15 討伐隊(3)

 討伐隊の戦士たちは、毎日きびしい訓練を行っていた。

 隊長のシシアス伯爵は、重職にあるのでいつもいるわけではない。ときどき来て指導を行う。

 立ち合い練習場に伯爵が立ち、言った。

「相手になる者はいるか?」

 伯爵は、建国祭の剣術大会で優勝したこともある達人である。また身分も高い。隊員たちは遠慮しがちで、なかなか手が上がらなかった。

 声を出した者がいた。

「おねがいします!」

 ウィリアだった。

「よし。来なさい」

 二人が試合場の中に立つ。

 ウィリアが構える。伯爵を見る。隙は見当たらない。

 攻めるきっかけをつかめないまま、数十秒が経つ。

「どうした。かかってきなさい」

「……やーっ!!」

 鋭く踏み込む。だが伯爵に剣は当たらない。苦もなくかわされる。

 伯爵が剣を振る。ウィリアは腹を打たれた。

「お……ご……」

 床に倒れる。

「踏み込みの勢いはいいが、動線が単調だ。もう少し工夫しなさい。では、次」

「あ……ありがとうございます……」

 ウィリアは這いながら試合場の外に出た。

 三人ほどの隊員が伯爵に挑んだ。どれも相手にならない。

「他はいないか?」

 伯爵がまわりに叫んだ。なかなか声が上がらない。その中で、ウィリアが声を上げた。

「もう一度、おねがいします!」

「いいだろう。来なさい」

 ふたたび試合場に立つ。

 踏み込みを工夫して、回り込みながら攻めた。伯爵の足を狙って剣を振った。しかし、一刀目は剣で防がれた。

 剣が交わる。伯爵の力は強かった。ウィリアは渾身の力で剣で剣を防いだ。

 伯爵は激しく剣を振った。ウィリアの体が吹き飛ばされ、床にたたきつけられた。

「……」

 床で動けなくなっているウィリアに、伯爵は言った。

「君には体格というハンディキャップがある。力比べで勝とうとするな。相手の力を別方向にかわす技術が必要だ」

「……あ……ありがとうございます。……もう一回……」

「今日はここまででいいだろう。今言ったことをできるように研究しなさい」

「……はい」




 隊長である伯爵がやってきても隊員たちは目礼をするだけで、訓練を休まない。そうするように指示されている。

 伯爵は訓練室の中、何人かの隊員に小声で声をかけた。伯爵と二回の立ち合いをした後ウィリアは、案山子を叩く練習をしていた。伯爵は彼女にも近づいて耳打ちをした。

「ウィリア君、今夜、実戦討伐を行う。来なさい」

「はい!」

 実戦討伐のメンバーが知らされるのは、ほとんど当日である。万が一にも情報漏れを起こさないためと、当日の急な出動に慣れるためという理由があった。




 出動する前に別室で説明を受ける。

 今回選ばれたのは、ウィリア、長身の戦士テオ、向こう傷のある戦士ゼーギュ、若い戦士レンツ、その他で、伯爵を加えて八名だった。

 小さな部屋の中で、シシアス伯みずから説明した。

「今回の目的地は、旧陸軍施設だ」

 市壁の外に陸軍の倉庫や事務所に使う建物があったが、老朽化で放棄され、いまは別の場所に移転している。古い施設はなかば廃墟と化している。

「へえ……陸軍の建物に、盗賊なんかが住みついたんすか?」

 ゼーギュが疑問を口にした。

「順を追って話そう。放棄された建物だが、いちおう、ときどき見回りを行っている。二週間ほど前の夜、見回りの兵士が帰ってこなかった。翌日行ってみると、中で死体が発見された。首筋を切られ、血を流して死んでいたそうだ。

 軍警察が調べたが原因はわからなかった。

 数日前にまた見回りを行った。だが、再度同じような事件が起きてしまった。今度は剣で腹が斬られていたらしい」

「……」

 ウィリアはつばを飲み込んだ。

「今度は、魔法使いを加えた鑑識が調査に当たった。魔素の痕跡が検出されたため、魔物がいるとわかった。見回りの二人は剣を持っていたが、奪われたらしく、発見されなかった。またどちらも致命傷は剣の傷なので、犯人は剣を使う魔物だと推測している。

 この件は、剣を使える者が集団で捜査する必要がある。訓練として、こちらで引き受けることにした。油断せずにかかれ。では準備しなさい」

 隊員は立ち上がり、必要な武具などを用意した。

 伯爵がウィリアに話しかけた。

「ウィリア君、魔物が妖術を使う可能性がある。これを持って行きなさい」

 伯爵は、キバで作ったペンダントを出した。

「これは?」

「マヒ除けのアクセサリーだ。わかっているだろうが、黒水晶はマヒの術を使う。それに対処するため、他の隊員には以前に渡してある。魔物も、もしかしたら同じような術を使うかもしれない」

「え? マヒ除けのアクセサリーは貴重な物だと聞きましたが、全隊員に行き渡るほどあったのですか?」

「王城内の工房で作ったり、街の魔法用具店で購入したりでなんとか揃えた」

「……あの、それなら私も持っています」

 ウィリアは、首にかけたまま上着の中にしまっていたペンダントを出してみせた。

「ほう? 用意がいいな。それはどうした?」

「魔法用具店で作ってもらいまして……」

「そうか。それでは、これはいらないな」

 伯爵は渡そうとしたペンダントを引っ込めた。

 なんだかすっごく損した気がした。




 歩いて小一時間で、陸軍施設に到着する。

 地下一階、地上三階の建物で、面積は広い。ところどころ窓や壁が壊れている。魔物がいると聞いていなくても、いるような気配がするだろう。

 中央に入口がある。

「計画通り、四人と四人に別れて捜索する。更に細かく捜索する場合は二人ずつに別れる。けして一人にはなるな」

「はっ」

 左に進む集団にゼーギュとレンツが入った。伯爵、ウィリア、テオともう一人は右に進んだ。

 広い施設の廊下を進む。足音のみが聞こえる。

 静寂に飽きたのか、伯爵が口を開いた。

「……ウィリア君、体は痛くないか」

 昼間の立ち合いで、体を叩きつけたことを心配しているらしい。

「多少痛くはありますが、大丈夫です」

「そうか。……厳しくてすまんな」

「いいえ、シシアス様はお優しいです」

「私がやさしい?」

「わたし程度の者にも、講評をつけてくださいます。それでどの練習をすればいいかわかります。稽古をつけてもらう度に、少しずつですが、強くなっています」

 それを聞いて伯爵はふうとため息をついた。

「……前向きだな。さすがマリウスの娘だ。……私の息子も君のような強い精神を持っていればな……」

「息子さん?」

「弱虫の息子でな……。剣術学園に行かせていたが、逃亡しおった。いまは生きているか死んでいるかもわからん」

「……そうですか」

「いえ、弱虫じゃないですよ」

 横にいた、長身のテオが言った。

「誰よりも強い人でした。皆が尊敬して、あこがれて……。友情に厚く、人に優しくて……」

「テオ、くだらんことを言うな」

 伯爵が険しい顔をして言った。

「どうあろうとも、奴は逃げたんだ。逃げたというのは、弱かったということだ。君は黙っていなさい」

「……はい」

 テオは下を向いて押し黙った。




 一階の端まで行っても、それらしき気配はない。

「別れて探そう。私とウィリア君は上に行く。君たちは地下を探してくれ」

「はっ」

 二人ずつに分かれて、二階と地下を探した。

 二階に着く。ウィリアが言った。

「広いですね……」

「数十年前の戦争中に作った施設だからな。広い必要があった」

「改修して使えばいいのに」

「しばらく戦争がないからな。新施設で間に合っているし、この広さは逆に持て余す」

 伯爵は暗い中、周囲を見回して言った。

「もっとも、二十余年前の戦争の頃までここは使われていた。私もマリウスも、何度も来た」

 二階の廊下を進んでいく。

「む……?」

 伯爵が足を止めた。

 なにか気配を感じたらしい。ポケットからメーターのついた器具を取り出す。

「魔素計が大きな数値を示している……。近くにいるぞ」

 ウィリアも異変には気がついていた。タルム洞窟の中で感じた魔素の匂い、それと同種の刺激がわずかにあった。

 歩くに従って、魔素計の数値が上がってきた。

「……この部屋か……?」

 伯爵は扉を開けた。

 部屋の四方に、がらくたが積まれている。壊れた窓から星明かりがわずかに差している。

 がらくたの上に、少年が座っていた。

 十歳ぐらいの少年に見えた。かわいい顔をしている。しかし、普通の少年ではないことはあきらかだった。耳の先が尖っていて、全裸だった。暗くてよく見えないが、肌の色もおそらく青色だった。

 伯爵が近づいて聞いた。

「……そなた、何をしている?」

 それはにやにや笑いながら言った。

「何をしているかって? ただ居るだけだよ。おじさんたち、ボクの家に勝手に入り込んで、失礼だなあ」

「……ここはそなたの家ではない。軍の旧施設だ。一般人の立入は禁止されている。一般人……いや、貴様は魔物だな」

「そうかもね」

「見回りの兵士を殺したのは貴様か」

「ボクは殺してないよ。勝手に死んだだけ」

「二人の剣はどこへやった。奪ったのではないのか」

「剣なんて別に欲しくないよ。ただ、血のついた剣をなめるのが好きなんだ。舐めたあとは捨てちゃった」

 伯爵は斬りつけた。

 だが、それは飛び上がって避けた。別のがらくたの上に立つ。

 ウィリアが踏み込んだ。しかし避けられる。動きを読まれているように、狙った場所から移動した。

「兵士たちをどうやって殺した!?」伯爵が叫んだ。

「言っただろ。ボクは殺してない。あの人たちが勝手に死んだんだ。死にたいと思っていたからね」

「嘘をつくな!」

「うそじゃないよ。二人とも心の片隅で思っていたよ。『ああ、軍隊で出世もできず給料もあがらず、見回りとかつまらない仕事ばかり。もう死んでしまいたい』……とね。ボクはそれを実行できるようにしてあげただけ」

「……」

「死んだあとの生気は、おいしくいただいたけどね」

 伯爵とウィリアが魔物の少年を狙って何度も剣を繰り出した。だが、当たらない。

「動きを読まれています。どうすれば……」

「ボクを斬ろうったって無理だよ」

 魔物の少年はがらくたの上に立って左手を突き出し、ウィリアを指さした。

 ウィリアは斬りつけた。

 少年が「おや?」という顔をしながら跳んで避けた。

「どうやら、お姉さんには効かないみたいだね。でもいいよ。おじさんには効くから」

「効く? 何のこと……」

 ウィリアは魔物の少年のほうを見る。

 ウィリアの背後に、伯爵がいた。

「ウ……」

 伯爵は変な声を出した。

 急にウィリアの体をつかんで、床に押し倒した。

「ウォォ!!」

「え!? シシアス様! 何を!!」

 伯爵の眼は正常ではなかった。狂戦士の目だ。ものすごい力でウィリアの体をつかみ、下半身の鎧をはぎとった。鎧をとめていた革紐がブチブチと切れた。鎧の下の服も、下着も引きちぎる。肌が表れた。

「や! やめてください!!」

「グワア!」

 伯爵はまた、自分の下半身の鎧を取った。勃起した男根が現れた。

 伯爵はウィリアを犯した。

「いやあ!!」

「ウオオオーッ!!」

 伯爵は激しく腰を動かした。

 横で魔物の少年が笑っていた。

「あっははははは! ははははは! あー、愉快。いくら偉そうでも、心の隙をつかれると、こんなもんだよ。楽しいなあ。でも残念だな。お姉ちゃんが処女だったら、もっと楽しかったけどね」

「い……いや……」

 尊敬する人物が野獣のように自分を犯している。認めたくない事態だった。

「ははははは。でもね、お姉さんたちは殺さないよ。今日はもう、二人分も生気を吸ったから、おなかいっぱい。また別の日に来てほしいな。じゃあね」

 魔物の少年は天井板の隙間から出て行った。

 ウィリアの上で、伯爵が腰を動かしている。

 ウィリアは周囲を見た。押し倒されたときに剣を床に落とした。手を伸ばせば届く。いまの混乱している伯爵なら、剣で突き刺すことは容易そうだった。

 しかし、そんなことはできない。

 ウィリアは思った。この行為には、必ず終わりが来る。その時に正気に戻ってくれるかもしれない。目を閉じて、終わりの来るのを待った。




 野獣のような咆吼を上げ、伯爵は果てた。

「ハア……ハア……」

 少しの間、大きく息をする。そして顔を上げた。

「む……? どうした……? あの魔物は……?」

「よかった……。正気にもどってくれたのですね……」

 ウィリアはほっとした顔をした。安心した眼から、涙がわずかにこぼれた。

「ん? ウィリア君……」

 伯爵は目の前のウィリアを見た。そして、自分とウィリアの体が結合していることを知った。

「!」

 慌てて飛び退いた。

「わ……私は、なんという事を……!」

 ウィリアは体を起こして言った。

「あの魔物は、人を混乱におとしいれる力があるようです。シシアス様は理性を失っていました。今の準備では勝てません。いったん退却すべきです」

「う……うむ……」

 伯爵はひきつった顔をしたまま、鎧を正そうと立ち上がった。

「うっ……」

 立ち上がれず、座り込んでしまった。

「シシアス様! どうしました!?」

 ウィリアは思わず走り寄った。

「な……なんでもない。筋肉が痛むだけだ……」

 さきほど発揮したものすごい力が、体に無理を与えていたらしい。

 ウィリアは伯爵の体に手をかけて支えようとした。伯爵はその手を振り払った。

「……ウ、ウィリア君、君は自分の鎧を直しなさい」

「あっ……はい……」

 ちぎれた革紐を結び直し、二人ともなんとか鎧と身なりを整えた。

 部屋から出る。廊下にテオたちがいた。

「あ、シシアス様、地下にはいませんでした。どうもこちらに魔素が……」

「テオ、退却だ。魔物は剣を使うものではない。混乱の術を使うやつだ。一旦帰って、体勢を立て直す」

 四人は一階に戻った。入口近くに二人の戦士が待っていた。

「ゼーギュとレンツはどうした?」

「そ、それが……」




 一室の中で、ゼーギュとレンツは死んでいた。おたがいの体に剣を刺し、相打ちになっている。

「レンツさん……。ゼーギュさん……」

 あまりのことに、ウィリアは何も言えなかった。

「憎しみの心を突かれたのだろう……。悪いことをした……」

 伯爵が唇を噛んだ。

「早急に、あの魔物用に装備を整え直して、退治する」

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