16 討伐隊(4)

 レンツとゼーギュが悲惨な死を遂げてから数日。ウィリアはずっと、あの魔物を倒す方法を考えていた。

 思考は読まれてしまう。剣の動きが事前にわかるのなら、避けることはたやすいだろう。斬るという思考をせずに、斬ることは可能か?

 そのような不可能とも思える問題を、寝る前にも練習中も、繰り返し考えていた。

 その日、シシアス伯爵が討伐隊にやってきた。

 ウィリアは廊下で伯爵に会ったので敬礼した。伯爵はウィリアに対して、目を伏せながら言った。

「や、やあウィリア君……先日の魔物のことだが……」

「何かわかりましたか?」

「……うむ。王城でいろいろ調べることができた」

「正体は?」

「魔物研究者に確認したところ、あれは、『サトリ』という種類らしい。やはり、人に混乱をもたらす能力と、心を読む能力があるようだ。混乱については、それを防ぐアクセサリーを人数分用意できた。

 ただし、心を読むのを防ぐ方法はわからなかった。その研究は進んでないようだ。一応、王城の魔法使いに呪符をもらったが、効果については自信がないらしい」

「そうですか……」

 そして、伯爵は難しい顔をしてウィリアに言った。

「……そしてウィリア君、悪いが、次の討伐に君は連れていかないことにする。いいね?」

 ウィリアは首を振った。伯爵をまっすぐ見て訴えた。

「いいえ、連れていってください。むしろ、わたしとシシアス様で行くべきです」

「行くべき? なぜだ?」

「混乱除けをつけていけば、警戒して出なくなるかもしれません。ですが、あの魔物は少年の残酷さを持っています。わたしとシシアス様が一緒に行けば、必ず現れるはずです。あざ笑うために。そこがチャンスです」

 伯爵は目を開いてウィリアを見た。そして少し考えた。

「……なるほど……。よし、君の言うとおりにしよう」




 一群で旧施設に赴く。今回は安全のため、治癒師のクルムス氏とその護衛もいる。全員、混乱除けのアクセサリーをつけている。また兜には読心除けの呪符を貼っている。

 入口にクルムス氏と護衛を残し、二手に分かれる。

 今度は、伯爵は歩く間、一言も喋らなかった。

 一階の行き止まりまで来た。前回と同様に、伯爵とウィリアは上へ、他の二人は地下へと別れた。

 前回、魔物を見つけた部屋に入った。今回は歩き回らず、現れるのを待つ。

「来るだろうか……」

「来ると思います。待ちましょう……」

 十分待ち、二十分待った。

「む……?」

 伯爵が気配を感じた。魔素計を出す。

「かなり高い。奴は近いぞ……」

 すると、二人の背後から声がした。

「もう来てるよ」

 二人は振り向いた。

 全裸で青い肌の少年。サトリだった。がらくたの上に腰掛けて、にやにやしている。

「いつの間に!?」

「ボクの家だもの。いつだって出入りできるよ」

 二人はサトリに向かって斬りつけた。

 サトリは跳びはね、剣をかわした。当たらない。

「あはは。混乱除けを持ってきたのは、賢いね。こざかしいって言うのかな? おまけに読心除けも持ってきたんだね。だけど、そんなぺらっぺらの呪符じゃ、心を閉ざすことなんかできないよ」

 やはり行動は読まれている。

「ボクに心を読まれたくなければ、体中に呪符をまきつけるんだね。でもそうすると息ができなくて死んじゃうかもね」

 攻撃の筋は読まれるが、二人で協力してサトリを部屋の隅まで追い詰めた。

「魔物よ、兵士たちを殺したこと、ウィリア君をはずかしめたこと、絶対に許さん!」

「変なことを言うね。お姉さんを汚したのは、おじさんでしょ?」

「……貴様がやらせたのだ」

「違うよ。ボクがやらせたわけじゃない。ボクができるのは、その人がやりたかったことだけ。おじさんがやりたいと思ってたことを、実行させてあげたんだよ」

「でたらめを言うな!!」

「本当だよ。おじさんは心の片隅で、お姉さんとあんなことしたいなと思っていたよ」

「……黙れ」

「よく考えてごらんよ。鎧の下の体を想像したことなかった? 床に倒れた姿を見て興奮したことなかった? むかし好きだった女の子に似てると思ったことなかった?」

「黙れ、黙れ、黙れーっ!!」

 伯爵は激高して剣を振った。サトリはその上を飛び越えて、ドアから廊下に出て行った。伯爵はそれを追いかけた。

 ウィリアは一人、部屋に残った。そして思った。やはり、あの魔物を斬るには、普通の方法ではだめだ。斬るという思考をせずに斬らなければならない。考えてきた方法がある。それをためしてみよう。

 ウィリアは、兜に貼っていた読心除けの呪符をはがした。

 そして考えた。あの魔物サトリは、黒水晶の剣士であると。

 サトリは黒水晶である。

 サトリは黒水晶である。

 サトリは黒水晶である。

 サトリは黒水晶である。

 サトリは黒水晶である。

 サトリは黒水晶である。

 サトリは黒水晶である。

 サトリは黒水晶である。

 サトリは黒水晶である。

 サトリは黒水晶である。

 ……。

 目をつぶって、ただそれだけを、何度も何度も考えた。

 しばらくして、気配がした。

「お姉さん、変なこと考えてるね。ボクはその黒水晶ってやつじゃないよ」

 ウィリアが目を開けると、目の前にサトリ、すなわち、黒水晶がいた。

「お父さまのかたき!!」

 ウィリアは黒水晶の体を一撃で斬った。

 黒水晶、すなわちサトリは倒れた。

 そのとき、伯爵が廊下から戻ってきた。

「ウィリア君、やったか!?」

「はい……」

 斬られたサトリは、まだにやにやしながら言った。

「ははははは……。これはやられたね。お姉さん、やるなあ。なるほど、これが死ぬということなんだね。あはは、これも面白いなあ……」

 サトリの体は急速に分解し、塵と魔素になって消滅した。




 一行は詰所に戻った。

 伯爵とウィリアは隊長室で対面していた。

「ウィリア君、この度の働きは立派だった」

「ありがとうございます」

 ウィリアはひさしぶりに明るい顔になった。

 伯爵は急に暗い顔になり、下を向いた。

「……そして、君には言っておかなければならないことがある……」

「何でしょうか」

「あの魔物の言ったことは、事実だ……」

 伯爵は目線を落としたまま、話を続けた。

「私は、君を、ひとりの隊員として見ようとした。しかし、君が女性である事を忘れることができなかった。私の中にはたしかに、不純な心があった。その心を突かれたのだ……。すまない……」

 伯爵はウィリアに向かって頭を下げた。ウィリアは、かわいそうなものを見るような表情で、伯爵に言った。

「シシアス様、顔を上げてください。誰でも、心の中には色々な思いがあります。あのとき、シシアス様は理性を奪われていました。あれは仕方のなかったことです」

「いや……。なんと言われようとも、私の弱さだ。君にどうやって詫びたらいいかわからない……。君だけではない……。君の父親にも、母親にも、合わせる顔がない……」

 頭を下げる伯爵に、ウィリアは言った。

「シシアス様、本当に、わたしにお詫びをしたいと思っているのですか?」

「……うむ。本当だ」

「ならば、お願いがあります」

「……お願いとは?」

「一回でも多く、わたしに稽古をつけてください! 強くしてください。お願いします!」

 ウィリアはまっすぐな眼で訴えた。シシアスは顔を上げて、じっとウィリアの顔を見た。

「さすが、マリウスの娘よ……」

 そして、剣の柄を握った。

「よかろう。稽古をつけてあげよう。立ち合いに行こう。来なさい」

「はい!」


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