22 ジンク村(3)
洞窟の外は明るい。
ウィリアは腕をなくした首領の服をつかんで、外に引きずり出した。
ほとんどの隊員が、すでに外に出ている。
討伐隊のリーダーがやってくる。
「そいつは首領のドーヴですね!? お手柄です!」
「他は片付きましたか?」
「ほとんど終わりました。残したのがないか、確認しているところです」
野盗の死体がいくつか重ねられている。
生け捕りにされたのもいる。固く縛られて手近の樹につながれている。殺したのと半々くらいのようだ。
開けたところで怪我した討伐隊員が治療を受けている。斬られた者も多いのだろう。地面が血で染まっている。
出血している隊員を、ゲントが介抱していた。
「お……俺はもうだめだ……妻に、愛してると伝えて……」
「あきらめるな! 生きて帰れ! あきらめなければあんた大丈夫だ!」
出血している腕に血止めの薬草を貼り、包帯を巻いていた。
へらへらしている薬屋だと思っていたが、介抱している姿は真剣だった。少し見直してもいいかなと思った。
「一……二……」
討伐隊のリーダーは、全員を一箇所に集めた。さきほど出血していた隊員も持ち直したらしく、並んで立っている。人数を数える。
「……三十……おお……全員だ! 全員無事だ! 数人の犠牲は覚悟していたが、ひとりも死んでない! 奇跡だ!」
リーダーはウィリアに向き直って手を取った。
「ありがとうございます! 犠牲者を出さずに済みました! あなたのおかげです!」
「あ……どうも……」
「お礼をしますので、あとで本部に来てください!」
村に帰った時には、昼過ぎになっていた。
警備隊員たちが討伐に行ったことは、事前には秘密にされていた。朝になってから村中の知るところとなる。村人は不安な気持ちで討伐隊の帰りを待った。もし警備隊員たちが返り討ちにあったら、もっと悲惨なことになる。村の入口近くに大勢が集まり、帰ってこないかじっと見ていた。
討伐隊員たちが帰ってきた。しかも野盗を何人も縛っている。討伐が成功したとわかり、村人は沸き立った。
ウィリアたちが村に入ると、あちこちから歓声が上がった。みんな笑顔になっている。
さらわれた若い娘三人も一緒に帰ってきた。彼女たちを迎える者がいた。
「ママ! パパ!」
「よかった! よかったなあ!」
一番小さい娘が、両親と抱き合って泣いている。他の二人も、迎えに来た男性と抱き合っていた。
その姿を見てウィリアは、役に立ててよかったな、と思った。
ウィリアはとりあえず宿に戻り、着替えた。鎧が汚れたので庭で水洗いした。丁寧に汚れを取り、布で拭いて乾かす。
そのあと、気になって警備本部に行ってみた。
警備本部は忙しそうにしていた。捕まえてもいろいろと後始末はあるようだ。
ウィリアの姿を見かけて、警備隊リーダーがかけよってきた。
「いやあ、どうもありがとうございます! 今日は私の警備隊人生最良の日ですよ!」
「それはよかったです。気になって来てみました。お忙しそうですね」
「あなたには謝礼金を出しますが、すみません、ちょっとバタバタしていまして、明日にしていただけませんか?」
「ええ。それはかまいません」
薬屋のゲントも警備本部にやってきた。
「こんにちは!」
「あっ、あなたにも大変お世話になりました!」
「どうも。それでですね、使った薬の代金をいただきたいのですが、いいでしょうか?」
「おいくらですか?」
「外科用の薬をだいぶ使いましたからね。端数はおまけして、七百ギーンいただけますか?」
「……けっこうしますね。ですが、今回犠牲者を出さずに済んだのは、あなたの功績も大きい。払わせていただきましょう。ただ、今日はいろいろ忙しいので、明日まで待ってくれませんか?」
「いいですけど、百ギーンぐらいだけでも今もらえないですか?」
「それくらいならなんとかなります。おい、支払ってくれ」
警備隊リーダーは経理係に命じて金を持ってこさせた。
「ありがとうございます」
ゲントはにこにこして受け取った。
ウィリアは警備本部の中を見た。
奥に見える牢屋、生き残った野盗が雑に押し込められている。ほとんどが傷ついて呻いている。若干の憐憫の情が湧いた。
「彼らは全員、死刑になるのでしょうね……」
「一人だけは生かします」
「なぜですか?」
「こういう場合は捕まえて終了ではなく、背後関係を調べることも重要なんですよ。協力者はいなかったかとか、盗品をどこに流していたとか。そこで、首領とかは除いて、いちばん情報が得られた者だけを助けてやると言うんです。ぺらぺら喋りますよ」
「生かした一人はどうするんですか?」
「王都の監獄に送ります。この手の連中には恩赦もないですし、一生、地下牢暮らしでしょうなあ」
「エグい話ですね」
横にいたゲントが感想をもらした。
「なに、連中の所業に比べたらたいしたことありません」
「……この人たちは自業自得ですが、奥さんや子供たちはこれからかわいそうですね……」
ウィリアが言った。
「え? こいつらに奥さんや子供はいませんよ? 女を抱きたくなったら、さらってくるんですよ」
「え。でも隠れ里に家族が……」
「ははは。それは盗賊に関する都市伝説です。そんなものありませんよ」
「あ……そうですか」
「わたしも甘いなあ……」
警備本部から宿屋までの道、ウィリアが呟いた。
「甘いって?」
ゲントがそれを聞いて言った。
「いや、こっちの話です」
演技にはだまされなかったが、話の内容は一部信じてしまった。もう少し疑うことをしないと、いずれ災いがふりかかってくるにちがいない。
ゲントが言った。
「しかし、今日は疲れたね」
「あなたもずいぶん、働きましたね。真剣に処置してました」
「まあ、生死に関わるから、さすがに真面目にしないとね。僕は臆病だから人の死ぬところは見たくない。できれば敵の死体も見たくないんだけど、これは仕方ないから……」
ゲントは遠くを見る眼で、満足そうな表情で言った。
「何にせよ、討伐隊に犠牲者が出なくてよかった……」
ウィリアはその横顔を見て、この人には真心があるかもしれないと思った。
一緒に歩きながら、村内の道が分かれているところまで来た。ゲントが言った。
「じゃあ、僕はこっちに行くから」
「え? 宿に戻らないのですか?」
「懐が潤ったので、僕は、なんだその、今夜は娼館に行ってくる」
ゲントは頭をかきながら言った。ウィリアは思わずゲントの顔を見た。
「娼館……って、その……、えっちなことを、する場所ですか?」
ウィリアも名前は聞いたことがあった。
「うん、さっき見たところ、村内に一軒あって」
「疲れたと言っていたのに、わざわざ行くんですか?」
「疲労回復にはこれが一番だよ。じゃあ、また!」
ゲントはいそいそと、店が並ぶ一角に向かって行った。
見直して損したと思った。
宿の夕食は、討伐成功をお祝いしてちょっと豪華だった。肉が出た。
夕食後すこししてウィリアはベッドに入った。
さすがに今日は疲れた。体力はまだあるが、戦って人を斬ることは大いに精神を消耗する。
一方で、人の役に立ったことに満足を感じていた。家族と再開できた娘たちの姿が浮かぶ。彼女たちには幸せになってほしいと思った。
討伐隊側で一人も死なずに済んだこともよかった。一人でも死んでいたら、手放しで喜ぶことはできなかっただろう。
一人も死なずに……。
……。
まてよ。
洞窟の中で、魔法使いのいる部屋に入ったときのことを思い出した。スキンヘッドの討伐隊員とともに突入し、直後に魔法攻撃を受けたのだった。
なにか、見えない刃のようなものが飛んできた。それはスキンヘッドの隊員の頭に命中し、革鉢巻をふたつに切断した。隊員の頭から血と脳漿が噴き出し。彼は倒れた。
あの人まで助かった? まさか。
しかしリーダーは全員無事と言っていたし、どういうこと……? 明日、確かめないと……。
眠りに落ちるまで、ウィリアの頭の中に大きな疑問符がぐるぐる回っていた。
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