21 ジンク村(2)
ジンク村から裏山へ続く道。夜明け前でまだ暗い。
ドーヴ盗賊団討伐のための、三十人ほどの隊が山道を進む。その中にウィリアもいて、先頭近くを歩いていた。
少しうしろに、薬屋のゲントも荷物を背負ってついてきていた。
「なんであなたも来るのですか?」
ウィリアが眉をひそめながら、振り返って言った。
「だって、これから討伐に行くんでしょ?」
ゲントは微笑みながら言った。
「ええ……」
「討伐となれば、斬り合ったりするでしょ? 斬り合えば、怪我人も出るでしょ? となれば、薬屋の出番じゃないか。この機を逃す手はないよ」
「もう。こんな時に商売なんて……」
「いや、ついてきてもらいましょう。いちおう救護係はいますが、医者のいない村です。役に立ってくれるかもしれません」
横にいた警備隊員が言った。
「かなり大きな村だと思いましたが、お医者様がいないのですか?」
「以前は二人ほどいたのですが、そのうちの一人が盗賊団にさらわれました。メンバーに病人が出たのかもしれません。その三ヶ月ほどあと、死体で見つかりました。逃げようとしたのか、それとも用無しになったので殺したのかわかりませんが」
「もう一人は?」
「死体が見つかったと聞いて、直後に夜逃げしました」
「……本当に、非道なやつらですね……」
ウィリアの表情が曇った。
討伐隊員が振り返ってゲントに釘を刺した
「とはいえゲントさん、あなたは部外者です。くれぐれも変なことはしないようにお願いします」
「はい、わかっています」
ゲントは微笑んで答えた。
中腹の洞窟についた。
洞窟の入口に、木製の扉がつけられている。
「では……」
討伐隊のリーダーが突入の合図をしようとした。
「ちょっと待ってください」
ウィリアがそれを止めた。
「?」
「わたしに最初に行かせてくれませんか」
「では、お願いします」
ウィリアは剣を持ち、扉の前に立った。
一歩を踏み出す。
すると、扉の横の数カ所から矢が放たれた。ウィリアは矢を叩き斬った。仕掛け矢だった。
扉を斬る。一歩進んで、剣で地面を突いた。
地面が落ちて、下に串刺しの杭が並んでる落とし穴が現れた。一連の動きをうしろで見ていた隊員たちはぞっとした。
リーダーが声をかけた。
「なぜ見破れました……?」
「仕掛け矢は注意すれば見えました。落とし穴は、地面の固まり具合が違うのでわかりました」
ウィリアの王都での経験は、悪意に対しての感覚を鋭敏にしていた。
「行きましょう!」
ウィリアは振り返って言った。
討伐隊が洞窟に入り込んだ。
洞窟は細かく枝分かれしている。分岐点では何人かに別れる。
ひとり野盗がいた。
「こ、この! 来るんじゃねえ!」
剣を振り回してきた。
ウィリアは剣を持っている腕を斬った。
「ぎゃあああ!!」
人間を斬るのはあまりいい感触ではない。とはいえ感傷に浸っている場合ではない。回収は後の隊員に任せて、奥に進んだ。
洞窟の遠くの方から、討伐隊と野盗がやりあっている声や剣のぶつかる音が聞こえる。相手は何人もいる。こちらもある程度の犠牲は避けられないだろう。
少し広い空間があった。
討伐隊のうち三人ほどがウィリアに追いついてきた。
空間の一角が壁と扉で仕切られている。扉には鍵がかかっている。
隊員が聞いた。
「中に何人か隠れているでしょうか?」
ウィリアが答えた。
「いえ、鍵がこちらからかけられています。隠れているのではなく、誰かを閉じ込めているようです」
ウィリアが鍵を斬った。隊員が扉を開ける。
中に三人、若い娘がいた。薄汚れたシャツだけを着ている。それぞれ十代前半、十代後半、二十歳頃くらいのようだ。
三人の娘は、隊員が入ってきたのを見て体を固くした。
ウィリアがうしろから入る。三人は彼女を見た。
「さらわれていた人たちですね? 助けに来ました」
娘たちの顔が一瞬で明るくなった。
スキンヘッドに革鉢巻を巻いている隊員が、もう二人に指示を出した。
「おまえたちはこの子らを入口まで案内しろ。俺は奥の方に行く」
「わかりました」
ウィリアはスキンヘッドの隊員と二人で進んだ。
扉があった。
中に気配がする。
扉を開けて、二人で突入した。
「!」
ウィリアは危険を感じとり、体を低くした。
なにか、見えない刃のようなものが飛んできた。それはスキンヘッドの隊員の頭に命中し、革鉢巻をふたつに切断した。隊員の頭から血と脳漿が噴き出し。彼は倒れた。
部屋の奥を見ると、髪と髭がぼうぼうでマントを羽織った男が
ウィリアの方に手を向けた。もう一度、見えない刃が飛んできた。ウィリアはそれをかわした。
「魔法使いがいたのか!?」
魔法使いはもう一度、何かを唱えようとした。呪文の詠唱のようだ。
ウィリアは魔法使いに駆け寄って、唇を大きく斬った。
「あ……あが……」
魔法使いは声にならない叫びを上げてのたうち回った。少なくともこれで詠唱はできないだろう。
口を切られた魔法使いと隊員の死体をそのままにして、ウィリアは奥へ進んだ。
洞窟のいちばん奥。扉があった。
他の扉より作りが頑丈だ。おそらくここが首領の部屋だ。
ウィリアは一歩進んだ。
上から槍が落ちてきた。それをかわす。
鍵のかかっている扉を斬った。
中には、髭面で顔に傷のある首領がいた。剣を持っている。
「……」
ウィリアが近づく。
首領は突然、剣を投げ捨てて、地べたに這いつくばった。
「も、申しわけねえ! 降参する!」
ウィリアは、前にも見たな、と思った。
「盗賊団の首領ドーヴですね。あなたは危険な男。なるべく殺せと言われています」
「な、なんとか、待ってくれ! 死ぬのは仕方ねえ。だが、女房子供にせめて言葉を残して死にたい!」
「女房子供がいるのですか?」
「山の向こうに、隠れ里がある。そこに家族が住んでる。だが、家族たちは、俺らがこんな汚れた仕事をしてるとは知らないんだ。これから苦労すると思うが、せめて謝っておきたい」
「そこの位置を知らせてくれれば、警備隊の方が謝りに行ってくれますよ」
「そ、そこをなんとか……。ここで殺すのは、勘弁してくれ……」
首領は地面に頭をすりつけて、懇願した。
「……しょうがないですね。わたしの師には甘いと言われると思いますが……手を出してください」
ウィリアは用意しておいた縄で、首領の両手をきつく縛った。
「ついて来てください」
縄を持って首領を連れて出る。
出る途中の洞窟には、もう人はいないようだ。
洞窟の入口が見えてきた。
首領は女剣士の背後から付いてきていた。
洞窟の入口が見えたところで、ベルトのバックルを触った。バックルの中には折りたたみ式の短刀が隠されていた。
縛られたままの両手でそれを持って、女剣士の首筋に狙いを定めた。
女剣士が振り向きざま、首領の両手を一刀で切り落とした。
「……あ……あ…………」
「そこまで甘くはないです」
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