討伐隊

12 王都路地裏

 領国を捨てた女剣士ウィリアは、いまだ王都にいた。

 仇である黒水晶の剣士についての情報を探している。有力なものは得られていない。

 最近は、日のあるうちは王都の近郊で魔物狩りをして鍛錬し、夜は酒場などを巡って情報を集めている。

 今夜もウィリアはいくつかの酒場を訪ねたが、収穫はなかった。

 人通りの多いところに出ると、ゼナガルド領国の関係者に見つかる可能性がある。移動するときはなるべく路地裏を通っている。狭く暗い道にウィリアの足音が響いた。

 別の足音がした。ウィリアは足を止めた。

 前方の路地の出口に、鎧を着た戦士がいた。足音と鎧の音を立てて、ゆっくりこちらに向かってくる。

 艶消しの白銀色の鎧だった。気品のある意匠である。しかし、戦士は、殺気のようなものを発していた。ウィリアは確かにそれを感じた。

 ウィリアは振り返って逃げ出した。あれは黒水晶ではない。しかし、感じる気配から、自分を探しに来たゼナガルドの兵士とも思えなかった。少なくとも友好的な存在ではない。逃げるべきだと思った。

 だが、少し走った先にも、鎧を着た戦士がいた。今度は四人いた。狭い路地に並んで道をふさいでいる。走っていたウィリアは急に止まった。

 白銀の戦士も、四人組の戦士も、ゆっくりとだが近づいてくる。

 ウィリアは四人組の戦士を見た。どれも強そうだ。

 白銀の戦士を見た。姿が堂々としている。四人の戦士よりもさらに強そうな雰囲気を感じた。

 とはいえ、四人を相手にするのは無理である。いくら強かろうと、白銀の戦士を突破するしかない。

 ウィリアは白銀の戦士に向き直って剣を抜いた。白銀の戦士も抜いた。

 わずかの間、にらみ合う。

 ウィリアが白銀の戦士に突進した。

 二つの剣が合った。

 白銀の戦士の剣は重い。一瞬、ウィリアの手がしびれて、剣を落としそうになった。

 一歩引いて、ふたたび突進する。今度は剣を交えずに横を抜けようとした。だが戦士の動きは速い。抜けることはできず、また剣ではじかれた。

 もはや戦うほかはない。

「やーっ!!」

 ウィリアは気合とともに、鎧の隙間を狙って白銀の戦士を斬ろうとした。だが戦士の剣がそれを防いだ。

 戦士が剣を振る。ウィリアは剣で受ける。軽く振っている感じなのに、衝撃は強かった。ウィリアはよろめいて、もう少しで倒れるところだった。

 戦士を狙って何度も剣を振る。だが戦士は落ち着いたまま、ウィリアの剣を受け、かわした。

(強い……)

 さきほど感じた印象はまちがっていなかった。ウィリアの剣を受けて、あきらかに余裕があった。

 戦士はウィリアの腕を打った。

 手加減をしていたようだが、衝撃は鎧を通過し、筋肉が悲鳴を上げた。ウィリアの体がよろけた。

 再度、戦士はウィリアを打った。今度は胴体だった。ウィリアは仰向きに倒れた。

 戦士はウィリアの体をまたぎ、喉元に剣をつきつけた。背後にいた四人の兵士たちもそのまわりに集まった。ウィリアは、少し前にこのような光景を見たなと思った。

 声を振りしぼって言った。

「殺せ……殺せぇっ!!」

 戦士は、ウィリアに剣をつきつけたまま言った。

「負けたから、殺せか。ずいぶん安い命だな」

 その声は意外に穏やかだった。

「……」

「君は、我々が何者かわかっているのか?」

「……黒水晶の手の者か?」

「それぐらいしか思いつかぬか? だいぶ、世間知らずのようだ」

 ウィリアは倒れたまま戦士を睨みつけた。

 白銀の戦士は、生徒に対する先生のような口調で言った。

「君は領国を捨てたつもりだろうが、領国は君をあきらめていない。必死になって探しているぞ。君の命と引き換えと言えば、かなりの額を出すだろうな」

 ウィリアは戦士の言葉にはっとした。

「また、平民の中には、貴族に対して歪んだ感情を抱いているものがいる。君みたいな若い女性なら、大金で買う者もいるだろう」

「……では、わたしをどうするのだ? 誘拐するのか? 売るのか?」

「どちらでもない……」

 白銀の剣士は剣を鞘に収め、兜を脱いでみせた。四十代ぐらいで、髪は銀髪、口髭をたくわえた、精悍で品のある顔だった。

「鎧を着て君と会うのは初めてだな」

「え……?」

 ウィリアは記憶を探した。たしかにこの顔を知っている。

「……あ! シシアス伯爵ですか!?」

「そうだ」

 ウィリアの父マリウスの親友、シシアス伯爵であった。ときどき首都屋敷に来て、父と歓談していた。ウィリアも何回も話をしている。父と同様に剣術の達人で、剣についていろいろ質問をしたことがあった。

「気がつかなかっただろうが、君が王城の会議室に来たとき、末席に私もいた。その後、君が出奔したという話を聞いてな、領国とは別に王国でも調査をしていた。黒水晶のことを調べている女剣士がいるとの情報が入ったよ。張り込んでいると、やはり君だった」

 ウィリアは地面に倒れたまま、不安な眼で伯爵を見た。

「それで……わたしを領国に戻すのですか?」

「君みたいな跳ねっ返りは、戻してもまた出奔するだろう。それも困る。ウィリア君、ついて来なさい」

「……?」




 シシアス伯爵と四人の戦士に囲まれて、ウィリアは王都の一角に連れてこられた。

 大きな建物がある。倉庫のようだが、使われているような雰囲気はなく、だいぶさびれている。

 一行は鍵を開けて、その倉庫に入った。

 降りる階段がある。降りた先に扉がある。戦士が扉を開けた。

 男たちの気合を入れる声がした。何十人もの戦士が、剣を持ってそれぞれ訓練していた。

 ウィリアは目を大きく開いた。

「これは!?」

「わたしの監督する部隊だ。様々な所から腕利きを集めている」

 一部の戦士が、入ってきたシシアスとウィリアを見た。顔に向こう傷のある戦士が品のない声で言った。

「お。女騎士か! さすが、隊長は気が利いてらっしゃる!」

 シシアスはウィリアに言った。

「まあ、様々な者がいる……。そして、隊の目的は、君と同じだ」

 同じ目的、つまり、黒水晶の剣士の討伐ということだ。ウィリアは思わず興奮した。

「ここに、わたしを加えていただけるのですか?」

「……この部隊に要求される水準は高い。ただ入れるわけにはいかない」

 シシアスは訓練場の中に歩み行って、一人の戦士に声をかけた。

「おい、レンツ」

「はい!」

 まだ若い、少年に近い年齢の戦士が顔を上げた。

「彼女と試合をしてくれ」

「わかりました」

 白線で区切られた試合場がある。レンツと呼ばれた戦士はその中に入った。

 シシアスがウィリアに言った。

「入隊試験だ。彼と戦いなさい」

「はい!」

 ウィリアは気合を入れて返事をした。

「そして、負ければ、任務を遂行する水準に達していないということだ。あきらめて領国へ戻りなさい」

「えっ……」

「でなければ入隊は認めない。約束できるかね?」

「……は、はい!」




 ウィリアと若い戦士は、練習用の剣を持って、白線の中で向き合った。

「始め」

 シシアスが号令をかけた。

 最初に突進してきたのは若い戦士だった。

 ガキッ!

 剣がぶつかる。

 若い戦士の剣は重かった。ゼナガルドの兵士の中では、ベテランの手練れぐらいしかない重さをウィリアは感じた。

 休まずに剣を振ってくる。ウィリアが後退した。

 このままでは負ける。

 ウィリアは守る剣で、相手の剣をすばやく二回叩いた。不利なリズムが中断され、体勢を立て直した。

 ウィリアは立て続けに何度も打った。男性兵士より体格が劣るウィリアにとって頼むものはスピードである。体格差を覆すために編み出した連続打だった。若い兵士が後退した。

 とうとう若い戦士の足が白線から出た。ウィリアはそこで打撃を止めた。

 しかし、相手はまた斬りつけてきた。咄嗟にウィリアは剣で受けた。

「か、勝ちました!」

 横で見ていたシシアスが言った。

「ここでは実戦形式だ。勝負は『真剣なら殺している』か、『殺せる状態になる』までだ。まだ終わっていない。続けなさい」

「……」

 打ち合いが続く。試合場の中央まで押し戻された。

 ウィリアは体をすばやく入れ替え、相手の胴や肩を何回か打った。しかし鎧の上からでは致命傷になる打撃ではない。

 若い戦士の体捌きは巧みだった。このままでは勝てない。

 ウィリアは一瞬、動きを止めた。

 その瞬間を逃さず、相手の剣が飛んできた。ウィリアの鎧の胴にまともに当たった。鎧の上からでも衝撃は大きく、全身がしびれるほどの苦痛を感じた。

 若い戦士は手応えを感じた表情をした。

 しかしウィリアは倒れなかった。負ければ討伐隊に入れない。苦痛をこらえ、相手が勝ったと思った隙を狙った。渾身の一撃を振るい、逆に相手に打撃を与えた。

 よろめいたところに、連続打を与える。若い戦士は倒れた。その上に馬乗りになって、眉間に剣先を向けた。

「……わたしの勝ちです……」

 苦しい息で言った。

 横で見ていた、向こう傷のある戦士がつまらなさそうな顔をして言った。

「なんでえ。ガチの女騎士かよ……」

 シシアスが言った。

「いいだろう。入隊を許可する」

 ウィリアは息も絶え絶えだった。さっきの衝撃で口にまで胃酸が登ってきた。若い兵士は悔しそうな顔でウィリアを見ていた。

 シシアスがウィリアに声をかけた

「よくやった」

「あ……ありがとうございます」

「だがな、いま相手をしたレンツは、この隊の中ではもっとも格下の者だ」

「………………」

「正直に言えば、君が負けることを期待していた。だが君は勝った。こうなった以上、君は部隊の一員だ。特別扱いはしない。決戦の日に向け、厳しく鍛える。いいな?」

「はい!」

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