5 王城会議室

 リラン大陸にはいくつか国がある。最大のものはエンティス王国であり、大陸の三分の二ほどを支配している。エンティス王国は封建制で、ゼナガルドやソルティアなどの領国を含んでいる。領国はそれぞれの領主が治めている。

 王都はエンティ。都の北側には王城があり、国王ディド五世が座している。長い間国を治め、歳は七十近くになっている。

 その夜、国王は、王城の奥深くにある会議室にいた。十数人の臣下もいる。国王は沈痛な表情で、口元の白い髭に手を当てていた。

 臣下のひとりがつぶやいた。

「恐れていたことが……」

 誰もが沈痛で不安な顔をしていた。

 ゼナガルドへの襲撃があったのが三日前。領主であり、国軍の中将も務めるフォルティス伯爵が殺されたとの知らせが届いた。会議室に呼ばれたのは関係する重臣と、王都にいた有力領主であった。

 進行役の大臣が口を開いた。

「では、会議を始めたいと……」

 そのとき、閉められていた会議室の扉を叩く音がした。

「恐れながら申し上げます」

 大臣がドアを開けた。兵士がいた。

「何だ。会議室に近づくなと言っているだろう」

「それが……フォルティス伯爵の御令嬢、ウィリア様がいらっしゃいまして、今回の件で陛下に報告をしたいとの事です」

 会議室にいた臣下たちはざわついた。

「伯爵の娘が?」

「事件があったのが三日前だろう? あそこからは馬車でも五日ほどかかるはずだ」

「飛龍にでも乗ったか?」

「いや、貴族を飛龍に乗せるのは禁止されている」

 大臣が兵士に言った。

「本物か?」

「ゼナガルド王都屋敷の者にも確認しました。まちがいありません」

 大臣は国王の方を見た。国王は言った。

「呼びなさい。話を聞きたい」

「はっ」

 少し経って、ふたたび兵士が会議室の扉を叩いた。

「フォルティス伯爵の御令嬢、ウィリア様です」

 扉が開いた。二人の兵士に挟まれ、銀色の鎧を着たウィリアが入ってきた。

 そこにいた臣下は息を呑んだ。ウィリアの表情が、あまりにも怒りに満ちていたからだ。ほほえんでいれば美しく愛らしいと言われるであろう若い娘が、鬼のような顔をしている。人間はここまで怒れるものなのか。

 ウィリアは会議室の中央でひざまづき、言った。

「マリウス・フォルティスの娘、ウィリアでございます。今回の事件について、陛下にご報告に参りました」

 国王は言った。

「よく来た。このたびのことは残念であった。して、どうやってここまで来た?」

「父を棺に納めたあと、宿駅の馬を乗り継ぎ、休まずに駆けました」

「それは大義であった。では、辛いことであろうが、事件の説明をしてほしい」

「はい」

 ウィリアは三日前の惨劇の様子を話した。兵士や使用人、王都から連れてきた人員など、多数の犠牲が出たことを報告した。

「……襲撃者の大多数を占めていたのは、黒い革鎧を着た兵士たちでした。こららはそれほど強くはありませんでした。しかし、数が多く、また命を落とすことを恐れずに向かってきたため、多くが犠牲になりました。。

 中に一人、それらとは違う者がいました。黒鉄の鎧を着込み、顔を黒水晶の面頬で覆っていました」

 黒水晶の面頬、という言葉が出たとたん、なぜか会議室のなかの空気が、より緊張したものに変わった。

「わが父マリウスは、わたしの目の前で、奴に殺されました。

 わたしも戦いましたが、相手になりませんでした。大人と子供以上の差がありました」

 ウィリアはすこし言葉を句切って、はっきり言った。

「そして、わたしは、奴に犯されました」

 会議室の中が凍り付いた。

 若い娘が、男に犯されたと明言した。その覚悟の程度、怒りの程度が伝わってくる。

 だが、純潔を失ったことを貴族の娘が明言するのは異例だった。たとえ周知の事実だとしても、おおやけの場で言うかどうかで話が違ってくる。この言葉で、結婚市場における彼女の価値が大きく下がるのは必至である。そんなこと言わなければいいのに……そこにいる誰もがそう思った。

 ウィリアは話を続けた。

「わたしを犯したあと、黒水晶の剣士と、革鎧の兵士は去って行きました。なんらかの魔術を使ったのか、革鎧の兵士の死体はすべて消え去っていました。

 ……これが先日、起きたことでございます」

「よく語ってくれた」

「……陛下、お願いがございます」

「何だ?」

「ここに来る途中、あの黒水晶の剣士は王国の各地で襲撃事件を起こしているとのことを聞きました。奴を倒すための討伐隊を組織して、その末席に、どうか、わたしを加えていただきたいのです」

 ウィリアの願いに、国王は困った顔をした。

「そなたは公女として、ゼナガルドを継ぐべき身。一兵として戦うような立場ではない」

 ウィリアは国王をまっすぐ見て言った。

「わたしは奴に、純潔を奪われました。本来なら、恥を知る者として死ぬべきでした。こうやって生き恥をさらしているのは、奴を殺すためです。そのために役に立つならば、この命、惜しくはありません。どうかお願いいたします」

「……」

「討伐隊に加えていただければ、何でもいたします。はしための仕事でも、おとりの役でも、何でも! お願いです。わたしを加えてください!」

 すると国王は、意外なことを言った。

「討伐隊は、出さぬ」

 ウィリアは眼を見開いた。

「……なぜ…………」

「各地で被害が出ているのは事実だが、敵の正体が、いまだわかっておらぬ。正体や居場所がわからぬ状態では、討伐隊は出せぬ」

「……そんな……。その間にも、犠牲が……」

「王国としても、等閑視しているわけではない。情報の収集に努めている。現時点では出せないということだ。マリウスの娘ウィリアよ、自国に帰り、連絡を待ちなさい。本日は、報告ご苦労であった」

「ですが……陛下……」

 ウィリアの横にいた兵士が言った。

「ウィリア様、どうか、御退室ねがいます」

 ウィリアは兵士に連れられ、下を向いたまま、会議室から退出した。

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