17 討伐隊(5)
ウィリアが黒水晶討伐隊に入ってから、三ヶ月近く経った。
討伐隊の中でもっとも練習熱心なのはウィリアだった。底辺からの出発だったが、隊長のシシアス伯爵の薫陶を受け、腕を上げていった。
討伐隊最強の戦士テオや、シシアス伯爵と稽古をして、勝つまではいかないものの立合として成立する程になっている。隊員たちの中では上位三分の一ぐらいに入る腕前となった。
ウィリアはテオと稽古をした。
テオは、剣術学園を卒業後すぐに王城親衛隊に招集された逸材である。建国祭の剣術大会に出れば優勝候補と噂されている。
そのテオと、練習場でウィリアが闘う。
テオは特に背が高い戦士で、腕も長い。普通なら届かない距離でも剣が届く。その剣筋を、ぎりぎりでウィリアはかわす。ぎりぎりまでいかなければ近づくことさえ難しい。
剣と剣とがぶつかる。テオは力をこめた。ウィリアはその力の方向をそらす。力で押しつぶされるようなことはなくなっていた。
鋭く踏み込み、テオの側方に回る。背中を取れそうな位置に来た。
だが、テオの右肘がウィリアを突いた。剣道ではなく実戦剣術なのでどんな技でもあり得る。バランスを崩した。
転んだところに、鼻先に剣が向けられた。
ウィリアは悔しげに言った。
「負けました……」
テオは微笑みながらウィリアに言った。
「ウィリアさん、どんどんよくなっています。剣筋の見極めは見事なものです。踏み込みの鋭さでは僕より上かもしれません」
「いえ、そんな……」
褒められて、少し照れた。
テオは強いのに、常におだやかだった。相手の腕前や年齢に関係なく丁寧にふるまう。男爵家の出身らしいが、貴族風は吹かせず、朴訥で真面目な人柄である。
ウィリアは立ち上がり、テオに礼をした。
「練習におつきあいいただきありがとうございます。テオ様は、いつも親切なのですね」
テオは頭をかいた。
「親切というわけでもありませんが、僕自身が剣術学園で先輩たちに鍛えてもらったので、人の練習にはなるべく付き合うようにしています」
「そうですか。剣術学園……わたしも行きたかったです。父に『なぜわたしが剣術学園に行けないの!?』と言って泣いた覚えがあります」
「まあ、男子校ですから……」
軍人を育てる国立学校であり、身分の高い武人はほとんど剣術学園の出身である。
「剣術学園でも、テオ様は一番強かったのでしょう?」
「……」
一瞬、間が開いた。
「……同期の中では優勝することができましたが、先輩にはもっと強い人がいました。中でも、特に強い人が二人いました。今の僕より、ずっと強かったと思います……」
テオはなぜか遠い目をした。
ある日、シシアス伯爵が討伐隊に来て、指示を出した。
「今日の練習は無しだ。皆、警戒態勢をとれ」
討伐隊の空気が張り詰めた。全員、鎧を着込んで、詰所のあらかじめ指定されていた場所に立つ。いつもはいない魔法使いたちも十数人ほど来ている。治癒師のクルムス氏も来ていた。彼を囲んで数人が警戒している。
そういえば、以前にも同様なことがあった。たしか、一ヶ月前と、二ヶ月前のことだった。
ウィリアも鎧を着て、当番の場所に立った。しかしそこに伯爵が来てウィリアに言った。
「ウィリア君、君は遅れて入ったから、詳しい説明をまだしていなかったな。まだ時間はある。隊長室で話そう」
伯爵とウィリアは隊長室に入り、椅子に座って向き合った。
「……さて、ウィリア君、この討伐隊に入って少し経つが、いろいろ聞きたいこともあったのではないか?」
ウィリアはまっすぐ伯爵を見た。
「はい。あります……。隊員の立場として、あえて聞きはしませんでした。ですが、質問が許されるのならば、教えてください。なぜ、父が殺されたのか。黒水晶は何者なのか。国王陛下はなぜ『討伐隊を出さない』という嘘をついたのか……」
伯爵は深く頷いた。
「黙っておいて悪かった。まず、君の父マリウスが殺された理由から話そう。想像はついていると思うが、事件の直前にマリウスが王都から連れてきた人員、あれは、黒水晶討伐隊だ」
「……」
ウィリアもうすうすはそう思っていた。
「二年近く前から、王国の各地で襲撃事件が発生するようになった。略奪目的ではない殺戮だ。しばらくの間、相手の正体も目的もわからなかった。
ただし、襲撃事件のいくつかで、黒水晶の
伯爵はそこで言葉を切った。
「……だが、その討伐隊が、逆に襲撃を受け、全滅してしまった」
「……」
「次に使命をうけたのがマリウスだった。最初の討伐隊も極秘裏に集めたのだが、襲撃された。残念ながら王城から情報が漏れていると考えざるを得ない。そこでマリウスは、一層注意をして情報が漏れないように気をつけながら、十分と思われる人員を集めゼナガルドに連れていった。……だが、直後に襲撃をされてしまった」
ウィリアの脳裏に、あの悪夢の日のことが蘇ってきた。
「次が私というわけだ……。マリウスの仇は討つ。だが、同じ轍を踏むわけにはいかない。君が出奔した後だが、ゼナガルドに大規模な調査隊を送り、やつらの正体を調べた。残存した魔素などを調査したところわかったことがあるが……これは用心のために言わないでおく。あとでわかるだろう……」
伯爵は言葉を濁した。
「ウィリア君、陛下が、討伐隊を出さない、とおっしゃった理由もわかるね?」
「はい……わかります。わたしごときに知らせていいことではなかったのですね……」
「そうだ。……そして、黒水晶のことだが……」
「奴は何者なのですか?」
「いくつかの推測はある。だが、推測を公にすることは、政治的に適切ではない」
「政治的?」
「うむ。政治的だ。黒水晶を倒し、正体が確定した後に公表すべきものと考えられている。すまないがこれも言わないでおく。ただし、わかっていることがある」
伯爵は手近の書類箱から、王国の地図を二枚出した。
「この地図が、襲撃事件があった地点だ」
王国のあちこちに数十箇所、黒い点が打ってあり、点のそばに日付が書いてある。まんべんなく散らばっているように見える。特に法則性は見えなかった。
「あちこちに現れているのですね」
「そう見えるだろう。だが、こっちの地図を見てみなさい」
もう一枚の地図に載っている点は、二十個ほどだった。
「これは?」
「黒水晶は多くの場合、女性を……その……つまり……凌辱する。その場合、襲撃側に黒水晶がいたことが確定する」
ウィリアは頷いた。そのことは自分の経験を通じてはっきりとわかっていた。
「またそのようなことがなくても、黒水晶がいた確実な証拠がある時もある。この地図にはそのような事件だけを記している。どうかね? わかることはないか?」
ウィリアは点と日付を見た。
「あっ……! 王国を回っています。半年に一周ぐらいの速度で」
「そうだ。もうひとつ、襲撃の間隔を見てごらん」
「襲撃と襲撃の間隔ですか? ……ほぼ一ヶ月ですね?」
「そう。黒水晶は王国を巡回しながら、一ヶ月おきに襲撃事件を繰り返している。その時刻は、天文学者に確認したところ、『完全な新月になる時刻の前後数十分』だった」
「!」
「何らかの……おそらく魔力的な理由があり、月の光があるときには黒水晶自身は活動できないらしい」
伯爵は地図上で王都の近くの街を指さした。
「前回の黒水晶の確認された事件がここだ。王都から歩いて十数日ほどの距離。そして、完全な新月になる時が、今日の真夜中だ」
「! ということは!」
「おそらく確実に、今夜ここに黒水晶が、来る」
「……!」
ウィリアの体の中に巨大な感情が沸き起こった。悔しさ。怒り。恨み。炎のようなものが全身に渦巻いた。
「落ち着きたまえ。ウィリア君」
「……」
「興奮するのはわかる。だが、興奮しているだけでは、相手は倒せない。倒すためにもっとも合理的に行動するのだ」
「……はい」
ウィリアはどうにかして、自分の中の炎を鎮めようとした。
「君は私の横について護衛をしてもらう。あくまでも隊員として動きなさい。隊全員で奴を倒す。いいね?」
「はい。わかりました」
「まだ時間がある。お茶でも飲もう」
部屋の隅に火鉢があり、そこで湧かした湯で伯爵みずから紅茶を淹れてくれた。
淹れてくれた紅茶はおいしかったが、ウィリアはそれどころではなかった。黒水晶が現れたら、どう対処するべきか。冷静になれるか。伯爵には勝算があるらしいが、それはどういうものか……。いろいろなことが頭をよぎった。
「そういえば……」
さっきの話の一部を思い出した。
「王城から情報が漏れているとのことでしたが、いったい誰が……」
「……誰かはわからない。ただ、王城の会議室には隠密や使い魔に対する強力な防御が施されているので、それらの可能性は低い。
討伐のための会議は秘密裏に行われたが、出席者すべてに可能性がある。実を言うと、私もマリウスも、最初から会議に加わっていた。最初の討伐隊がやられたあと、一部はマリウスを疑っていたようだ。彼が本件を引き受けたのも、そのような背景があった……」
ウィリアは眉をひそめた。あの誠実な父を疑う人がいたなんて……。そしてそれが、父の死の一因になったことに、やりきれない思いがした。
伯爵は斜め上を見ながら言った。
「……考えたくないことだが……」
そのとき、詰所の入口のあたりで、なにか物音がした。
「……来たようだな。話はあとだ。待ち望んだ、敵だ」
伯爵とウィリアは隊長室を飛び出した。
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