20 ジンク村(1)

 空は晴れていた。街道は続いている。

 ウィリアは地図を見た。

 あと少しでジンク村に付く。比較的大きな村である。

 まだ日は高い。ここではなく、もうひとつ先の宿場まで行こう。

 うしろには、旅の薬屋ゲントが、先の宿場町からついてきている。

「ジンク村には泊まらないの?」

 ゲントが言った。

「次のところにします。泊まりたいならあなただけどうぞ」

「いや、なるべく君から離れたくないな。一緒に行くよ」

「ご自由に」

 村が近づいてきた。

 街道の横に、林があった。

 林の中から急に、七八人の男たちが、ウィリアとゲントの前後にとび出してきた。

 尋常な者たちではない。簡易的な革鎧を着ていて、手には剣や短刀を持っている。全員、人相が堅気ではない。あきらかに野盗の群れであった。

 ウィリアは剣の柄に手をかけて言った。

「……なんの用ですか?」

 年長らしき者が一歩前に出た。髭が生えていて、顔にいくつも傷がある。これが首領らしい。

「お嬢ちゃん、ケガしたくなければ抵抗するなよ。おとなしくすればやさしくしてやる。全員でな」

 周囲を野盗が取り囲んだ。

 ウィリアをさらい、ゲントを襲うつもりのようだ。

「ひ、ひええ、助けてください」

 薬屋のゲントは、ウィリアの背中に隠れて大きな体を小さくしている。

「へへへ……。女騎士はひさしぶりだぜ……」

 一人が下品な声を出した。

 野盗たちの包囲が小さくなってきた。

 ウィリアはじっと柄を握っている。

「……ん?」

 首領は、ウィリアの表情を見て、なにかを察したようだった。

「おい、おまえら、待……」

 だが一瞬遅かった。二人がその直前に剣を抜いて襲ってきていた。

 ウィリアは剣を抜いた。

 剣先が弧を描いた。

 襲ってきた二人は、革鎧ごと深く斬られていた。二つの体が地面に倒れた。

 野盗たちの動きが止まった。

 首領が叫ぶ。

「こいつ、並じゃねえ!! 引け! 引け!」

 生き残った野盗は林の中に駆け込んだ。

 ウィリアは追おうかと思ったが、ゲントがいる。残しておくわけにはいかない。逃がすしかなかった。

 振り返る。ゲントが明るい顔をしていた。手を叩いて言う。

「いやー、お見事。やっぱり君は強い。僕の目に狂いはなかった」

「軽く言いますね。命が危なかったというのに」

「君の後についていれば、きっと大丈夫だと思ってね」

「あなたがいなければこの二人、殺さずに戦闘不能にするだけで済ませられたのですよ。かわいそうなことをしました」

 ウィリアは地面に転がった二人の死体を見て言った。

「仕方ないよ。この手の連中は、生け捕りにしたって結局しばり首だし」

「まあ、ねえ……」

 もう一度二人の死体を見る。

「……さて、こういうときは、どうしたらいいでしょう? いくら悪人でも、このままというわけにはいかないし……」

「野盗を殺したのははじめて?」

「部隊で野盗狩りをしたことはありますが、単独では初めてです」

「こういうときはね、村の警備本部に報告するんだ。たぶん報奨金も出るよ」




 ウィリアとゲントは連れだってジンク村に入り、警備本部に向かった。小さい家のような警備本部だった。戦士が数人いる。誰もが疲れているようで、椅子にもたれていた。

「ごめんください」

 ゲントが中に入って声をかけた。

「何か起きましたか……」

 手前にいた戦士が立ち上がって、面倒くさそうに応対する。

「さっきここに来る手前で、野盗に襲われたんですけどね、彼女が二人を斬って殺しました。あとは逃げたようですが、死体がまだ残っているので検分してください」

 中にいた戦士たちが、一斉にゲントとウィリアを見た。

「え!? 野盗を、斬った!?」




 警備本部のうち三人が出て、死体を確認した。そして声を上げた。

「こ、こりゃあ、ジムとナッグだ!」

「す、すげえ!!」

 ウィリアがたずねる。

「すみません、この者たち、お尋ね者ということでいいんですね? 斬ったことも正当防衛として認めていただけるでしょうか?」

「ええ! もちろん! 正当防衛どころか、報奨金が出ますよ!」

「ありがとうございます。それから、他にできることはあるでしょうか?」

「ええと……今のところはありません。二人の死体を回収してからお話を聞きたいので、今日は村の宿屋に泊まっていただけますか?」

「わかりました」

「宿代は警備本部から出しますから」

 横にいたゲントが笑顔で言った。

「ありがとうございます!」

 ウィリアはちょっといやな顔をした。




 討伐隊の紹介で、ウィリアは村の宿屋に泊まった。まだ日は落ちていない。時間がある。鎧を部屋の隅に片付けて、普通服に着替え、ゆっくりした。

 隣の部屋には薬屋のゲントも泊まっている。

 彼が、本当にウィリアを野盗よけにしたいだけなのか、なにか魂胆があるのか、いまひとつわからなかった。

 感覚としては、悪い人ではないような気がした。とはいえ、ウィリアはあまり世間を知らない。自分の甘さをシシアス伯爵に指摘されたこともある。感覚だけで人を信じてはいけないと思った。

 部屋の中でいろいろ考えていると、ノックの音がした。

「どなたですか」

「警備隊の者です。証言をおねがいしたくて……」

 ウィリアは部屋の扉を開き、事情を聞きに来た警備隊員を招き入れる。

 求めに応じ、野盗を斬ったときの状況を説明した。隊員はその話を調書にまとめた。

 一通り終わると、隊員は、声を小さくして言った。

「ご協力ありがとうございます。……それでですね、隣の部屋にいるゲント氏とは前の宿場ではじめて会ったということですが、彼に、怪しい点はありませんでしたか?」

「怪しい点、とは?」

「旅人を装って、野盗の手引きをしているとか……そういう可能性もあり得ますので……」

「いえ、そういうことはないと思います」

「なぜですか?」

「あの野盗たちは、私のことは生け捕りにしようと思っていたらしいですが、彼に対しては明白な殺気がありました。本気で殺そうとしていたと思います」

「殺気、ですか……。抽象的な理由ですが、あなたは奴らを斬ったほどの腕なので、信じることにしましょう」

「ただし、あの野盗とは関係ないと思いますけど、彼がどういう人物なのかは知りません」

「ええ。いちおう監視をつけようと思います。……そして、これは、警備隊からのお願いなのですが……あいつらの討伐に、ご協力をお願いできませんか? 報酬も出します」

「討伐?」

「この村の者は、連中……ドーヴ盗賊団のために、塗炭の苦しみを味わっています。連中は二年ほど前から、裏手の山の洞窟に住みつきました。それ以来、若い女の誘拐はしばしばありますし、略奪、殺害……やりたい放題です。最近は旅人も村を避けて通るようになって、経済にも深刻な被害が出ています」

 ウィリアは怪訝な顔をした。

「あの、こんなことを聞いたら悪いと思いますが、居場所もわかるのに、王国や近隣の領国に要請して討伐を行わないのですか?」

「要請は出しました。ですが、奴らが活動しだした二年ほど前から、王国を含めてどこも人材の提供を渋るようになりまして……いままで、来てもらえていません」

 二年ほど前、というところで、ウィリアには思い当たることがあった。

「……他に、警備を強化する必要ができたということでしょうか……」

「そうかもしれません。さらに最近は、野にいる魔物の力も強くなってきたらしく、そっちにも人材を取られているようです。

 村の中で討伐隊を集めようとも考えましたが、警備隊員や村の男で、戦力として計算できるのがせいぜい三十人。盗賊団は、推定ですが、総勢十七、八人。人数は上回っていますが、攻め込むにはとても足りません。せめて二倍、できれば三倍ないと……」

 攻める側が多くないと本拠地攻めは難しいと、ウィリアも軍事学で教わったことがあった。

「さらに、盗賊団の中には、腕が立つ者が五人ほどいました。特に首領のドーヴは、剣術学園を出て軍隊に入り、同僚を殺して逃亡したという軍人崩れらしくて、かなりの腕前です。それらを相手にしたら、こちらも全滅のおそれがあります。我々がいなくなったら、村を守る者がいません……」

 そこまで言って、隊員は真顔になった。

「ですが! 今回、あなたはその五人のうちの二人を斬ってくれました。腕の立つ者はあと三人だけです。そこであなたが戦力として加わってくれれば、討伐が成功するかもしれません。お願いです。どうか、お力を貸してくれませんか!?」

 ウィリアも真剣な顔になった。

「わかりました。そのお話、わたし自身にも因縁があることのようです。討伐隊に加わりましょう。実行はいつですか?」

「早い方がいいです。できれば明日の夜明け前にでも……」

「承知しました。お待ちしております」

「ありがとうございます! さっそく全員に連絡します!」

 隊員は足早に出て行った。




 宿の食堂で簡単な夕食が出る。

 ウィリアが食堂に行くと、ゲントが既に来ていた。

「やあ」

 手を上げてウィリアに声をかけてきた。

「……あ、どうも」

 ウィリアは小さい声で返した。あまり、こういう状況に慣れていない。

 食べ終わって自室に戻ろうとする。ゲントがついてきた。

「ねえ、明日はどうするの?」

「……明日は……ええと……あなたには関係はありません」

「山の方に行くの?」

「!」

 ウィリアは慌てて、ゲントの腕をつかみ自室に引き入れた。扉を閉めて鍵をかける。

 ゲントは部屋の中を見回した。

「おや、女の子の部屋に誘われるなんて、光栄だなあ」

 ウィリアは睨んで言った。

「……なにか、聞いたのですか?」

「やっぱり討伐に行くんだね。聞いたわけじゃないけどさ、もし警備隊の人間なら、こんなに強い人がいて、相手人数が少なくなった時は、ぜひ討伐を実行したいだろうと思って」

「……」

 ウィリアはしまったという顔になった。

「……誰にも言ってはだめですよ」

「言わないよ。命の恩人のすることだし、できるだけ協力しようと思う」

「別に協力は望んでいません。おとなしくしててください。何より、人の命がかかっていることです。誰にも言わないと、誓ってください」

「じゃあ、誓いのしるしに、握手しよう」

 ゲントは右手を出した。

「あ……はい」

 ウィリアもつい右手を出した。二人は握手をした。

 会ってからほとんど、ゆるい笑顔をしていたゲントが、真面目な顔で手を固く握った。

 ウィリアはゲントの顔を見て、本当に信用できるかもしれないと思った。

 でも一方で、外見にだまされてはいけない、警戒はしようとも思った。

 ゲントが言った。

「ところで、僕は旅しながら薬を売ってるんだけど、君は何が目的?」

「修行のためです。わたしは少しでも、強くならないといけないのです」

「強くなって何するの?」

「……仇をとる相手がいます」

 ウィリアは、あまり自分のことを言うのはよくないと思いながら、ついつい答えてしまった。

「仇って誰?」

「それはあなたに言うことではありません」

 ゲントは部屋の隅の鎧をちょっと見た。

「君は貴族だね」

「!」

躑躅つつじの文様ということは、ゼナガルドのフォルティス家かな?」

 鎧は材質や意匠で多くの種類があり、見る人が見れば、着用者の人物はかなり判明する。ウィリアの着ている鎧は上質な材料と意匠で、肩のところに家を表す文様が入っていた。

 ウィリアも、鎧で正体がばれないかと気にはしていたのだ。買い換えればいいのだが、体に合って十分な防御力がある鎧をあつらえるのは簡単ではないので、仕方なくそのまま使っていた。

「……そこまでわかっているなら、知ってるでしょう? フォルティス家は当主が『黒水晶』に殺されて、娘が犯されました。わたしがその犯された娘、ウィリア・フォルティスです」

「……ああ……それは……」

「あわれみは無用です。わたしはどうしても、黒水晶に仇をとらなければならないのです。差し違えることになってもです。でも、いまの実力では差し違えることもとてもできません。もっともっと、強くならなければなりません」

「なにも差し違えなくても……」

「わたしは犯された時に、恥をすすぐため死ぬべきでした。生きているのは仇をとるためです」

「そんな、死ぬべきなんて、だれも思わないよ」

「わたし自身が許せないのです。そこは理解されなくてもかまいません」

 ウィリアは少し横を向いた。

「……少々、喋りすぎてしまいました。いまのことも、他言無用ですよ?」

「わかった。もう一度握手しよう」

 握手をして、ゲントは自分の部屋に戻った。

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