王都にて
7 王都歓楽街(1)
王都エンティの歓楽街地区。酒場が
日が落ち、暗くなると、それぞれの店が灯りをともす。通りには人出がだんだん増えていく。
古びた酒場があった。主人は店の中で客を待っていた。
ドアが開く。女性が入って来た。
「いらっしゃい……」
姿を見ると女剣士である。大きめで灰色のマントを羽織っている。その下からわずかに見える鎧は銀色で、上等な品のようである。
まだ若い。顔立ちは幼く見えるが、表情は硬かった。目つきは鋭く、口は一文字に結ばれている。
女剣士は会釈をして、主人に言った。
「ぶしつけながらお尋ねします。黒水晶の剣士について知りませんか」
「黒水晶……ですか」
酒場の主人は困惑しながら答えた。
「噂は聞いています。あちこちで狼藉を働いているとか。ただ、詳しいことは知りません。何でも、その話をすると王国からお叱りを受けるとか。言えることは特にないですね……」
「そうですか。お邪魔をしました」
女剣士はチップだけを置いて、酒場を後にした。
ゼナガルド領主の娘、ウィリア・フォルティスは城を出奔した。向かった先は王都であった。もっとも情報が集まりやすい場所である。
昼間に出歩くと、領国の関係者に見つかるおそれがある。安宿を借りて、夜に街に出て行き、情報を集めていた。
情報を集めると言っても、あてがあるわけではない。歓楽街へ出て、いろいろな人に聞いて回るのみである。地道な方法であるが、歓楽街の酒場には旅人や冒険者が集まっている。貴重な情報が得られる可能性がないわけではなかった。
今夜も情報を求めて、ウィリアは路地裏を歩いていた。
二人の大柄な男が反対側から歩いてきた。すれ違おうとしたが、男たちはウィリアの前に立ちふさがった。
「なあ、女騎士さま、俺たちと遊ばないか?」
一人が下卑た顔をして言った。
「そんな暇はありません。御免」
ウィリアは通り過ぎようとした。男はウィリアの腕をつかんだ。
「そんなこと言わずに、楽しもうや」
ウィリアは、つかまれた腕をつかみかえし、男の体を崩して仰向きに地面にたたきつけた。剣を抜き、鼻先につきつけた。
「腰の剣は伊達ではありません。無礼も大概にしなさい」
「ひ、ひええ、ごめんなさい。まさか、本物の女騎士さまとは思わなくて……」
倒れた男ももう一人の男もガクガク震えている。
ウィリアは聞いた。
「……本物とは思わないというと、偽物がいるのですか?」
「は、はい。女騎士娼婦がときどき……」
「女騎士が娼婦に?」
「もちろん偽物です」
「なぜ、娼婦が女騎士の偽物に?」
「そういう趣味があるんです」
「?」
ウィリアにはあまり理解できない事情だった。とはいえ、理解しなくてもあまり問題がないと判断して、男二人を残してその場を去った。
ウィリアは酒場に入った。主人が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。何にしましょう」
「いえ、飲物はいりません。この店に、情報屋の方がいると聞きました」
主人は真顔になった。
「こちらです」
案内されたのは、奥の方の個室だった。主人がノックをした。
「お客さんだよ」
中から声が帰ってきた。
「どうぞ」
ウィリアは中に入った。初老の小柄な男がいた。
「あなたが情報屋の方ですか?」
「そうだ。何が聞きたい?」
「黒水晶の剣士について」
「黒水晶か……。あまりたいした情報はないな……。あちこちで襲撃事件を起こしてるらしいな。最近ではなんでも、ゼナガルドのフォルティス様がやられたとか……」
ウィリアの眉がぴくりと動いたが、情報屋はかまわず続けた。
「ひと月に数回の割合で、王国のどこかで襲撃事件を起こしている。そのたびに何人も殺されている。いわゆる『黒水晶の剣士』は襲撃事件でかならず見られるわけではないが、手口が同じなので、事件の首謀者だろうと見なされている。
襲ってくる兵たちが、人間とも魔物ともつかない不気味な連中ばかりだそうだ。ただ、事件ごとに違いがあって、ある事件では猪首ででっぷり太った兵士ばかりだったのに、別の事件では背が高くて首が妙に長いやつばかりだったとか。いろいろだ。
そして、しばしば、黒水晶の剣士は、女を犯すらしい。
犯された女は、ほぼ例外なく妊娠するそうだ。堕胎したら報復すると脅しているため、出産に至ったのがすでに十人ぐらいいるとか……」
「……」
「ま、知っているのはこんなところかな」
「そう……。邪魔をしました」
どれもこれも、すでに噂で聞いたような事ばかりであった。ウィリアは帰ろうとした。
「おいおい、タダで帰っちゃ困るよ」
ウィリアは振り返った。
「今のも情報のうちですか?」
「まあ、たいした情報でもないがな、情報屋としては無料でというわけにはいかねえんだ。二十ギーンでいいよ」
ウィリアは巾着から金を出した。
「ありがとござい」
「……新しい事がわかったら知らせてください。特に、居場所とか……」
「へい」
ウィリアは妊娠しなかった。
もっとも恐れていたことだったが、月が
ただ、噂では、黒水晶に犯された女は例外なく妊娠するという。それで自分だけが妊娠しないことに関しては、別の不安が湧いてくるのだが、とりあえずそっちの方は考えないことにした。
出奔する時、装身具をいくつか持ち出してきた。それを売るとかなりの金額になったので、生活費や捜索のための金はしばらく心配がない。
ウィリアは左手の中指と小指に指輪をはめている。母からもらったものである。母はさらにその母から渡されたという。これはさすがに売る気にはならなかった。もっとも、銀製で小さな宝石が乗っている程度のもので、売ってもたいした金額にはなりそうになかった。
金になりそうな装身具は売ったが、ウィリアには手に入れなければならない装身具があった。
明るい通りを外れ、暗い路地のさらに奥、人目につかない隙間に入っていく。隙間を抜けると、古ぼけた扉の店があった。隙間からわずかに灯火が漏れている。その扉を開けた。
「失礼します」
ランプの灯りの中で、店主が金工用の
「おや……お客さんですか」
「ここは魔法用具店ですね?」
「さようです。御用はなんで?」
「マヒ除けのアクセサリーが欲しいのです」
「マヒ除け……ですか」
店主は難しい顔をした。
「あれは需要が多い。少し前まで二つほどあったのですが、買われてしまいました。材料もありません」
「いつごろ手に入りますか?」
「それはこちらでもわかりません。材料が、魔物の一部です。冒険者が持ってきたのを買い取っているので、一年ぐらい入荷がない時もあります」
「追っている仇が、マヒの術を使う者です。どうしてもマヒ除けが必要なのです。その材料というのは何ですか? 取って来ます」
「この辺だと、南の洞窟にいる奴ですが……お仲間はいますか?」
「仲間?」
「一緒に洞窟に入る仲間です」
「いえ、いません」
「そうですか……一人ではちょっと無理ですね」
「傭兵を雇えばいいですか?」
店主は首を振った。
「力づくで行けるものなら傭兵でもいいですけどね。洞窟といってもただの洞窟ではなく、魔物が棲む洞窟です。ちょっと知能のある魔物が、落とし穴などのトラップを作ってたりします。普通の傭兵や剣士だけでは、どれほど強いメンバーでも対処できません。死にに行くようなものです」
「では、どうすれば……」
「洞窟攻略は、
「お知り合いはいませんか? よろしければ、紹介してくださいませんでしょうか」
「そう言われてもね、盗賊ってのはなにしろ盗賊ですから、たいていお尋ね者でしてね。紹介するわけには……」
「お願いします。どうしても手に入れなければならないのです」
「お客さん、秘密は守れますか?」
「はい!」
ウィリアは真剣な眼をして答えた。
店主は、引き出しから眼鏡を取り出し、かけた。普通の眼鏡のまわりに金細工で呪文のような文字列がとりつけられている奇妙な眼鏡だった。それをかけたまま、ウィリアの顔をじっと見た。
「なるほど。あなたは嘘をつく人ではないようだ。いいでしょう。腕利きの盗賊を紹介しましょう」
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