3 ゼナガルド城(2)

 ゼナガルド城では、ほとんど毎日兵士の訓練が行われている。領主の娘ウィリアも一緒に汗を流していた。

 ところがある日、練習の終わりに、教官が言った。

「重要な連絡がある。剣の練習だが、当分の間休みになる」

 兵士がすこしどよめいた。

「なぜですか?」

「マリウス様が近く王都から帰ってくるが、数十人の人員を連れてきて、それらがここを使うらしい。練習所だけではない。訓練施設全体が、しばらく立入禁止になる」

 兵士たちは意外な連絡に顔を見合わせた。

「それから、もっと重要な連絡だが、城内宿舎にいる者は二日以内に退去するように。実家に帰れる者は帰って、帰れない者は城下の宿に泊まってくれ」

 一部の兵士がえーっという声を上げた。

「何日も泊まる金なんてないですよ!」

「宿代は、領収書があれば城の方で出してくれるとのことだ」

「いや、先に払う金がない……どうしよう」

「とにかく、しばらく休みになる。だが休みの間でも、各自、訓練を怠らないように。以上」

 連絡が終わっても、兵士たちはざわざわしていた。一緒に稽古をしていたウィリアにとっても、この連絡は意外だった。

「ウィリア様、マリウス様が連れてくる人員とはどういう人ですか?」

 兵士の一人がウィリアに聞いた。

「いえ、わたしも知りません。初耳です」

「あ、ウィリア様も知らないんだ……」

 よっぽど緊急に決まったことなのか、兵士たちも知らなかったし、教官たちも詳細はわからないようだった。

 喜ぶ兵士もいるようだが、ウィリアは好きで稽古をしているので、休みになるのは残念だった。




 その三日後の夜。ウィリアは私服で、城三階のベランダに立っていた。

 日中に伝令が届いた。父がもうすぐ帰ってくるらしい。父の帰還も気になるが、何十人かを連れてくるというその人たちに興味があった。城の入口を眺められる位置で、帰りを待った。

 やがて、立派な馬車が門を入ってきた。

「お父さまだ!」

 父の乗っているであろう馬車に続いて、大きな幌馬車が何台か入ってきた。

 馬車が停まる。まず先頭の馬車から父のマリウスが降りた。それに続き、それぞれの馬車から多くの人が降りてきた。

 前の方の幌馬車から降りてきたのは、体格のいい、鎧を着込んだ兵士たちだった。

 遠く暗いので表情まではわからないが、感じる雰囲気が、普通の兵士とは大きく違っていた。ベランダにいるウィリアにまで、殺気のようなものが伝わった。ウィリアは目を大きく開いて、その姿を見た。

「あの人たち……きっと強い」

 ウィリアは自分が強くなるのも好きだが、強い人を見るのも好きだった。おそらく彼らは、城内で訓練をするにちがいない。ぜひ見たいと思った。

 後の方の幌馬車からも人が降りてきた。今度は、それほど体格がいいわけではない者たちだった。鎧ではなくローブなどの服を着ている。しかし雰囲気は、兵士たちと同じように、鋭いものだった。

「あ! あれはきっと、魔法使いだ!」

 魔法使いも兵士たちと同様に、それぞれの国の重要な戦力である。ただしゼナガルド領国では、領主のフォルティス家が剣を主とする家であるので、魔法使いはあまり重用されていない。領国軍に何人かいる程度だった。

 強い兵士と、強い魔法使いの混成部隊。何が目的でここに来たのかわからない。しかしウィリアは、強い者たちが集結していることに単純に興奮した。




 領主マリウスは連れてきた者たちにあれこれ指示を出した。終わった頃にはすでに深夜になっていた。

 寝室へ向かう廊下に、ウィリアが笑顔で立っていた。

「お父さま、おかえりなさい」

「おや、まだ起きていたのか」

「ねえ、お父さま、さっき連れてきた人たちって、強い人でしょ?」

 マリウスはそれを聞いて眉をしかめた。

「見ていたのか?」

「兵士さんや魔法使いさんたちが訓練をするんでしょ? 邪魔しないから、訓練だけでも見せてくれない?」

 ウィリアがそうお願いしたが、マリウスは、真面目な顔でウィリアに言った。

「ウィリア、よく聞きなさい。お父さんは、領主として以外にも、王国から仕事を任せられている。その中には、みだりに外に漏らしてはならない事もある。たとえ肉親でもだ。わかるな?」

「は、はい……」

「わかればいい。もう寝なさい」

 マリウスは寝室へ向かった。

 ウィリアは、大いに不満ではあったが、その夜は寝るしかなかった。




 翌日。ウィリアは午前中の勉強を終えると、ブラウスとショートパンツというラフな格好に着替えて、城の庭に出た。

 父には拒否されたが、強い兵士たちの姿をどうしても見たい。

 訓練施設は立入禁止になっていて、護衛兵が守っている。いつも使う通路は使えない。

 せめて雰囲気だけでも感じられないか……と思って、外側から訓練施設に近づいた。

 すると、巡回している兵士たちがいた。

「あ! ウィリア様、ここは立入禁止です!」

「あ、外からもだめ?」

「駄目です」

「いま、王都から連れてきた人たちが訓練しているんでしょう?」

「ええ。内部は知らされていませんが、たぶんそうだと思います」

「せめて声だけでも聞けないかな? どんな様子かだけでも……」

「なんびとも近づけないようにと、マリウス様から申し渡されてされております」

「なんびともって言っても、わたし別にスパイするわけじゃないから。興味があるだけだから、少しだけだめ?」

「特に、ウィリア様は近づけないようにと、厳命されております」

「あ……そう」

「どうかご理解を」

「わかりましたよ」

 さすがにウィリアも引かざるを得なかった。

 訓練が休みになっているので、午後の予定はない。仕方ないので、一人で居合術の練習をすることにした。

 普通の居合術では、台座に丸太や巻藁などを固定して、それを斬る。しかしウィリアはもうそれはできるようになっている。

 次の段階は、固定されていない丸太を斬る練習だった。

 台の上に一抱えもある丸太を立てる。それを剣で斬る。当然ながら、固定されている物を斬るよりもはるかに難しい。これができる者は城の兵士の中でも何人もいない。

 ウィリアも完全にはできない。剣を右から振る時はだいたい成功するが、左から斬ろうとするとだいたい失敗してしまう。なんとか左側から斬ろうと練習をして、斬れるようにはなる。すると、今度は右側では失敗してしまうのである。ごく微妙な加減が違うのだろうが、まだその辺を会得していない。

「やーっ!」

 力を込めて剣を振る。台の上に置いていた丸太が二つに斬れた。

「やーっ!!」

 苦手な方を練習する。力を込めて剣を振ったが、失敗して丸太に刃が挟まってしまった。

「うまくいかないなあ……」

 ウィリアは以前の記憶を思い出していた。これを練習し始めた頃に、父にお手本を見せてもらったことがある。

「しばらくやっていないが……」

 とか言いながら剣を構える。

 力強く剣を振る。反対側からもう一度。さらにもう一度。

 一瞬のうちに三回斬って、丸太が四つに別れた。あまりに見事な技を見て、父への尊敬を新たにしたのだった。

「あれはすごかった……」

 偉大な父に少しでも近づきたい。気合を入れ直してウィリアは練習を続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る