぶ」

 ウィリアは眼を下に向けた。

「わたしは黒水晶に犯されました。二回もです。それだけではありません。混乱した仲間に犯されたこともあります。また、仲間を得るために、自らの意志で体を提供したこともあります。

 もしわたしが結婚しても、夫となる人はわたしを愛しても尊敬してもくれないでしょう。それは覚悟しています」

「そんなことはない……」

「気休めはいりません。それに、わたしは子供を産めません。黒水晶の子種は強力で、犯された女性はほとんど妊娠するとのことです。唯一の例外がわたしです。二回も犯されたのに、妊娠しませんでいた。それはよかったのですが、子供を産めない体なのは確かなようです」

「……」

「わたしには何も残っていません。父も、愛してくれる夫も、愛すべき子供も……。せめて、逃げなかったという誇りだけは持っていたいのです。わがままなのはわかっています。ですがどうか、この点についてだけは理解してください」

 ゲントは上を向いて溜息をついた。

「わかったよ。もう何も言わない。主人のわがままにつきあうのが、従者の仕事だ」

「ありがとう……」




 翌日、二人は洞窟の探検に向かった。

 タルム洞窟とは違い、壁面に発光ゴケは生えていないので、頭に発光ランプをとりつけて進む。

「ゲントさん、あなたも入るのですか?」

「従者だしね」

「危険ですよ」

「なんか、君だけで行かせる方がよっぽど危険な気がする」

 ウィリアはちょっとむっとした。

「わかりましたよ。決してはぐれないでくださいね」


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