28 フクロウの森(2)

 大木の根元に、旅姿の男がいた。地面に手をついてうなだれている。

「うう……」

 時々、苦しそうな声を出す。弱っているようだった。

 陽が落ちる頃である。だんだん周囲が暗くなってきた。

 男は弱々しい様子でそこにいた。

 巨大な鳥が飛びかかってきた。

 フクロウの魔物、モッケーだった。広げた羽の幅は人の背丈よりはるかに大きい。大きな目で凝視しながら、旅の男をかぎ爪でつかんだ。

 男が空中に持ち上がった。

「わーっ!」

 だが、少し上がったところで動きが止まった。男の体は木の根に太いロープで結びつけられていた。ロープがぴんと貼って、上昇できなくなった。

 その瞬間、大木の上の方で、枝をまとってカモフラージュしていた女剣士が飛び降りてきた。

 女剣士はモッケーの首を切り落とした。




「やったね!」

 ゲントが笑顔で言った。

「弱った人の役ありがとうございます。でも、怖くなかったですか? いつも、僕は臆病だとか言ってたのに」

「こいつの力はだいたいわかっている。君なら打ち損じることはないと思ってね」

「あまり信頼されても困りますよ」

 ゲントは、いつものようにゆるい笑顔に戻っていた。

 ウィリアは、魔鳥につかまれても笑っている人にとって、怖い思いって何だろうと疑問に思った。だが、聞けば思い出してしまうだろう。口に出すのは我慢した。

 その夜は森の中で野宿する。焚火をたく。

 モッケーの解体はゲントが行った。売れそうな部分や薬の材料になりそうな部分を取り分ける。

 アクセサリーの材料にするため、とりあえず眼球を煮込んで、白い球を取り出す。

 肉は串に刺して、焚火のそばに置いた。

 しばらくしていい匂いがしてきた。

「もういいかな……。はい」

 ゲントは串のひとつを取って、ウィリアに差し出した。自分はもう一つの串を取ってそれにかじりついた。

「え……。ええっ!? 食べるんですか!?」

「うん。食べられるよ」

「だってこれ、魔物じゃ……」

「魔物でもいろいろある。絶対に食べてはいけないやつも多いが、これは焼けば大丈夫」

「……」

 ウィリアは目の前の肉をじっと見た。おいしそうだ。せっかく焼いてくれたのだ。食べるべきだろう。とはいえ、魔物の肉と思うと、なかなか決心がつかない。

 ゲントが言った。

「君も冒険者なら、いろいろチャレンジしてみないと」

 ウィリアは顔を上げた。

「わたし、冒険者じゃないですよ」

「いや、君は、冒険者だよ」

「え?」

「修行の旅に出ていて、魔物や盗賊を退治してるじゃないか。これが冒険じゃなかったらおかしいよ」

「……」

 ウィリアの印象では、冒険者というのは、酒場にあつまって獲物自慢をしたりする荒くれ者というものだった。

 とはいえ、それは一面的な見方だったかもしれない。冒険をしている者は冒険者だ。冒険者なら冒険者らしくするべきだろう。

 ウィリアは思い切って、肉にかぶりついてみた。

「……おいしいです」

「それはよかった」

 焚火の火が燃えている。

「……ゲントさんも、冒険者ですか?」

「まあ、そういうことになるかな」

「なぜ冒険者をやってるのですか?」

「なぜかなあ……。性に合ってるんだろうね」

「冒険者と言えば……」

 ウィリアは遠い目をした。

「……魔法用具店の方の紹介で、冒険者の盗賊を雇ったことがあります。その方を洞窟の中で死なせてしまいました。紹介してくれた方に報告するとき、どんなに嘆くかと思ったのですが、『ああ、そうですか』と言うだけでした」

「……」

「お知り合いが亡くなって残念ではないのですか? と聞いたら、『冒険者というのはよく死ぬものですから』と言ってました。わたしにはわかりません。命をかけて冒険をして、何を求めているのか。人生の目的は何なのか……」

「人生の目的ねえ。……君は、仇と差し違えるために修行をしていると言っていたよね」

「はい」

「その意味も他の人にはわからない。お互い様じゃないかな」

「そうですね」




 次の宿場に逗留し、ゲントが一日かけてモッケーの眼球から催眠除けのアクセサリーを作った。ペンダント型のアクセサリーが二つできた 

 一つをウィリアに渡す。

「あと、耐性を肉体化する薬。三百ギーンだ。アクセサリーの代金の方は、モッケーを狩ってくれたので只だ」

「ありがとうございます」

 ウィリアは魔法薬をペンダントに塗り、首にかけてみた。

「……でもこれ、本当に効くのでしょうか?」

「疑ってる?」

「あなたの商業道徳を疑うわけではないですが、作成の専門家ではないですよね? ちゃんとできているかどうか、一抹の不安が……」

「なるほど。たしかに僕も、作った経験はそんなに多くない。効果を確かめるためにはどうしようか。眠りの術を使う魔物も、この辺にはいないし……」

 ゲントはちょっと考えた。

「そうだ。このアクセサリーは、一個首にかけると眠りの術を防ぐだけだが、二個かけると、通常の眠気まで防がれてしまう。しばらく眠気を感じなければ成功ということだ」

 ゲントはもう一個をウィリアに渡した。

「何日か貸すから、かけてみてよ」

「やってみます」




 次の日は野宿である。夜遅くになっても、ウィリアは眠くならなかった。

「ぜんぜん眠くならないです! 効能は本物だと思います」

「よかった。じゃ、外して寝なよ」

「せっかく眠くならないので、練習しようと思います。あなたは先に寝ててください」

 ウィリアはずっと素振りをしていた。ゲントは焚火の近くで、先に寝た。

 朝になった。ゲントが眼を覚ました。ウィリアはまだ素振りをしていた。

 山道を次の宿場まで歩く。

 小さな宿屋があった。ウィリアが言った。

「わたしは泊まらなくていいです。ゲントさんは休んでください」

「さすがに眠った方がいいのでは?」

「もう一晩、練習しようと思います」




 次の日。

 ウィリアとゲントは山道を進んでいた。

 ウィリアの足取りは重かった。

 山道が曲がっているところでそれに気付かず、まっすぐ森の中に進んでしまうようなことが何回かあった。

「そっちじゃない!」

「……あ、そうでした……」

 歩く姿も、頼りない。今にも転びそうだ。

「大丈夫?」

「なんだか、ちょっと、いつもの調子ではないです」

「医学的には、そういうのを疲労と言うんだ」

「眠ってないからですかね……?」

「そうだよ!」

「……今夜は寝ます」

 夕方になってやっと次の宿場に着いた。

 宿で簡単な夕食をとる。

 ウィリアは自分の部屋に入った。さすがに疲れている。まだ完全な夜にはなっていないが、もう眠ろうと思った。

 鎧を外す。鎧の下の服も脱ぐ。下着姿になった。

 首にかけていた催眠除けのアクセサリー二個を外して、台の上に置いた。

 その途端、ものすごく眠くなった。催眠の術と同じくらいの眠気だった。二晩も寝ていない分が一気に襲ってきたのだ。

 寝巻を着ようと思ったが、あまりの眠さにそれができない。

 このままだと床に倒れてしまう。なんとか足を動かして、ベッドの上に倒れ込んだ。

 足元の布団をかけるのもできそうにない。

 ウィリアは思い出した。

「あっ! 鍵してない!」

 部屋の鍵をかけるのを忘れていた。あまりにも不用心だ。

 しかし、起きて鍵をかけるのは不可能だった。眠気が限界を超えた。意識がすとんと落ちて、眠りについた。




 暗くなった頃、鍵のかけていない扉を開く者がいた。

 ゲントだった。

 ゲントは部屋に入り、ベッドの横に立った。ウィリアが下着姿で眠っている。窓から入る星明かりで、彼女の肢体が照らされている。ゲントはそれをじっと見た。

 彼女は深く眠っていた。

 ゲントは手を伸ばした。

 その手は、眠っているウィリアの足元へと伸びた。

 足下へ伸び、そこにあった布団の端をつかんだ。

 布団をかけてやった。

 そして、部屋を出て行った。

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