27 フクロウの森(1)

 グロッソ山地の奥。山中の細い道。

 銀色の鎧の上に灰色のマントを羽織った女剣士ウィリアと、旅人服を着て荷物を背に担いだ薬屋ゲントが、連れ立って進んでいる。

「そういえば……」

 ウィリアが言った。

「ゲントさん、魔法用具の呪符を扱ってるのですよね? 耐性アクセサリーなどはないのですか?」

「耐性アクセサリー? マヒ除けとか?」

「そう。特に欲しいのは、マヒ除けと催眠除けです」

「扱うこともある。だけど、今は持ってない」

「そうですか……」

 ウィリアはしばらく黙って、また言った。

「黒水晶の剣士はマヒの術を使います。耐性がないと戦えません。また今回の件で、催眠の術を防ぐことも大事だとわかりました。手に入れたいのですが、なんとかなりませんか?」

「多少の道具はある。材料が手に入れば、作れるかもしれない」

「おねがいしたいですが……ただもう一つ、解決しなければならない問題があります」

「それは?」

「黒水晶と対峙したとき、奴は、わたしの持っているマヒ除けのアクセサリーを念力のようなもので破壊しました。アクセサリーだけを持っていても、また同じことになると思います。破壊されないアクセサリーを作れないかどうか……。かなり難しいのではないでしょうか」

「ふむ……。そういう場合には、耐性の肉体化を試みるといいと思う」

「耐性の肉体化?」

「あまり知られていない手法だけどね。アクセサリーの持つ能力を、自分の体に移し替えるわけだ」

「それはどうやって?」

「アクセサリーに、それ用の魔法薬を塗っておく。そして修行をする。具体的には、魔物とかと戦う。戦うごとに徐々に、アクセサリーの持つ能力が自分の体に移ってくる」

「それはいいことを聞きました! で、その魔法薬はあるのですか?」

「たまたま、ある」

「売ってください!」

「一瓶三百ギーンするけど、いいかな? ちなみに、肉体化が完成するまで、だいたい千回ぐらい戦わないといけない。そして薬は定期的に塗らなければいけないので、一つのアクセサリーを肉体化するまでに一瓶ぐらいは使う」

「千回……。いいでしょう。わたしが黒水晶と相打ちになれるまでには、それくらいは戦う必要があると思います」

「……相打ちになるために修行するのね」

「そうです」

 ウィリアは強い眼で頷いた。

「ただ、いまはアクセサリーがないわけだから、手に入れてから売ってあげるよ。必要な耐性はマヒと眠りと……混乱はいいのかな?」

「混乱……。たしかに、混乱の防止も大事です。以前魔物狩りに行ったとき、人格者である仲間が混乱の術にかかって、わたしを犯したことがあります……」

「……」

「ですが、なぜかわたしは混乱の術が効きにくいようです。とりあえず、後回しでいいと思います」

「そうか。では、マヒと眠りのための材料を探そう」

「マヒはキマイラの牙ですよね」

「うん。ただ、このへんの山地にはいないと思う」

「そうですか。眠りの方は?」

「『モッケー』という、フクロウの姿をした魔物の眼球が材料になる。それはこの辺にもいるはずだ。次の宿場のもっと先の森あたりかな?」

「わかりました。それを狩ります!」

 ウィリアは足を速めた。ゲントはそれについていった。




 次の村に着いた。宿屋を訪ねる。

「すみません、部屋をお借りしたいのですが」

 宿屋の主人が出てきた。

「一部屋でいいかい?」

「二部屋でおねがいします」

 主人は困った顔をした。

「あー、もう一部屋しかないんだ。三部屋しかない宿だが、もう二組が泊まっててね」

 ウィリアも困った顔をした。ゲントが言った。

「僕は野宿でもいいよ」

「あなただけ野宿させるのは悪いです」

 主人が言った。

「ベッドなら部屋に二つあるけど?」

 ウィリアはそれを聞いて、少し考えて、答えた。

「では、それでお願いします」

 ゲントが言った。

「いいの?」

「もう何回も一緒に寝ましたし、別に……」

 そう言って、はっとした顔をして、宿の主人に向かって言った。

「あっ、いや、違うんです。一緒に寝たというのは、一箇所で野宿をしたという意味で……」

 主人は、珍しいものを見るような眼をしていた。

 ゲントがウィリアに言った。

「あのね、宿の人は、客同士の関係なんてまったく興味がないよ」

「あっ……。すみません」




「いやあ、君と一緒の部屋で寝れるなんて嬉しいな。一緒のベッドだともっといいんだけど……」

 ゲントは軽口を叩いた。

 ウィリアはすでに寝巻に着替えて、布団の中に入っていた。一緒に剣も持ち込んでいた。軽口を叩くゲントを睨みながら、剣をちらちら見せてやった。

「……わ、わかってる。変なことはしない。おやすみ」

「おやすみなさい」

 ゲントがランプの火を消すと、部屋は暗闇になった。




「うわああああ!」

 深夜だった。

 宿に大声が響き渡った。

 ウィリアは咄嗟に眼を覚まし、寝巻姿のまま剣を抜いた。

「な、何!?」

 暗い中を見回す。

 特に怪しい者は見当たらない。

 叫んだのはゲントらしかった。彼はベッドの上で半身を起こしていた。

「おい! うるせえぞ!」

 隣室から抗議の声と、壁を叩く音がした。

「あ、すみません」

 ウィリアが壁に向かって謝った。

 ゲントは動かなかった。

 ウィリアはゲントのそばに行って聞いた。

「何があったの?」

 ゲントは答えた。

「……ごめん。……怖い夢を見た」

「なんだ。夢ですか」

 ゲントは起き上がったまま体を固くしていた。冷や汗が流れているようだ。よほど怖い夢だったのだろうか。

「えーと……。大丈夫ですか?」

「あ、ああ……。大丈夫だ。起こしてごめん。もう一度寝る……」

 ゲントはふたたび横になった。ウィリアも自分のベッドに戻った。




 朝になる。宿屋の朝食が出る。

 ウィリアは、あれ以来あまり眠れなかった。半分うとうとするくらいで、熟睡できないまま朝になってしまった。

 ゲントも同様らしい。眠そうな顔で朝食をとっていた。

 宿を出て二人で山道を行く。

 ウィリアがゲントに聞いた。

「昨夜の、怖い夢って何だったんですか?」

「……」

 ゲントは斜め上を向いたまま、しばらく答えなかった。

「……旅の生活をしていれば、怖い思いもするよ。いろいろとね」

 それだけ言って黙った。

 いつもはへらへらしているゲントだが、今日は物憂げな顔をしていた。ウィリアはあえてそれ以上聞かなかった。

 山道の途中、森に入った。ゲントが森の中を見回した。

「フクロウの森ということだが、モッケーもいるはずだ」

「見つけられますかね……」

 樹々が濃い。見つけるのは難しそうだ。それに、飛ぶ相手であるから、見つけてもこちらから追いかけるわけにもいかない。やってきたところを叩くしかない。

「では、協力してあげよう」ゲントが言った。

「協力?」

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