4 ゼナガルド城(3)

 ゼナガルド城の庭園には季節の花が咲いていた。庭師ジオは、いつものように仕事をしていた。

 木に肥料をやるため穴を掘る。先のとがったシャベルを土に刺す。足でシャベルに体重をかけ、深く差し入れる。

 その時、ジオは妙な気配を感じた。

 振り返ると、見慣れぬ兵士がいた。黒い革の鎧を着ていて、こちらを見ている。

 昨夜マリウス様が連れてきた兵士だろうか、と一瞬思ったが、すぐにそうではないと気付いた。その風体から感じる気配はあまりにも凶々しく、卑しかった。こんな者を王都から連れてくるはずがない。

 兵士がいきなり剣を抜き、ジオに斬りかかってきた。

 ジオは持っていたシャベルで剣を受け止めた。鉄がぶつかる音がした。

 兵士はもう一度斬ろうとした。ジオは兵士の腕をシャベルで叩いた。骨の折れる感触がした。兵士は剣を落とした。

 しかし兵士はまだ向かってきた。口を開き、噛みつこうとする。その歯は鋭く、人間のものとは思えなかった。目は黒く、白目がほとんどなかった。

「こいつ、何者だ!?」

 ジオは兵士にとびかかられて後に倒れた。なんとか牙の攻撃をかわす。腹を蹴って兵士をはねのけた。

 兵士はまだ向かってこようとする。

 ジオは、先のとがったシャベルを鋭く振り、兵士の首筋を斬った。血が噴出する。兵士は倒れて動かなくなった。

 一人を倒したが、庭園の所々から同じような兵士が何人も現れてきた。剣を持ってジオに近づいてくる。

 ジオは声を張り上げ、城の方向に叫んだ。

「敵襲だーっ!!」

 兵士が二人、ジオに突進してきた。ジオはシャベルで、一方の頭を割り、もう一方の腹を突き、倒した。

 だが、今度は四方から兵士が剣を構えて突っ込んできた。複数の剣がジオの体を貫いた。

「ぐ……」

 庭師ジオは、死んだ。




 ウィリアは居合の稽古をしていた。そこに、メイド長でウィリアの養育係であるマイアが通りかかり、その姿を見とがめた。

「ウィリア様! またそんな服を着て! 普段はなるべくスカートをはいてください!」

「えー? だって、剣の練習中だよ。スカートなんか着てできないよ」

「まあズボンはいいにしても、ちゃんと長いのをはいてください。そんな半ズボンで、太腿を出してはしたない」

「別に誰も見てないでしょ」

「兵士たちがいます! 男に肌を見せるものではありません!」

「これ動きやすいんだってばー」

 その時、庭園の方から、大きな声が聞こえた。

「敵襲だーっ!!」

 ウィリアとマイアは声のする方に顔を向けた。

 マイアが言った。

「あの声はジオ?」

「え? 敵襲?」

 ウィリアはちょっと混乱した。

 ここはゼナガルド領国の首都で、その城の中である。都市の境界にも、城の入口にも、厳重な警備が敷いてある。ましていまはどこの国とも戦争中ではない。いきなり城の中に敵が襲ってくるというのは、常識的にありえないように思えた。

 しかし、事実だった。

 いつの間に入ってきたのか、黒い革鎧を着た兵士が近くにいた。それは何も言わずに、剣を抜いてウィリアに襲いかかってきた。

「あ!! ウィリア様!!」

 マイアが悲鳴を上げた。

 ウィリアはとっさに、体をかわして剣を避けた。

 次の瞬間、持っていた剣で兵士を斬った。革の鎧ごと兵士の体が切断され、それは絶命した。

 斬ったウィリアもまた、衝撃を受けた。

 初めて、人を斬った。

 剣術をやっている以上、人を斬ることはあるかもしれないと思っていた。しかしそれがこのような状況でとは、想像したことがなかった。ウィリアは剣を持ったまま、小刻みに体を振るわせた。

 だがそうしてもいられない。別の兵士が現れた。今度はマイアに斬りかかってきた。

 マイアは手近にあった丸太で剣を受け止めた。兵士の剣が挟まって動けなくなった。すかさずウィリアが剣を振るい、兵士の首筋を斬って殺した。

「あ、ありがとうございます」

 マイアはウィリアに礼を言った。

「この兵士は……?」

 二人の兵士の死体を確認した。まったく見覚えのない格好である。顔は極めて異相であり、あまりにも凶々しかった。

 城の方から悲鳴が聞こえた。

「きゃーっ!!」

 城の二階あたり、メイドたちの控え室の方からだった。

 マイアは目を見開いた。

「いけない! 戦えない子が大勢いる!」

「行きましょう!」

 マイアとウィリアは城に向かった。

 ゼナガルドを治めるフォルティス家は武を重んじる家で、城の各所に武器が用意されている。マイアは壁に掛けてあった槍を取って、メイド部屋へ走った。

 途中にも黒い兵士がいた。マイアは槍で、ウィリアは剣で何人かを倒した。

 メイド部屋に入ると、十数人のメイドがいて、数人の黒い兵士がいた。メイドの何人かは武器を手にして兵士たちと戦っていた。

 マイアとウィリアが加勢に入った。少しの時間の後、黒い兵士たちはすべて倒された。

 だが、また別の兵士が入ってきた。マイアはそれを槍で貫いて、叫んだ。

「武器が使えない者はそっちの隅に固まりなさい! 使える者はそれを守って!」

 部屋の隅にメイドたちが集まり、その外側に武器が使える数人のメイドと、マイア、ウィリアが立った。

 それからも、ぽつぽつという感じで黒い兵士が部屋に入り攻撃してきた。その度にマイアやウィリアが斬って倒した。この連中に恐怖心というものはないのだろうか。何人倒されても、無表情のまま攻撃をくりかえしてくる。

 少しのあいだ、兵士の襲撃が止んだ。

 一方、城の外側では騒ぎが大きくなっていた。窓辺に近いウィリアが外を見た。すると訓練施設の庭で、父マリウスが多数の兵士と戦っているのが見えた。

「あ!! お父さま!!」

 何十人もの黒い兵士に囲まれ、マリウスは奮戦していた。

「マイア! わたしはお父さまを助けに行きます!」

 ウィリアは窓から飛び降りた。

「あっ!! お嬢様! いけません!」

 マイアはウィリアを追おうとした。しかしその時、黒い兵士が数人、部屋に攻めてきた。マイアたちはそれを撃退するので精一杯だった。




 ウィリアが飛び降りた場所から訓練施設までやや距離がある。その間にも、黒い兵士は何人もいた。ウィリアはそれを斬りながら走った。

 個々の黒い兵士はそれほど強くはない。しかし数が多い。そして恐怖心なく攻めてくる。

 どれも奇怪な容貌をしていた。黒目が多く、白目の部分が極端に少ない眼。尖って牙のようになっている歯。

「この者たち、人間か……?」

 だが確認している暇はない。立ち塞がってくる黒い兵士を斬り倒し斬り倒し、父の元へ急いだ。

 訓練施設の庭は地獄のようになっていた。

 鎧を着た兵士が何人も倒れている。おそらく王都から連れてきた人たちだ。魔法使いらしき人々も血を流して死んでいる。さらに、それらに数倍する数の、黒い兵士の死骸が散らばっている。

 その中で剣を持って戦っている者がいた。父マリウス。そして、父に対峙する剣士。

 その剣士は、いままでの黒い兵士とは違っていた。革の鎧ではなく、黒光りする金属の鎧を着込んでいる。

 マリウスは剣を構え、その剣士を睨んでいた。剣士は、マリウスに向かってゆっくりと近づいた。

「お父さま!」

 ウィリアが剣を手に駆け寄った。

 マリウスは娘に気がついた。目を開いて叫んだ。

「ウィリア!! 来るなーっ!!」

 その瞬間、剣士もウィリアの方を向いた。

 奇妙な兜だった。顔の前面を、黒水晶でできた面頬が覆っている。

 次の瞬間、剣士はマリウスに向き直ると高く跳び、ウィリアに見せつけるように剣を大きく振り下ろした。マリウスは頭から胸まで一刀で斬られた。

「お父さまぁーーっ!!」

 その死は明白だった。

 黒水晶の剣士はウィリアに向き直った。

 ウィリアは剣士に叫んだ。

「よくも、よくも父を! 父のかたき!!」

 剣を構え突進する。

 しかし、体を貫こうとした瞬間、相手はそこにいなかった。すばやく体をかわしていた。

「!」

 また踏み込む。しかし当たらない。黒水晶の剣士の体さばきはありえないほど速かった。

 もう一度踏み込む。

 剣士はウィリアの剣を叩いた。はげしい衝撃で横に弾き飛ばされた。

(強い……!)

 怒りに我を忘れていたが、突然、現在の状況を把握した。

 この剣士は、父マリウスを一撃で倒している。王国有数の剣士だった父よりも強い。すなわち、想像できないほど強い剣士だ。

 まして、相手は重装備。ウィリアは軽装。きわめて不利であった。

(負けて、殺される……!)

 ウィリアの中に恐怖心が湧いた。

 しかし、それを封じ込めた。相手の力がどうであれ、戦う以外の道はない。剣をもって起き上がり、剣士に向かった。

「やーっ!!」

 だが、その剣も弾かれて、中央から折れた。ウィリアの体はふっとび、背中から地面に叩きつけられた。

 もう一度起き上がろうとした。

 黒水晶の剣士は、左手をウィリアに向けた。その瞬間、ウィリアの体は麻痺した。思った通りに手足を動かすことができない。

(これは、妖術!?)

 麻痺の術を受けて、ウィリアは起き上がることができなかった。剣士はウィリアの体をまたいで立った。

 剣が、ウィリアの喉元に近づいた。

「た……」

 助けて、との言葉が出かかったが、ウィリアはそれを押しとどめた。

 戦いに負けた。どの道、殺される。殺される時に命乞いをするのは卑怯者のやることだ。何度も読んだ戦記物語でも、命乞いをするのはどれも卑怯者ばかりであった。フォルティス家の娘として、卑怯者として死にたくはない。

「殺せ……。命乞いはしない」

 ウィリアは剣士を下から睨んだ。黒水晶の面が、ウィリアを見た。

「ほう、いい度胸をしている」

 その声は意外に若かった。

「フォルティスの娘だな?」

「……そうだ」

 黒水晶の面頬で表情は見えないが、にやりと笑ったような気がした。

「ちょうどよい。今日の花嫁は、お前だ」

「え……? 花嫁……?」

 剣士は、ウィリアの服を剥ぎ取った。

「きゃあああ!!」




 ウィリアは裸にされ、黒水晶の剣士に犯された。

 いつの間にか数十人の黒い兵士たちが、周囲に人壁を作っている。どれもがうつろな目で、犯されているウィリアと犯している剣士を見ている。

「や……やめて!!」

 思わず声が出たが、剣士はそれを聞き入れなかった。前後に体を揺らし、ウィリアを汚し続けた。

 すぐそばに、父マリウスの亡骸がある。父の亡骸の横で、何人もが見ている前で、かたきに犯されている。痛さ、圧迫感、恥辱、悔しさで、ウィリアは気が狂いそうだった。

 剣士の動きが激しくなった。そして最後になった。

「俺の子を産め……!」

「ああっ…………!」




 麻痺の術は切れた。ウィリアは体を起こし、黒水晶の剣士に言った。

「殺せ……。ここまでの辱めを受けて、生きていようとは思わない……」

「殺す? とんでもない。お前は大事な花嫁だ。元気な子を産んでくれ」

「誰が貴様の子など産むか……!」

「言っておくが、堕胎などしたら滅ぼす。よく考えるんだな」

 黒水晶の剣士は去ろうとした。ウィリアは背後から言った。

「貴様がわたしを殺さないなら、わたしが貴様を殺す!」

 剣士はふりかえった。

「おまえには無理だ」

 ウィリアは半分に折れた剣を拾い、剣士に突進した。

 剣士は虫でも払うように剣を振った。ウィリアは再度地面に叩きつけられた。

「わかったか」

 ウィリアは剣士を睨みつけた。

「今は勝てなくても、いつの日か、貴様に勝つ! そして殺す!! ここでわたしを殺さなかったことを、後悔させる!!」

「ほう、面白い。待っているぞ。ははは……」

 黒水晶の剣士は高笑いしながら去って行った。その後を大勢の黒い兵士が続いた。

 訓練施設の庭は静かになった。

 不思議なことに、山のようにあった黒い兵士たちの死体はひとつも無くなっていた。一方、それ以外はそのままだった。

 悪夢なら醒めてくれ、とウィリアは思った。しかし醒めることはなかった。横を見ると無惨に死んだ父の亡骸があった。そして自身は、純潔を失った。

「……う……う……う…………うわあああ!!」

 涙がいつまでも流れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る