18 討伐隊(6)
黒水晶討伐隊の詰所になっている廃倉庫に、何者かが攻め込んできた。ウィリアはシシアス伯爵とともに、地下から倉庫の一階に上がった。
詰所の中に、兵士が侵入していた。
黒い革鎧。白い部分の少ない眼。ゼナガルドで見た兵士たちだ。
隊員たちが侵入してきた兵士を斬っている。隊員は精鋭揃いである。多数の黒い兵士の死体が重なっている。
しかし、黒い兵士たちは数が多い。次々と侵入してくる。
一部の隊員が、一度に複数の方向から攻撃され、刺されて倒れた。
「……!!」
ウィリアは思わず剣を抜いた。
シシアス伯爵はウィリアの前に腕を出して止めた。
「落ち着きなさい。ウィリア君」
それで、ウィリアは冷静を取り戻した。
「君の任務はあくまで私の護衛だ。今は動くな」
「はい……!」
感情に駆られて動くのでは何も遂げられない。戦いにおいて戦士が殺されるのは仕方がない。隊員として、指示されたことを実行しなければならない。ウィリアはそのことを、自分自身に言い聞かせた。
黒い兵士たちが大挙して詰所の中に入ってきた。その数は討伐隊の戦士の十倍以上はあるだろう。倉庫の中が、混雑時の市場のように人で埋め尽くされた。
個々の隊員が強くても、十倍も人数差があればやられる隊員があちこちで出てくる。ウィリアはいても立ってもいられない感情に駆られた。しかし伯爵は動かない。
倉庫の入口は破壊されていた。そこから次々と黒い兵士が入ってくる。
そこに、黒い兵士とはあきらかに異なる者が入ってきた。黒鉄の鎧。黒く光る面頬。黒水晶の剣士であった。
ウィリアの中の炎が、再び燃え上がりかけた。
黒水晶が入ってきたことを見て、伯爵は、右腕を上げて大きく回した。
それを見て、高位の隊員たちが位置取りを変えた。黒水晶の周囲を回り込むようにして、入口近くに移動した。
黒水晶は討伐隊側の動きを気にすることもなく、倉庫の中央に進んだ。そして隊長のシシアス伯爵の方を見た。
「……ソルティア領主、レオン・シシアス伯爵だな?」
黒水晶はよく通る声で言った。
「そうだ」
伯爵は答えた。
「今日は、おまえを、殺しに来た」
「なぜ、貴様は大罪を重ねる?」
「答える必要はない。おまえと、おまえの部下たちをすべて殺す。俺がやるのはそれだけだ」
「……残念ながら、貴様にやられるわけにはいかない。逆に我々は、貴様の来るのを待っていた」
「ん?」
そのとき詰所の奥から、数人の護衛とともに治癒師のクルムス氏が出てきた。
「お願いします」
伯爵がクルムス氏に言った。
クルムス氏は両手を上げ、口の中で呪文を唱えた。そして念を込めた。
「はっ!!」
気合を込めて魔力を放出する。光が放たれ、倉庫の中を照らした。
次の瞬間、倉庫の中は一変していた。さっきまで黒い革鎧を着た兵士だったものが、それぞれ、野良犬に変化していた。
野良犬たちは現在の状況が理解できず、興奮して吼えまくった。
近くにいた戦士に噛みつこうとした犬もいたが、野良犬と、剣を持った精鋭の戦士では勝負にならない。たちまち何匹もの犬が斬られて死んだ。他の犬は恐怖に駆られ、倉庫の入口に殺到した。
わずかの間に野良犬はいなくなり、倉庫の中にいる敵は黒水晶一人だけになった。
クルムス氏は、刺されて倒れた隊員たちに向かって手を向けた。治癒魔法の光が届き、次々と
隊員たちが黒水晶を包囲する。
伯爵が言った。
「……貴様の兵士が、
じりじりと、数十人の隊員が包囲を狭めていく。
「ははははは」
黒水晶が笑い声を上げた。
「……あれが、戦力だと思っていたのか? なめられたもんだな。あれは手間を省くためにつれてきただけだ。いてもいなくても、支障はない」
包囲が狭まる。あとわずかで、隊員たちの剣の間合に入る。
そのとき、黒水晶が飛び上がった。
倉庫の天井ちかくまで跳んだ。
そして急降下してきた。重力の
急降下した先は、治癒師クルムス。黒水晶はクルムス氏を一刀に斬った。隊員が四方を護衛していたが、上空からの攻撃は防ぐことができなかった。
黒水晶は、着地した次の瞬間、剣を振り回した。護衛の隊員たち数人が鎧ごと斬られた。
殺戮の始まりだった。黒水晶は手近にいる隊員たちを次々と斬り殺した。剣の破壊力は圧倒的で、隊員たちの剣術は役に立たなかった。剣を剣で防ごうとしても、その剣ごと斬られた。
剣の威力だけではなく、動きの鋭さも驚異的なものだった。まるで瞬間移動するようにすばやく隊員たちに近寄り、斬った。
ウィリアは伯爵の横で、それを見ていた。そして思った。以前より強くなった今ならよくわかる。黒水晶の力は圧倒的だ。勝てない。なぜ、差し違えることならできると思ったのだろう。できるわけがない。あれは人間ではない。魔の強さだ……。隊員を斬る黒水晶の剣技を見て、美しいとさえ感じた。
黒水晶の殺戮は続いていた。
理にかなった運動ならば、隊員たちにも対処する方法はあったかもしれない。だが黒水晶の動作は、超自然的なものだった。飛び上がり、高速で降りる。落下する速度ではない。飛んでいる。その動きはまるで、荒れ狂う竜の首のようだった。その牙に隊員たちは次々と斃れた。
「……!」
伯爵は我慢できず、剣を抜いて黒水晶に向かった。
「あっ! シシアス様!」
ウィリアも追う。
だが、黒水晶の方から、シシアスの前面に跳び出してきた。二人は短い距離で向かい合った。
伯爵は黒水晶の面頬の下に、何かを見たようだった。
「貴様、やはり……」
黒水晶は伯爵の言葉を待たず、斬った。両手、両足をそれぞれ深く斬った。血が周囲に噴き出した。
「シシアス様!」ウィリアが叫んだ。
伯爵がやられたのを見て、一部の隊員が逃げようと、入口に向かった。
だが黒水晶は入口近くまですばやく移動し、それらの隊員を斬った。
残った隊員たちも、黒水晶の剣にやられた。隊員テオも、首を切られて殺された。
最後の隊員が斬られた。
残りは、ウィリア一人のみになった。
黒水晶が振り返り、ウィリアを見た。
「……」
ウィリアの体にこれまでにない恐怖が走った。
だが、その恐怖をねじ伏せる。たとえ死ぬことになっても、逃げてはいけない。逃げたら、死んでいった仲間たちに申しわけが立たない。
冷汗が全身から流れている。奥歯はガタガタと震えている。それでもウィリアは剣を握り、構えた。
黒水晶はウィリアに呼びかけた。
「……フォルティスの娘だな?」
ウィリアは頷いた。
「……妊娠しなかったか? 堕胎したのでもないようだ。俺の子種は強力なのだがな……。そうか、お前は、子供を産めない女か」
「うっ! うるさい!」
「おまけに、城を出て討伐隊にまで入って、仇をとるつもりだったか? たいしたものだな」
黒水晶は一歩、二歩、近づいてくる。
ウィリアは構えを取ったまま動けない。並の攻撃が通じるわけがない。隙などどこにも見当たらない。
「無駄打ちは癪だが、ここにいる女はおまえだけだ。もう一度、チャンスをやろう」
「……なにを……また犯すつもりか。……絶対……させない」
黒水晶はウィリアの方に左手を挙げて、念を込めた。
「……」
ウィリアは構えを崩さなかった。
「ほう? マヒ除けを用意していたか? だが、無駄だ」
黒水晶は手のひらを少し上げた。
ウィリアの上着の中にしまってあったマヒ除けのペンダントが、見えない手でつかまれたように、するりと外に出た。
黒水晶はもう一度左手をウィリアに向け、強く念を込めた。
次の瞬間、マヒ除けのペンダントが割れて四散した。
割れた瞬間、ウィリアは悟った。
負けた。
人の命まで費やして入手したアクセサリーが、割れた。
対抗できる方法はもう、無い。
黒水晶はウィリアにマヒの魔法をかけ、犯した。
下半身から胸までの鎧を剥かれ、ウィリアは黒水晶に犯された。
マヒの魔法で動くことができず、床で仰向けになって、黒水晶のなすがままにされていた。
周囲は仲間の死体に満ちていた。床に広がっていた血が、ウィリアの髪を赤く染めた。
黒水晶ははげしく腰を動かした。そしてウィリアの体の中に、濃い子種を放出した。
「それで妊娠しなかったら、子供はあきらめるんだな。それから、覚えておけ。三回目は無いぞ。じゃあな」
黒水晶は入口から出て行った。
マヒの魔法が解けたウィリアは体を起こした。周囲を見渡す。
「……」
広い倉庫に、仲間の死体が満ちている。
ウィリアはひとり言を言った。
「みんな死んでしまった。だけどわたしは生きている。この命、むだにはつかわない。かならず、かたきをとる。やつを、殺す」
はっきりした声で、自分自身に言い聞かせるように、言った。
少しの時間のあと、ウィリアは自分の服と鎧をできるかぎり整えた。そして立ち上がった。
ともかく、この状況を、王城に伝えないといけない。倉庫を出ようとする。
「うう……」
ウィリアははっとした。今、うめき声のようなものが聞こえた。
足を止めて耳を澄ます。
「うう……」
幻聴ではない。たしかに声を出している者がいる。ウィリアは声の方に向かった。
「う……」
声を出していたのは、シシアス伯爵だった。
「シシアス様!?」
伯爵は両手両足を深く斬られていた。大量の出血がある。しかし、急所は外されていた。
殺し損ねたはずがない。死なずに長く苦しめ、場合によっては、生き恥をさらして苦しめというつもりなのだろうか。黒水晶が伯爵に対して抱く憎しみは、それほど深いものなのか。
ウィリアは床で呻く伯爵に顔を寄せた。
「シシアス様! しっかりしてください!!」
「……ウィリア君か……すまなかった……私の判断ミスだ……奴の力を……あなどっていた……国王陛下に、お詫びを……」
死が近いのはあきらかだった。
ウィリアは思った。シシアス伯爵が言うことのできる言葉は、もうわずかだろう。なにか、残したいことはないか。
「シシアス様! ご家族には、なにかお言葉はありませんか?」
そう言ってからウィリアは思い出した。伯爵の奥様は、ウィリアの母と同じ流行病で亡くなっている。現在の家族は一人息子しかいないはずだ。その一人息子は、剣術学園から逃げ出して、いまは生死もわからない状態とか……。
「……」
伯爵は少し考える眼をした。
「息子に会ったなら……」
「息子さんに?」
「……信じた道を、進め……と……」
そう言って、伯爵は、息を引き取った。
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