奇妙な同行者

19 ゼナガルド城会議室

 エンティス王国の有力な領国ゼナガルド。領国の都にゼナガルド城がある。

 若い男が城の門をくぐった。

 城の中、男は、領主の私的空間へ向かう。領主一家が生活している部分である。

 もっとも、領主のマリウス・フォルティス伯爵は数ヶ月前に何者かによって殺されている。その一人娘のウィリアは、仇をとると言って出奔してしまっている。マリウスの妻はしばらく前に病で亡くなっている。領主の私的空間には、現在領主家族がひとりも住んでいないのである。

 しっかりした官僚組織があるので、領主がいなくても領国経営ができなくなることはない。とはいえ誰もいないのは異常事態であり、臣下たちは不安を募らせていた。最近は領主不在が領民にも伝わって、領国全土が重苦しい雰囲気に包まれていた。

 若い男が向かったのは、メイド長のところだった。

 メイド長のマイア。ちょっと太めで年配の女性である。領主の一人娘ウィリアの養育係でもあった。そのウィリアに出奔されてから落ち込んでいたが、いつ戻ってきてもいいようにと、城の手入れを欠かしていない。今日も、若いメイドたちに指示したり、自らも忙しく働いていたりした。

「マイア様、ただいま戻りました」

 若い男が、窓掃除をしていたマイアに挨拶をした。マイアは男の姿を見て言った。

「あ、王都から帰ってきたんだね。ごくろうさん。それで、なにかわかったかい?」

「それが、秘密を要することなので、部屋の中で……」

 男の表情を見て、マイアは真顔になった。

「……秘密……いいでしょう。こっちに来なさい」

 マイアは男を城の会議室に招き入れた。防音や、防魔法などの機能が整っている部屋で、盗聴の心配はない。有力な領国の会議室だけあって、豪華な調度や絵画で飾られている。普通は高官しか入ることはないが、メイド長であるマイアは出入り自由であり、秘密の話をするときにはよくここを使っていた。

 会議室の扉を閉めると、マイアは男を急かした。

「お嬢様のこと、なにかわかったの? 聞かせてちょうだい」

「はい……。あの……。先日王都で、シシアス伯爵の率いる部隊が黒水晶によって全滅したことを、ご存じですか?」

「ええ。その話は聞いてます。それで?」

「その、全滅した部隊の中に、ウィリア様もいたらしくて……」

 マイアの顔が蒼白になった。

「それじゃ! お嬢様は!!」

「いえ、ウィリア様は無事です。大きな怪我もしていないようです。ですが……その……」

 男は少し口ごもった。

「ですが、なんなの? お嬢様はどうなったの!?」

 マイアは男の服をつかんで引っ張った。男は言いたくなさそうに、言った。

「……ふたたび、黒水晶に犯された、と……」

「あっ…………」

 マイアは男の服をつかんだまま、顔を下に向けた。

「おかわいそうに……。それで、お嬢様は、王都にいるのかい?」

「それがですね……事件の調査のため十日間ほど、王城の役人の事情聴取に応じたそうですが、その後、修行の旅に出たとのことです。なので、また行方がわからなくなりまして……」

「そんな……なんだろう。その役人も、なんて不親切なんだい。領国に戻るよう言ってくれてもいいじゃないか……」

「いやその、担当した役人に話を聞いたのですが、強く止めたそうです。ですが本人の意志が固く、強制的に止める権限もないのでどうしようもなかったと言ってました」

 マイアは大きなため息をついた。

「……そうだよねえ。言われて戻るくらいなら、最初から出奔なんかしてないか……」

 マイアはうなだれてよろよろと歩いた。会議室の壁には歴代の領主やその家族の肖像画が飾ってある。端の方に、亡くなったマリウス・フォルティス伯爵の肖像画がある。その横に妻のレイアの肖像画がある。そして、マリウスとレイアと幼いウィリアの三人を描いた絵もあった。

 マイアは絵の中のウィリアを見て言った。

「……思い込んだら、絶対あきらめない子でしたからねえ。いい方に向けば剣術の上達につながったりしたのですが、今回は……。なにもあんなにかたくなにならなくても……。

 そりゃね、私だって、あの黒水晶の奴をぶち殺してやりたいですよ。だけど、あんなにお強い旦那様を斬った相手……かなうはずが……」

 マイアは男に背を向けながら、一人言のように言った。

「……お嬢様にとっては、純潔を奪われたのも、我慢ならなかったのでしょうねえ……。もっとも、小さい頃から、純潔が大切だ、たしなみを大事にしなさいと教えたのは私ですけどね……。ああ、こんなことなら、純潔なんかどうでもいいと教えればよかった。二度も犯されて、お嬢様はどんなに辛かったことか……」

 そのままだとマイアの愚痴が延々と続きそうだった。男は言った。

「あの、マイア様、私は役人や重役たちに報告してきますね」

「……ああ、行っておいで。ごくろうさんだったね……」

 男は会議室を出て行った。

 マイアはしばらくそのまま、会議室の壁を見ていた。

 会議室の隅に、多数の名前を刻んだプレートが掲げられていた。先日の襲撃事件で命を落とした者たちである。その中には、マイアの夫だった庭師ジオの名前もあった。マイアはプレートに向かってお祈りした。

「あんた……。旦那さま……。奥さま……。どうか、お嬢様をお守りください……」




 王都の北の地方、街道沿いに小さな宿場町がある。宿屋が三軒ほど並んでいる。

 朝食を取りおわった旅人たちが、ぽつりぽつりと宿の外に出てくる。急ぐ者はさっさと街道を進む。

 旅人は、商人、役人、戦士、職業はいろいろだ。一部の者は冒険者と言われ、常に旅する人生を送っている。

 宿から出てきた者の中に、女性の剣士がいた。

 まだ若い。顔立ちはかわいらしく見えるが、目つきは鋭い。綺麗な銀色の鎧をつけていて、その上に、綺麗な鎧に不釣り合いな薄汚れた灰色のマントをはおっている。

 女剣士は開けた草むらに入ると、剣を抜いて素振りをしだした。その剣筋は鋭い。

 草むらの隅に桜が咲いていた。風で花弁が散る。いくつかが女剣士の前に舞う。彼女はそれを斬った。一度の剣筋で、数枚の花弁が切断された。




 女剣士ウィリアが素振りをしていると、いつのまにか、草むらの横の切株に男が座っていた。

 ウィリアは男に気付いたが、かまわず素振りを続けた。

 男は言った。

「剣士のお姉さん、強そうだね」

 ウィリアは素振りを止めて、座っている男を見た。

 まだ若い。二十代だろう。体格はいい方のようだ。茶色のマントをはおって、足元に大きな荷物を置いている。マントの下は、商人風の旅服である。

 髪はやや灰色がかっている。ウィリアの方を見て微笑んでいる。表情はさわやかだが、彼女にとっては警戒すべき相手のように見えた。

 ウィリアは剣を降ろして言った。

「……別に、強くありません」

 素振りに邪魔が入ったのを機会に、剣を納めて街道に向かった。

 男が、荷物を背負ってついて来た。

「またまた。強いんでしょ? 僕はね、強い人が好きなんだ」

「強くなどないと言っています」

 ウィリアは早歩きで進んだ。




 ウィリアは開けた街道を行く。

 空は晴れている。

 少しうしろに、さっきの商人風の男が荷物を担いでついて来ている。

 ウィリアは足を速めた。

 うしろの男も早足になって、距離を保つ。

 ウィリアは足を止めた。

 うしろの男も足を止め、距離を保つ。

 ウィリアは歩き出した。

 うしろの男も歩き出す。

 しばらく街道を進む。

 右手に岩の小山があった。その向こうに細い横道がある。ウィリアは小走りになり、細い横道に入った。

 うしろの男も走り出し、ウィリアが入った横道に入った。

 入ったところ、そこには、剣を抜いていたウィリアがいた。ウィリアは男の胸先に剣を突きつけた。

「ひえっ!?」

 男は両手を挙げた。

 ウィリアは言った。

「なぜ付いてくる? 護摩の灰(旅人狙いの泥棒)か? 誰かに雇われた間者か? 正直に答えなさい。さもなければ、斬る」

 男は手を上げたまま答えた。

「お、おちついて。剣士のお姉さん。べつに怪しい者じゃない。僕は旅の薬屋だ。ただ、強い人について行きたいだけなんだ」

「目的は?」

「いやね、僕みたいな商人は、よく野盗に狙われるんだよ。僕なんか、剣も使えないし、弱いから、強い人と一緒でないと怖くて怖くて。宿場町で強そうな人を見つけて、ついて行こうと思っていたんだ」

「……野盗よけに使おうということですか。だけど、あなたが野盗に襲われたとしても、わたしに助ける義理はありませんよ」

「それはそうだけど、強い人が側にいるだけでもずいぶん違うんだよ。邪魔はしないので、おねがいだから近くを歩かせてくれない?」

「わたし自身が、野盗だとか考えなかったのですか? そうだったら今頃、あなたの命はなかったですよ?」

「お姉さんはそんなことしないよ。いい人だから。僕は人を見る目があるんだ」

 ウィリアはちょっと眉をひそめた。

「口が上手い人には気をつけろと聞いています。……まあ、いいでしょう。近くを歩くぐらいならかまいません。ですが、あなたを信用したわけではありません。怪しい動きをしたら場合によっては斬ります」

「だいじょうぶ。変なことはしない。約束する」

 ウィリアは街道に戻って歩き出した。男はその少し後に続いた。

 男が声をかけた。

「僕は、薬屋のゲント。君は?」

「わたしはウィ……名乗る必要はありませんが……リリアと言います」

「リリアちゃんか。よろしく」

「よろしくしようとも思いませんが、次の宿場ぐらいまでならつきあってあげます」

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