13 討伐隊(1)

 ウィリアは黒水晶討伐隊に入った。

 古い大型倉庫が詰所だった。地下に練習場がある。宿舎も同じ建物の中で、戦士たちは数人ごとに一つの寝室で寝ている。

 世話係の男がウィリアを個室に案内した。

「この部屋を使ってください。鍵をどうぞ」

 ウィリアは首を振った。

「特別扱いは望みません。みなさんと一緒に、集団で過ごさせてください」

 ウィリアはそう言ったが、世話係は断った。

「いや、あなたは気にしないかもしれませんが、戦士たちが気にします。あなたみたいな若い女性が同じ部屋にいたら、気になって気になって、眠るどころじゃないですよ。おねがいですから個室で寝てください」

「あ、そういうものなんですか?」

「そういうものです」




 討伐隊に入ったウィリアは修行をやりなおした。

 ゼナガルド城では上位のウィリアだったが、精鋭揃いのこの隊では底辺からのスタートである。

 他の戦士たちに頼み、立ち合い稽古を重ねる。勝てる時もあるが、全体的に分が悪かった。入隊試験で戦った若い戦士レンツとは、勝ったり負けたりでほぼ互角だった。

 顔に向こう傷のある男はゼーギュと言った。傭兵出身者で、柄が悪かった。傭兵というのは平均してあまり柄が良くないものであるが、この男は柄が悪い上に性格も悪く、別の傭兵出身者も含めてほぼ全員に嫌われていた。

 ウィリアはこの男とも立ち合ってみた。

 剣の腕はそこそこ強い。しかし、汚い戦い方をしてくる。足が飛んできたり、肘で突いてきたりする。

 それはまだいいとしても、剣で、ウィリアの胸のあたりとか股間のあたりとかを執拗に狙ってくる。あまりにいやらしいので体が引けて、その隙に一本取られてしまった。

「ゼーギュさん! あまり、変なところを狙わないでください!」

「ほう。じゃなんだ? 姉ちゃん、あんたは襲ってきた敵に、変なところを狙わないでくださいと、いちいち頼むのか?」

「……」

「練習になりました、ぐらい言ってほしいもんだね」

「……練習になりました。ありがとうございます」




 若い戦士レンツはこのゼーギュにカモにされていた。立ち合っては、足技などに調子を狂わされ、負けて殴られる。

「ヘッ。相変わらず弱いな」

「……」

 床に倒されたレンツはゼーギュを睨んだが、ゼーギュは気にとめず別のカモを探しに行った。

「レンツさん、大丈夫ですか?」

 ウィリアが心配になって声をかけた。

「くそう……汚い手ばかり使って……あれがなければ……」

 その時、隊長のシシアス伯爵が入ってきた。隊長ではあるが、ソルティア領国の領主であり、王国でも重責を担っているので、いつもいるわけではない。

「ウィリア君、訓練は進んでいるか?」

「はい。立ち合いを中心に練習しております。なかなか勝てませんが、自分の弱点がわかって勉強になります」

 そこにいたレンツが伯爵に言った。

「隊長、ゼーギュが立ち合いで汚い手ばっかり使うんです」

「汚い手とは?」

「股間を狙ってきたり、足が飛んできたり……。足技なんて使ったら、剣術学園だったら反省文を書かせられるじゃないですか。やつはそんなのばかりなんです。やめるように言ってくれませんか?」

「……ゼーギュを呼んでくれ」

 呼ばれてゼーギュがしぶしぶ現れた。小言を言われると思って、おどおどした顔だった。

「……なんですか? 隊長」

「いや、君と一回、立ち合いたいと思ってな」

「え? 隊長とですか? 勘弁してくださいよ。勝てるわけないですよ」

「どんな手を使ってもかまわない。本気でかかってきてくれ。一本でも私に剣が入ったら五百ギーンをやろう。それでどうだ?」

「え? 五百ギーン? わかりました。やります」

 伯爵とゼーギュは剣を持って試合場に立った。

「来なさい」

 ゼーギュが剣を構えて、わずかに寄った。伯爵のまわりを時計回りに横に動く。なかなか手を出さない。

 伯爵の方が剣を振った。ゼーギュは剣で受け止める。

 軽い打ち合いが何回か続いた。

 ゼーギュは足を飛ばして、伯爵の足を払おうとした。

 だが伯爵はそれを見越していて、左手でゼーギュの足をつかんだ。それを持ち上げる。床に倒れた。

 鼻先に剣を向ける。勝負が決まった。

 ゼーギュは立ち上がると、さっとお辞儀をして、別の部屋へ去って行った。

 伯爵がそこにいたレンツに言う。

「敵は、どんな動きをするかわからない。足技をやめろと言っても、やめてくれる筈がなかろう。足技が有効な場面だったら、私も使う。だが、足と剣では、どちらが攻撃として強力か? 言うまでもなく、剣である」

「……」

「それに足技は今のように、体幹を崩して自滅する危険性がある。そのような理由で初学者には邪道と教えているのだ。足技をするなとは教えても、対処をしなくていいわけではない。悔しければ、足技など気にならないくらい強くなりなさい」

「……申し訳ありません。思い違いをしておりました。ご教示ありがとうございます」

 レンツは恥じ入って頭を下げた。

 ウィリアはそのやりとりを見ていて、なるほど、あのような人材も必要なのだな、と思った。




 立ち合いの稽古ばかりではなく、居合の稽古も行った。

 ゼナガルド城でもやったように、丸太を固定しないで台の上に立て、それを横方向に斬る。

 一回目はたいてい成功する。だが二回目に逆から振り回したときに、たまに成功するものの、だいたい失敗してしまうのである。

 剣を振って丸太を斬る。斬れる。折り返して振る。斬れずに丸太に挟まる。

「うう……」

 なかなかうまくいかなかった。

「苦労しているようですね」

 背後から声がした。

 討伐隊の隊員、テオがいた。長身の戦士である。他の隊員と比べても頭一つぐらい高かった。背は高いが太くはなく、純朴そうで、おだやかな顔をしている。まだ若く二十代前半ぐらいだが、強さの順位では一番上になっていた。

「あ……テオさん」

「二刀目が斬れないんですね。たしかにそこは壁です」

「そうなんです。すみませんが、お手本を見せていただけませんか?」

「やってみましょうか」

 テオが丸太を前にした。

 目にもとまらぬ早さで、剣が左右に振れた。

 たちまち丸太がいくつにも別れた。六枚の断片。一瞬のうちに五回斬ったことになる。

「すごい……」

「まあこれが実戦で必要になることはありませんが、剣さばきの練習としては大事ですね」

 テオの見ている前でもう一回ウィリアがやってみる。一刀目は斬れる。やっぱり二刀目は斬れなかった。

「だめです……」

「一回斬れるだけでも大したものなので、落胆する必要はありません。ただ、もしかしたら、持ち方が硬いのかもしれませんね」

「硬い?」

「角度の問題です。一刀目を振る前には、刃の角度を調整することは容易です。しかし二刀目以降は難しい。そこで、剣を柔らかく持って、角度の調整を剣に委ねるのです」

「力を抜くということですか?」

「力は抜きません。力を入れながら、柔軟に持つのです。ちょっと、いつものように握ってみてください」

 ウィリアは剣を握ってみた。

 テオはその手を持って、力の入り具合を見た。

「硬いですね。もう少し柄(つか)を柔らかく持ってください」

「は、はい」

 男性に手を触られるのは、ウィリアにはあまり経験のないことであり、少しどきりとした。

「そう。少し柔らかく持ったところで、その上で剣に力を入れます。自分の手で斬るのではなく、剣に力をたくす感じです」

 ウィリアはやってみた。いつもと勝手が違うので、一刀目もなかなか斬れない。だが何度かやっているうち、感触がつかめてきた。一刀目は斬れるようになる。しばらくの練習のあと、二刀目も成功した。

「斬れました!!」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます。テオさんのおかげです!」

 そこに隊長のシシアス伯爵が通りかかった。

「頑張っているな」

「あ、シシアス様、居合の練習が進みました。テオさんのおかげです」

「そうか」

 伯爵はテオを見た。テオは軽く頭を下げた。

「彼は王城親衛隊にいたんだ。剣術学園の闘技会では二回も優勝した俊英だ」

 シシアスの称揚に、テオは頭を下げながら返した。

「いえ、大したことはありません。三回優勝した人もいます」

 テオがそう言うと、なぜか伯爵は眉をひそめた。

「?」

 ウィリアには理由がわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る