24 アテュール村(1)
グロッソ山地の途中、アテュールという村がある。近辺で宿屋のある村はここぐらいである。
ウィリアとゲントはアテュール村に着いた。空は曇っていて、薄暗かった。
村の中は静かだった。というよりも活気がなかった。村人もぼつぼつ通るが、みなうつむいて、生気がない。
ウィリアとゲントが歩いていると、村人とすれ違った。
村人は一瞬、ウィリアの顔を見た。
ウィリアも村人の顔を見た。目が合った。
すると村人は慌てて目をそらし、下を向いたまま早足で通り過ぎた。
「……?」
なんとなく嫌な感じがした。
通りに面した家や倉庫で、崩れているのがいくつかあった。
「なぜ家が崩れているのでしょう?」
「ふむ? 地震でもなさそうだ……?」
ウィリアとゲントは疑問を持ちながら、宿屋に向かった。
小さな宿屋があった。二人が入っていくと、受付に座っていた男が少し驚いたような顔をした。
「一晩、泊まりたいのですが」
ウィリアが言った。
「あ、どうも、ありがとうございます。お部屋は、お二人で一部屋ですか」
「あ、僕はそれでも……」
ゲントが言った。
「二部屋です! 二部屋!」
ウィリアが噛みつくような顔で言った。
「承知いたしました。こちらへどうぞ」
廊下で、ゲントが主人に聞いた。
「この村は、野盗かなんかで困ってるの?」
「えっ……。い、いえ、さいわい野盗はこの辺には来ておりません」
「ふーん……」
ウィリアは荷物を部屋に置いてから、廊下に戻った。鎧は着たままだった。
すると、隣室のゲントが部屋から出てきた。
「……何ですか」ウィリアが聞いた。
「どこに行くの?」
「まだ日があるので、外で剣の練習をしようと思います」
「僕は森で薬草を摘みたいんだけど、よかったら、僕の近くで練習してくれない?」
「なぜですか?」
「なんとなくだけど、この村、不気味じゃない?」
「……」
ウィリアも感じてはいた。
「僕は臆病だから、怖くて、なるべくひとりになりたくない……」
「あなた、けっこういい体格してるのに、あれが怖いとかこれが怖いとか情けないですよ……。まあ、いいです。森の中で練習してあげます」
村のそばの森。
ウィリアは剣の素振りをした。真剣を振り回す。気合を入れて素振りをする。額に汗がにじむ。
傍らではゲントが薬草を採取している。山の上なので、平地では見られない高山植物がいくつもあった。薬になる草を摘み取って袋に入れる。
ウィリアは素振りの練習を終えて、居合斬りの練習をはじめた。地面に落ちている枝を放り投げて、落ちてくるところを空中で斬る。
「はーっ!!」
放り投げた枝が、いくつにも分かれて足元に落ちる。
それを何回も繰り返した。
「おーい」
ゲントの声がした。
「?」
振り返ると、ゲントが、太い枝を抱えて持っていた。
「よいしょ!」
それをいきなりウィリアに向かって放り投げた。
「はっ!!」
ウィリアは投げられた倒木を空中で斬った。五つに切断され、地面に落ちた。
「お見事」
ゲントは拍手をした。
「もう……。見世物ではありません」
日が傾いてきた。宿に帰る。
宿の主人と、男が話をしていた。話をしていた男は、帰ってきた二人の方に振り返った。
「あっ。旅のお方ですか。この村の村長です」
「村長さまですか。お世話になっております」
「なにもない村ですが、どうぞゆっくりしてください」
二人は村長に向かって会釈し、部屋に戻ろうとした。
廊下を進む。ウィリアはなにか気配を感じた。
村長と宿の主人がこちらをじっと見ていた。ウィリアが振り向くと、とっさに目を伏せた。
「……?」
深夜。
女剣士と旅の薬屋が泊まった宿に、三人の男がやってきた。
一人は宿の外側に立った。女剣士の泊まった部屋の窓の近くだった。
もう二人は宿の中に入って、宿の主人と少し話をした。
そして、足音を立てないように、廊下を進んだ。
女剣士の寝ている部屋の前に来た。
宿屋の主人が、合鍵で扉を開けた。
主人と二人の男が、そっと部屋の中に入った。男の一人は大きな網を持って、もう一人は丈夫そうな縄を持っていた。
ベッドでは、女剣士が毛布をかぶって眠っている。
網を持っている男がベッドに駆け寄って、毛布ごと網をかぶせようとした。
だがその一瞬前に、毛布から、寝巻姿の女剣士が飛び上がった。網をかぶせようとしていた男に足蹴りを食らわせた。男は横にふっとんだ。
女剣士は縄を持った男の方に向かった。当て身で男を倒した。仰向けになって倒れたところを、腕を踏みつけた。
女剣士は剣を持っていた。剣先を倒れた男の首元に向けた。
宿の主人は、それを見て部屋から逃げようとした。
だが、扉のところに、隣室で眠っていたはずの旅の薬屋がいた。薬屋は入口の両端をつかんで通せんぼをしていた。
「ひ……ひいっ!」
宿の主人は思わずのけぞって、うしろに転んだ。
ウィリアは自分がふみつけている者に言った。
「あなたは、昼間お会いした村長さまですね? なぜわたしを狙ったのですか? 答えてください」
ウィリアが踏みつけていたのはアテュールの村長だった。剣先をつきつけられて、ぶるぶる震えていた。
ウィリアは鬼のような顔で睨みつけた。
「答えなければ、斬る」
村長は震える声で言った。
「お、お許しください……これには……わけが……」
「わけがあるなら、まずそれをお聞きしましょう」
ウィリアの部屋の隅に四人の男が並んだ。宿の主人、村長と一緒に来て網を持っていた男、村長、そして外にいた男も呼ばれて一緒に立たされていた。
その前には、剣を抜いたままのウィリアと、ゲントが立っていた。
村長が話し始めた。
「……ことの起こりは、数ヶ月ほど前です。村の者が、夢を見ました……」
「夢?」
「……はい。複数の村人が、『うつくしくわかいむすめをよこせ。さもないとむらをほろぼす』という言葉を夢に聞きました。……娘をよこせと言われても、そういうわけにもいきません。無視しました。ですが要求は徐々に具体的になり、少し登った森の中の祠に、箱に入れた若い娘をいつまでに捧げよと言ってきました。そして指定された日が過ぎました。警戒はしてましたが、村の中に何者かが入り込み、建物を破壊して数人の村人が殺されました」
ウィリアは破壊された家を思い出した。
「仕方がないので、ある家……貧しい家でした。若い娘がいたので、村から金を払い、娘を捧げました……」
「……」
「祠に娘を捧げると、翌日にはいなくなっていました。ただ、血が残っていたので、喰われたか、殺されただろうと思われます。その後一ヶ月をすぎると、また同じようなことがありました。前回の娘の妹がいたのでまた頼もうと思ったのですが、その一家が夜逃げしました。しかし、山道の途中で惨殺された一家の死体が見つかりました。両親が何者かに引きちぎられたように殺されていました。妹の死体は見つかりませんでしたが、血が付いた服が残されていたのでおそらく生きていないと思います」
「むごいことに……」
「また一ヶ月後に同じことがありました。今度は、年配の婦人で『わたしが犠牲になる』という人がいたので頼みました。要求されているのが若い娘なので不安もあったのですが、婦人を捧げると翌日にはいなくなっていました。しかし、再度何者かが入り込み、建物を半壊させて馬を殺したので、満足はしなかったらしいです」
「面倒なやつですね」ゲントが言った。
「それから一ヶ月ごとに娘の要求があり……仕方なしに、村の娘を捧げています。ですが、小さな村です。もう何人もいません……」
村長はうつむいた。
ウィリアが問い詰める口調で言った。
「それで、旅の娘を捉えて、差し出していたのですか?」
「い、いえ、旅の女性を捉えようとしたのは初めてです。以前にやったことはありません」
「本当ですか?」
「ええ。そもそも、こんな山奥の村に、若い女性の旅人なんか来ません。あなたが数年ぶりです」
それもそうだ。来るとしたらウィリアのような、修行中の女剣士ぐらいだろう。
ゲントが口を開いた。
「人身御供の伝説はあちこちにあるけど……要するに、タチの悪い魔物が祠に取り付いたということ?」
「そうだと思います」
「魔物……」
ウィリアは少し考える表情になった。
「わかりました。その役目引き受けましょう。わたしを祠に捧げてください」
その場にいた全員がウィリアの顔を見た。
「え……まさか、自ら
「むざむざやられるつもりはありません。その魔物、退治しようと思います」
「で、ですが、相手の力はよくわかっていません。もし、やられたら……」
「わたしは、とてつもなく強い者を倒すために修行の旅をしています。途中でやられる程度であれば生きていても意味はありません。その時はこの体、生贄として提供しましょう」
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