25 アテュール村(2)

 山の祠で人身御供を求めている魔物、それについて知っているという人が村の中にいた。

 朝方、紹介を受けて、ウィリアとゲントはその人の家に向かった。

 ウィリアがゲントを睨みつけた。

「なんであなたもついてくるのですか?」

「心配だし……。昨夜、宿屋の主人を足止めしてあげたじゃないか。僕も付き合わせてよ」

「これはわたしの戦いです。余計な口出しは無用ですからね」

 村の中の小さな家。一人で住んでいるらしい。

「ごめんください」

「はい……」

 出てきたのは、わりと若い男だった。

「祠の魔物のことをご存じだと聞きまして、話を伺わせてほしいのです」

 若い男は、ウィリアとゲントの顔をいぶかしげに見た。

「これを……」

 ウィリアは村長からもらった紹介状をみせた。男は読んだ。読み終わると、驚きの表情でウィリアを見つめた。

「……あなたが、退治を……?」

「そうです。できるだけ詳しい情報が欲しいのです。どうか、お話をお聞かせください」

「わかりました……。お入りください」

 男は家の中に二人を招き入れた。




「最初に言っておきますが、聞いたことは、村の誰にも言わないでください。私も話してません。村長にも話しておりません」

「え? なぜですか?」

「話を聞けばわかると思います……。まず、この話は、私自身が見たことではありません。私の友人の話です。

 友人の婚約者が生贄いけにえに捧げられることになりました。友人は村で一番度胸のあるやつで、魔物が出たら退治するつもりでした。ナタを持ち、祠近くの樹の陰に隠れて、魔物の出るのを待っていました。

 婚約者が箱に入れられて、祠に捧げられました。夜になり月が出ると、森の奥から魔物が現れました。

 猿の魔物ということでした。体の大きさは人間の倍ほど。剛毛で体全体が覆われており、赤く輝く眼が四つあったということです。

 友人は、出て行こうとしても、あまりの恐怖にそれができませんでした。

 魔物は箱を開けました。そして、娘を取り出しました。娘はすでにぐったりしていたということです。恐怖で気を失っていたのかもしれません。

 魔物は娘の服をはぎとり、全裸にしました。

 そして、自分の陽根を勃起させて、娘を筒のように使って、犯しました」

「……」

 ウィリアはじっと聞いていた。

「淫欲を満たすと次は、娘を頭からかじりだし、全身を食べ尽くしたということです」

「そいつ、自分の精液食べてませんか?」

 ゲントが口を挟んだ。

「魔物のやることですから……。満足した魔物は森の奥へ帰って行ったらしいです。これが、僕が友人から聞いた話です」

 男は言葉を切って、続けた。

「誰にも話してない訳がおわかりでしょう。喰われたというだけでも充分むごいのに、こんな死に方をしたなんて、犠牲者の親族に言えるはずがありません。村長などにはとても言えません」

「村長さん?」

「言い忘れましたが、その時の犠牲者が、村長の娘です」

「……そうでしたか……。すみませんが、より詳しい話を伺いたいのです。そのご友人を紹介していただけませんか?」

「そいつは、祠から戻ったあと急速に衰弱して、一月も経たずに死にました」

「そう……。お話をしていただき、ありがとうございます」




 村内の道をウィリアとゲントが歩いていた。ゲントが言った。

「退治するって言ったけど、勝算はあるの? 直接見ていないんだから、相手の強さがわからないんじゃない?」

「たしかに、強さは知りません。ですが勝算がないわけではありません。あれを見てください」

 ウィリアは破壊された家を指さした。

「木材が破壊されています。すごい力です。ですが、一瞬で破壊した痕跡はありません。おそらく、パワーはあっても瞬発力はありません。戦える余地はありそうです」

「なるほどね……。だけど、やっぱり危険だ。やめておいた方がいいよ」

「村の人の苦しみを思えば、やめられるはずないでしょう? もし負けて死んだらそれだけの実力だったということです」

「そんな自暴自棄にならなくても。君が死んだら、僕も困るよ」

「あなたの都合なんて知りませんよ。また別の強い人を見つけてください」




 山の上の祠。

 村の男四人が木箱をかついできて、そこに置いた。

 夜になった。月が出る。

 森の奥の方から、魔物が現れてきた。猿の魔物で、人の身長の倍くらいある。四つの赤い眼が爛々と輝いている。

 魔物は軽い足取りで箱に近づいた。入っている娘への期待で、下半身の陽根はすでに大きくなっている。

 箱の蓋を開けた。

 次の瞬間、剣を持ったウィリアが飛び出してきた。魔物の赤く輝く眼を切りつけた。四つの眼の一つが斬られ、赤い血が噴出した。

「ギャアアア!」

 魔物は顔を押さえた。

 ウィリアはもう一太刀あびせようとした。

 魔物は太い腕で払う。ウィリアはそれをよけた。

「グワァ……グワア!!」

 魔物とウィリアが対峙した。魔物は残りの三つの眼でウィリアを見た。

 太い腕で殴りつけてきた。

 ウィリアがよける。腕が木箱にぶつかり、木箱は砕けた。

 魔物が興奮して、ウィリアのいる近くをやたらと殴りつけてきた。祠の一部が破壊された。

 ウィリアが予想したとおり、それほどの素早さや瞬発力はない。やれると思った。

 魔物の体を斬りつけた。

 しかし剛毛はかなり固く、剣を弾いた。

「ウオオ!」

 魔物は手で払う。ウィリアは飛び退いた。

 剛毛は固い。しかし、キマイラを狩った経験からそのことは予想していた。ウィリアは魔物の周囲を飛び跳ねながら、斬りつけた。毛筋に沿うことで皮膚に傷をつけることができた。

「グワオ! ワオ!」

 致命傷にはならないが、体力を奪えている。

 腕を振り回してきた。

 力を込めて、剣を振った。

 渾身の剣は剛毛も切断し、魔物の左腕を切り落とした。

「グワオオオオ!」

 魔物は天を仰いで悲鳴を上げた。

 ウィリアは魔物から少し距離を取り、呼吸を整えた。

「……勝てる……」

 勝利が見えてきた。

 しかし、魔物の残った三つの眼が、ウィリアを見つめて奇妙な光を発した。急に力が入らなくなった。

「えっ!? あ……」

 マヒの術とは違う。ものすごく眠い。瞼を閉じそうになる。

 気合を込めて眼を開いた。

「催眠の術か!?」

 こんなところで眠るわけにはいかない。

 だが、眠すぎて力が入らない。

 魔物が左腕でなぐりつけてきた。力が入らない体で、なんとかかわす。

「……!」

 とにかく眼を覚まさなければいけない。持っている剣の先を自分の足に向け、鎧の隙間から皮膚を斬った。

「……」

 痛い。しかし、眼を覚ますことができた。

「あの眼を見てはだめだ!」

 ウィリアは眼を見ないようにして、魔物の足元を攻撃した。足が血に染まる。魔物は地面に倒れた。

「とどめだ!」

 ウィリアは最後の一刀を浴びせようとした。

 だが、倒れた魔物の顔と眼が合ってしまった。再度、怪しい光が放たれる。

「あっ……!」

 強烈な眠気が襲う。意識が薄れてきた。ウィリアの体が揺れた。

「だ……だめだ。起きないと」

 ウィリアは体に力を入れた。

「……眠るわけにはいかない……眠れば……死ぬ……。犯され……喰われる……」

 しかし魔物はもう一回、だめ押しの光を浴びせてきた。それはまともにウィリアに当たった。

「……!」

 腕に力が入らない。剣を落としてしまった。

 もう自分を切ることもできない。

「だめだ……。もう……」

 いろいろなことが、思い出されてきた。意識を失う寸前に瞼に浮かんだのは、泣きながらウィリアの出奔を止める養育係マイアの顔だった。

「……みんな……ごめんなさい……なにもできなかった……」

 ウィリアは倒れた。




 魔物は眼をひとつ潰され、左腕を失った。

 しかし、その獣欲は消えていなかった。再度、陽根を勃起させ、眠っているウィリアに近づいてきた。

 鎧を外して裸にし、性欲と食欲を満たそうというのだ。右腕をウィリアの体に伸ばした。

 森の中に、荒々しい風が吹いた。

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