第2話 蒼鬼

 教室に戻ると異様な空気に包まれていた。

 昼休みだというのに誰も騒いでいない。むしろみんな小声で話している。大声を出したらいけない理由でもあるのか。

 そう思案しつつ、私はその理由に気付いた。

 ほとんど話したことがないクラスメイトたちの視線は窓際の一番前の席に集まっていた。


 外間緋月とまひづき

 高身長で美青年。遠目から見てても顔に無駄な作りが無い。

 そして銀髪・・・・・・というか白髪はくはつか。太陽の光が当たって銀髪に見えているだけかもしれない。


 彼は何をするわけでもなく窓の外を見つめていた。感情の無い目。窓の外は何の変哲もない校庭のはずだが。

 あの男は入学当初から学校にほとんど来ていない奴として有名である。不登校ではないらしい。つまり不良。私と違って不良。私も顔を見たのはこれで二回目だ。

 それにあの見た目だから良からぬ噂も多々ある。例えば、良くないお薬をやっているんじゃないかとか、実は人殺しなんじゃないかとか。

 一部の女子の間ではそのミステリアスな雰囲気が良いとかで密かに推されているらしいが、まぁ学校に来てないし噂も噂だしという感じで大半のクラスメイトからは避けられている。

 その男が今日は珍しく昼から登校しているのだ。避けているとはいえ、なぜ今日は学校に来たのかくらいはクラスメイトたちも気になるのだろう。

 

 しかし私はそんな空気を押し切って自分の席につく。

 私には関係ないことだ。クラスの空気なんてどうでもいいし、あの男の席は私の席の真反対にある。

どうやったって関わることはない。

 まったく、今日は悪いことも起こるし珍しいことも起こる。随分と変化に富んだ日だ。

 今日に限らずともここ連日だって、奇怪な刀に腹を刺されるを見たし、弟の宿題を否応なく手伝わされた。本当に、ぜんぜん嬉しくない。

 嬉しくないことが続く毎日。同じ景色を見続けなければいけない生活。なんとも無味で無色な人生。

 ―――だからと言ってあんな怪現象も求めてはいなかったが。

 あれは、こんなことを愚痴る私への神様からのあてつけか。


「・・・・・・はぁ」


 散々心の中で愚痴った後、私はそれら全てを吐き出すかのごとく息を吐く。

 するといつの間にか周りの空気も正常に戻っており、いつものざわめきが聞こえるようになっていた。

 ―――あの男がいなくなったのだ。窓際の一番前の席。少しだけ椅子が机から斜めに出ていて、彼が席から立った形跡がある。

 愚痴をためている間に教室はもとに戻っていた。

 

 窓際の席から視線を外す。そして何の目的もなく机の中に手を入れた。

 その時。何も入っていないはずの机の中に、何かが入っていることに気付いた。

 それを取り出す。

 ―――紙?

 机の中に入っていたのは、自分のものではない、二つ折りにされた小さな紙片であった。



◆◇



 放課後の時間。私は屋上への階段を上っていた。

 私の高校の屋上は一日に三回開放される。

 朝と昼と夕方。

 その中でも特にひとけが少ないのが夕方だ。この時間帯は、部活に入っている生徒であればその部活に勤しんでいる時間帯であり、入っていない生徒であればとっくに帰宅している時間帯である。

 常時ではなく限定的な開放にも関わらず、今日もこの時間帯の人気は少なかった。

 現実を話すならば私と“彼”がいるから、かろうじて人気が「ない」ではなく「少ない」になっている。

 それこそ新年度の始めは新しく入ってきた一年生の溜まり場になっていたが、今やそれは見る影もない。

 こんなに人いないんだったら新年度明けだけ開放してれば良いのに。


「無駄なことするなぁ」


 おっと、これはいささか良くない発言か。誰も聞いてないけど。


 冗談を呟いて、嫌々ながら現実に目を向ける。

 今、目の前には“彼”が立っている。

 ・・・・・・そう、“彼”こと外間緋月。私が屋上に来ることになった発端は彼にある。


 昼休み、誰かが私の机に謎の紙片を置いていった。

 紙には、“屋上に来い”のただ一言。

 それが立派な手紙であればラブレターの可能性も十分にあったが、筆跡を見てその可能性は消えた。

 筆で書いたような字だった。

 外間の字は何度か見たことがあり、あれほど美しい字を書くのは彼しかいなかった。


 私自身、無視する選択肢はあったと思う。しかしなぜだか来てしまった。彼のところへ行かなければならないと思ってしまった。

 外間の前まで歩いて行き、慎重に問う。


「・・・・・・何の用?」


 すると外間は私の首を指さす。

 指は青白く、思っていたよりも細かった。

 

「・・・・・・それだ」

「え?」

「お前の中にいるモノに用がある、と言ったら分かるか?」

「私の、中・・・・・・?」


 言っている意味が分からない。私の中は何者でもない、私だ。そのはずだ。そのはずなのに、明らかに彼は別のものを指している。


「・・・・・・私の中には何もいないわよ」

「隠さなくていい。俺はお前の中にいるモノが視えている。お前も、薄々気づいてるんだろう?」

「どういうこと? 一体何のことだかさっぱり・・・・・・」

「―――紅い血を纏った刀」

「・・・・・・!」


 私は息を呑んだ。

 唯一、心当たりがあるものを言い当てられた。

 彼はあの現場にいなかったはずなのに。

 妙に胸騒ぎがした。何かに足を踏み入れたような感覚だ。見ないように目を逸らしていたものに、目を当ててしまった。


「それは、あやかしだ。遺物に身を潜める鬼。お前のソレは“紅鬼”という」

「あやかし・・・・・・? 紅鬼・・・・・・?」

「そうだ、そのままではお前は鬼に取り憑かれてしまう」

「どういうこと? あれは夢ではなかったの?」

「夢ではない。紅鬼はたしかにお前の中に潜んでいる。それが俺には視える」


 知らない単語が次々に出てくる。

 何が何やら解らないでいると、外間は私の首から今度は自分の胸を指さして言った。


「俺も身の内に鬼を宿しているんだ。お前のソレとはまた異なる、“蒼鬼”を」


 


 

 

 

 

 






 




 

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