23 ジンク村(4)
翌日の朝方、ウィリアは警備本部で報奨金を受け取った。
警備本部の中を見回した。昨日、一緒に討伐に行った人たちがいる。
スキンヘッドの男がいた。魔法使いの部屋に一緒に入った隊員だ。頭のてっぺんに縦に傷跡があって、なんか変な見かけになっている。ウィリアはその男に近寄った。
「あの……昨日は……」
「おお! 昨日はごくろうさまでした!」
隊員は力強い声を出した。
「頭を斬られたと思いましたが、大丈夫だったのですか?」
「いやー、俺も死んだと思ったんですが、あんがい傷が浅かったらしく、外に運び出されてから気を取り戻しました」
「傷が浅かった……そうですか。もう駄目かと思って、あなたを放置したまま進んでしまいました。申しわけありません」
「いやいや、首領を捕まえてくれて、大助かりですよ! 俺も昔は不死身のグランスと呼ばれたぐらいで、悪運が強いですからね! ハハハ!」
元気そうで、安心した。いまひとつ納得はできなかったが……。
薬屋のゲントも残りの代金を取りに来た。
「やあ! おはよう」
ウィリアを認めたゲントは手を上げて挨拶した。娼館でよほど疲労回復してきたのだろう。晴れ晴れとした顔だった。
「……」
ウィリアは硬い表情のまま、手を少し上げてそれに答えた。
ゲントは代金を受け取る。彼の周囲に、警備隊員たちが集まった。
「よお! 薬屋さん! 昨日はありがとうな! あんたの薬はよく効くな!」
「おかげで助かったよ! あのまま血が止まらなきゃ死んでたよ!」
手当を受けた隊員らしい。
「湿布薬とか軟膏、もうないの?」
「あーごめん、在庫がないんだ。次来たときに持ってくるから」
「かならず来いよ!」
ゲントが隊員と話している間に、ウィリアは警備本部を退去しようとした。
「お世話になりました。ではみなさん、お元気で」
「こちらこそお世話になりました! 近くにお寄りの時はぜひお立ち寄りください。村中で歓迎します!」
出て行くウィリアを見てゲントが慌てる。
「あ、僕も行くよ! じゃあね!」
出て行くウィリアとゲントのうしろから、隊員たちが表に出て手を振ってくれた。
街道を行く。ウィリアのあとに、荷物を背負ったゲントがついていく。
ゲントは清々しい顔をしている。その顔を見るとウィリアは、なんだかむかついた。
「……ゆうべは、お楽しみだったようですね」
「まあね」
ゲントは微笑みながら答えた。
「たまたま相手してくれた嬢が、治療した隊員の奥さんで、『旦那を助けてくれてありがとう!』ってサービスしてくれたよ」
ウィリアは目を丸くした。
「え? ちょっと待ってください。奥さんが、娼館で、働いていたのですか!?」
「うん」
「浮気じゃないですか!」
「浮気といえば浮気だけど、旦那さんも了承してるらしいし」
「ちょ、ちょっと待って……え? 奥さんが娼館で働いていて、旦那さんがそれをわかっていて、しかも奥さんが旦那さんのことを心配しているって……そんなことがあるんですか???」
「若い夫婦で旦那の給料が少ないうちは、わりとあることだよ」
「理解できません! 子供ができたらどうするんですか!!」
「そういう女性は、しっかり避妊はしてるから大丈夫」
「避妊の問題だけじゃなくてですね……。いや、もう、聞きたくありません。旦那さんがいるのにそういうことをする奥さんも、それを認めている旦那さんも、そしてそれを買いに行くあなたも、ぜんぶ理解できません!」
「僕が娼館に行くのは、スケベだからだけどね……。若い夫婦がそういうことをするのは、生活が苦しいからだよ。彼女たちはたいてい、土地とか、これといった財産を持ってない。若いうちに働いて、生活が安定したら辞めて子供を作るんだと思う」
「だからといって、女性を金で買っていいんですか!?」
「君の言うこともわかるよ。本来は、金で女性を買うなんてあるべきではない。だけど僕が買わなくても、別の誰かが買う。誰も買わなければ、彼女たちの収入がなくなるだけだ」
「言い訳です!」
「言い訳だけど、事実だ。理想的には、彼女たちに正当な仕事を与えて、充分に生活できる社会を作るべきなんだろう。だけど、どの国王も領主もそれを実現できた者はいない。まして僕ら庶民には何もできない。できるのは、なるべくみんなが幸せになることを願って、丁寧に接することぐらいだ……」
「……」
「なんだったら君はゼナガルドに戻って、そういう領国を作るよう努力したらいいんじゃないのかな?」
「……戻りません。仇をとるまで戻りません」
またしばらく歩く。
無言が続いた。
ゲントが口を開く。
「それはそれとして、あの村に行ってよかったね」
「……まあ、そうですね」
ウィリアが答えた。
「討伐はわたしにとっても修行になりましたし……。なにより、人の役に立つことができました。苦しんでいた村の人を助けることができたし、特に、さらわれていた女の子たちを助けてあげられてよかった」
すると、ゲントが言った。
「そうかなあ。あの娘たち、死んだ方がよかったんじゃないの?」
ウィリアは思わず振り向いて、ゲントに叫んだ。
「なんてことを言うんです! 罪もない人が、死んだ方がいいわけないでしょう!!」
ゲントは涼しい顔のまま答えた。
「でもさ、あの女の子たちは、野盗にさらわれてしばらく監禁されてたんでしょう? 何をされてたかはわかるよね? だったら、恥を
ウィリアは一瞬、言葉に詰まった。
「……恥を雪ぐために死ぬべきというのは、わたしが自分で思っていることです。人に求めようとは思いません」
「自分と人と、基準が違うの?」
「……人それぞれです」
ウィリアはむっとした顔のまま、歩き続けた。
次の宿場町が見えてきた。
ウィリアが言った。
「ここでお別れです」
「え?」
「わたしは次の分かれ道で街道をそれます。あなたはここに留まり、次に武人が通るのを待つのがいいでしょう。さようなら」
「分かれ道って、西の、グロッソ山地の方?」
「ええ」
「そんなら僕も行くよ」
ウィリアは眉をひそめた。
「街道からずいぶん外れますよ? そこまで付いてくることないじゃないですか」
「街道からは外れても、いくつか村はあるから商売はできる」
「なぜ、そこまでわたしに執着するのですか?」
「執着するわけじゃない。大きい村や町は客が多いけど、その分競争相手も多い。小さい村はあまり薬屋は来ない。人の多いところでも少ないところでも、薬屋ってのは商売が成り立つんだよ」
「どうも信用できませんね。なにか魂胆でもあるのですか? 言っておきますけど、わたしは剣を持っていますからね」
「剣を持ってるのは知ってるよ。魂胆なんてないよ。強いて言えば、前にも言ったと思うけど、僕は強い人が好きなんだ。僕自身は弱いからね」
「わたしは正直、あなたみたいにエッチで一言多い人は好きではありません。次に野盗に襲われたら、あなたを盾にしますからね」
ウィリアは進んだ。ゲントはついて行った。
分かれ道から山地に入ると、徐々に坂道になる。主要街道ではないので細く、整備されていない。石ころが多い。
山中にはいくつか村があるはずだが、まだ遠い。今日は野宿になりそうだ。
一つ目の峠を抜けた。
「見てごらんよ」
ウィリアのうしろからゲントの声がした。
「?」
横を見てみると、晴れた空に、山並が見えた。木々が芽吹いて青々としている。
山並を見たのはひさしぶりだった。
次の村までは遠い。
「野宿の用意はある?」
ゲントがウィリアに聞いた。
「いちおう準備はしています」
日が高いうちに設営しないと間に合わないかもしれない。ゲントが森の中の適当な空き地をみつけた。今日はここに野宿することになる。
ウィリアは手近な窪みに荷物を置いて、寝袋を出した。
ゲントが声をかけた。
「あ、そこに荷物を置かない方がいい」
「え?」
「雨が降ったら、その上からそのへんにかけて水が流れてくる。そっちのもうすこし高いところに置くといい」
「あ……はい」
焚火をたくため、二人で木の枝を集めた。
ウィリアが木を並べると、ゲントのチェックが入った。
「あ、もう少し隙間をあけて……立てかけるように。隙間がないと燃えにくくなるから」
「……」
ウィリアはすこしぶすっとした顔をした。
「……あなたが思う通り、わたしは野宿のやりかたをよく知りません」
「まだなにも言ってないよ」
「でもそう思ったでしょう?」
「まあ、たしかに」
「こんなことで見栄を張ってもしかたありません。いろいろ教えてください」
野宿の準備ができた。
「まだ日はあるな……。昨日、湿布薬をだいぶ使ってしまった。材料をとってくる」
「わたしも付き合います」
森の中に朴の木があった。ゲントはその葉を取った。
「これを乾かして湿布がわりにする。形のいいやつを取ってくれ」
しばらく二人で葉をむしった。
ウィリアは、この人は薬屋としては真面目なんだなと思った。
形のいい葉がなくなると、ゲントは隣にあった柏の木の葉をむしりだした。
「え? そっちの木は種類が違うようですが?」
「いいのいいの。気分の問題だから。ある程度大きくて毒でなければなんだっていいんだ」
やっぱり見直して損したと思った。
暗くなった。焚火をたく。
持ってきたパンや干肉を温めて二人で食べた。
ゲントは先ほど取った数十枚の葉を、倒木に立てかけて、焚火からちょうど良い距離において乾燥させた。
夕食をとると、もうやることはない。
「お先に寝ます。おやすみなさい」
「おやすみ」
「……それと、言っときますけど、剣を持って寝ますからね」
「わかってるよ。変なことはしないよ。ゆっくりおやすみ」
ウィリアは寝袋に入って眼をつぶった。慣れない野宿である。なかなか眠りにつくことはできなかった。
風の音がする。
ウィリアは目が覚めた。
単に、風が吹いただけらしかった。慣れない野宿で眠りが浅いので、少しのことで起きてしまう。
まだあまり時間が経っていない。月が上の方に見える。
ゲントは焚火の近くで、まだ起きていた。ウィリアに背を向けて座っている。
さきほど取ってきた葉が、適度に乾燥しているようだ。
ゲントは乾燥した葉を一枚取ると、拝むように両方の手のひらで挟んだ。そして数秒間じっとした。
その葉を、横にあった葉の山の一番上に重ねた。
もう一枚取って、両手で挟む。数秒間じっとして、葉の山に重ねる。
そういう作業を何回もくりかえしていた。
ウィリアはそれを見ながら、再度眠りについた。
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