14 討伐隊(2)
訓練の中で大事なものに実戦討伐があった。詰所から出て、魔物や野盗などを討伐に行く。当然真剣を使う。
数日に一回、実戦討伐がある。
ある日、シシアス伯爵がウィリアに告げた。
「ウィリア君、今夜、実戦討伐に行くぞ」
「は、はい!」
ウィリアは興奮して応えた。討伐隊に入って二週間ほど、はじめて実戦討伐のメンバーに選ばれた。
「討伐は初めてだったな?」
「はい」
「君は、人を斬ったことがあるか?」
「黒水晶の襲撃の時に、兵士を……」
「あれは、人ではない」
「では、ありません」
「それなら、今日はじめて斬ることになる。ためらわずに斬りなさい。今回の討伐対象は野盗だ。全員が死刑以上は確定だし、別の部隊が討伐した残党なので証言者を残しておく必要もない」
討伐の前に伯爵みずから説明をした。
討伐対象は盗賊団の残党。馬車襲撃などを繰り返し、何十人も殺している集団だという。先日、王国の治安部隊がアジトに突入して半数ぐらいを殺害・逮捕したが、残りは逃亡してしまった。それらが再び集まっている場所がわかったので、訓練を兼ねて討伐隊が出動することになった。
場所は、王都の郊外の廃工場。敷地が広い。数十人いる討伐隊のメンバーから、半数ほどが駆り出された。
深夜である。小部隊に別れ、郊外の廃工場に進む。
ウィリアはシシアスが率いる隊に入った。
隊の一番うしろになぜか、鎧も着ていない、マントを羽織った小太りの中年男がついてきた。ウィリアは、魔法使いかな? とも考えたが、おだやかな雰囲気で、そういう感じもしない。
廃工場の門の前に着いた。他の部隊が裏門に集結しているはずだ。
「行け!」
シシアスが号令をかけた。隊員が門に殺到する。ウィリアも遅れまいと入っていった。
いくつか建物がある。それぞれ別れて突入する。
何人か野盗を斬ったのか、悲鳴のような声がいくつか上がった。
ウィリアも建物の一つに入った。
討伐を予想していたのか、変な風に壁が増設してありわかりにくくなっている。迷路のような内部をウィリアは進んだ。
上の階に昇る。
部屋のドアを開ける。野盗が一人いた。
「うわあああ!」
そいつは大きな声を上げながらサーベルで斬りつけてきた。
ウィリアはその胴体を切った。血しぶきが飛び、男は絶命した。
「……」
はじめて人間を斬ったことになる。
さらに進む。
雑然とした部屋があった。人の姿は見えない。しかし、気配がした。隅に積んでいた材木の陰に、体を隠している野盗がいた。
「やーっ!!」
ナイフで斬りつけてきた。
ウィリアは体を翻して攻撃をかわし、ナイフを持った手を斬り落とした。二刀目で首を斬った。首のない体が床に倒れた。
「……」
黒い兵士を斬ったときとは異なる感情がわき上がってきた。この野盗たちには恐怖心があった。黒い兵士たちにはなかったものである。そこにはたしかに人間の感情があった。
彼らも、人の子として生まれ、何年も生きてきたのだ……。
そんなことをつい考えてしまったが、すぐ、いま考えるべき事ではないと思い直した。
上階の部屋に入った。行き止まりである。中に野盗がひとりいた。
「ひいい!」
野盗が壁際に体を寄せた。
ウィリアは剣を構えた。
「おねがいです! 戦士さま! どうか、斬らないでください!」
野盗は頭を床にこすりつけて、懇願してきた。
「わたしが斬らなくても、あなた達は死罪です」
「わ、わかっております。ですが、死ぬ前に、懺悔と、謝罪をして死にたいのです。協力します。なんでもいたします。どうか、どうか今は、斬らないでください!!」
彼は何度も頭を下げ、涙を流して頼んだ。
「……わかりました。ついて来なさい」
ウィリアはその男をつれて、階段を下った。
外に出る。討伐はほとんど終わっているらしい。悲鳴などはもう聞こえない。工場の片隅に、野盗の死骸がいくつかまとめられている。生きたままで縄につながれている者も数人いた。
シシアスとテオが、あたりを見回していた。
ウィリアは二人に近づいて、降服した男を見せた。
「あ、シシアス様、この男が……」
横にいたテオが剣を抜き、男の右腕を切り落とした。
「ぎゃあああ!!」
男はのたうちまわる。ウィリアは目を丸くした。
「な、何を!? その男はすでに降服しております!!」
テオは、地面に落ちた男の右腕を拾った。握っていた手から小さい千枚通しのようなものが転がった。
「! ……これは?」
「毒針です。降服して油断させ、隙を見てこれを使い、逃げる気だったのです。野盗がよくやる手ですよ」
ウィリアはじっと毒針を見た。
横にいた伯爵が言った。
「君の父マリウスは、優しい男だった。君も、優しく育てられたのだろう」
「……」
「だが、戦士となった以上、甘さは許されない。戦いの場ではすべてが悪意だと思え。さもなければ、みずからの命だけではなく、味方まで危うくすることになる。わかったか」
「……はい。申し訳ありません」
ウィリアは二人に頭を下げた。
わずかに東の方が明るくなってきた。
工場の門近くに、討伐に参加した隊員が集まってきた。死んだ者はいないようだ。だが怪我をした者が何人かいた。
さきほど、隊の最後にいた小太りの男がいた。
テオが隊員たちに呼びかけた。
「怪我した者は、クルムスさんの前に並んでください」
小太りの男はクルムスというらしい。前に数人が並んだ。
「腕を切られました……痛い……」
先頭の隊員が右腕を出した。切られている。けっこう深い傷のようだ。
小太りの男は隊員の腕をつかんだ。
「これは大変でしたな。少しお待ちなさい……」
隊員の傷口の前に、手をかざす。その手から弱い光が発せられた。次の瞬間、傷は治って、その跡さえも無くなっていた。
ウィリアはその光景を見て気付いた。
「あ! あの人は治癒師さんだ!」
治癒師、すなわち人を治癒する魔法を使う者である。魔法であるため、医者よりも早く完全に治療することができる。能力の高い治癒師は死んだ人間を生き返らせることもできるという。
しかし特殊技能であるため、人材は限られている。冒険者のパーティーに治癒師がいるのといないのとでは、できることに大きな差が出るが、有能な治癒師は王国や領国の軍隊に雇われているので、一般に目にすることはほとんどない。
「治癒術を見るのは初めてかね?」
熱心に見ていたウィリアに伯爵が声をかけた。
「わたしのケガで一、二回お世話になったことはあります。ただ、ゼナガルドは魔法系の人材が少なくて、治癒師も特殊部隊にいるくらいで……」
「クルムス氏は、ピエト教団出身の優秀な治癒師でな。死者の蘇生もできるし、神聖魔法の使い手でもある」
「そうですか……。もし、あの日、優秀な治癒師が城にいたら、お父さまも助かったかも……」
「実は、いた」
「え?」
「君の父が、王都から何十人かを連れてきただろう。あの中に二人ほど、優秀な治癒師が含まれていた」
「えっ……。では、なぜ……」
「殺戮を目的とする者は、真っ先に治癒師を狙う。最近ゼナガルドから提出された詳細な報告書によると、かなり最初の段階で治癒師がやられたそうだ」
「……そうですか……」
ウィリアはクルムス氏を見た。
「では、あの方も、黒水晶との戦いになれば、危険なのではありませんか?」
「その通り。その時には、なんとしても守らなければならない」
伯爵は厳しい目で、治癒処理を行っているクルムス氏を見た。
「……そして、治癒術だけではない。黒水晶攻略の鍵が、クルムス氏なのだ」
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