第43話 大切な幼馴染みの太陽が沈んだ日
♡愛side
「今度の大会まで野球部のマネージャーを引き受けてくれないか?」
「・・・・・え?マネージャー・・・・」
「でも・・・私は・・」
俯きながら目線を外す私を上杉先輩は真剣に見つめる
「俺が君を全国に連れて行く・・・・」
「え!?」
突然の先輩の口から出た甲子園宣言に、驚くしか無かった
「もし君を甲子園に連れて行けたら・・・・・俺と付き合って欲しい・・・・」
あの中学時代の記憶が蘇る・・・あの時は・・なんて言って断ったんだろう?
自分で何て言って断ったのか覚えてない・・・
「俺は、あの日と変わらず君を好きだよ・・・」
そう不器用な上杉先輩が優しく微笑む・・・突然の告白に胸の動悸が激しくなる・・
「私・・・その・・・急に・・・」
「君を困らせるつもりは無いんだ、すまない、これは俺からの勝手な提案だ」
そう笑いながら話す先輩の目元は眼鏡が日差しに反射して見えない・・・
先輩は私に背を向けると
「やっぱ、先に行くね・・・・あ、そうだね君を困らせるつもりは有るね・・是非とも天秤にかけて貰って悩んで欲しいもんだ、今度こそ競い合い勝負したいからね」
そう言うと足早に学校に向かって去って行った
「何なの・・・いきなり・・・私どうすれば・・教えてノブ―・・信一・・」
私は自分の教室に荷物を仕舞うと、本を取り出し栞のページを開く・・・しかし時計の針が気になり集中出来ない・・
(なんでこんなに時間が経つのが遅いの?・・だれか早く教室に来てよ・・)
私は耐え切れなくなり、文庫本に栞を挟むと机の中に仕舞って自分の教室を出た・・・・向かったのは信一のクラス、そっと入口のドアから中を覗くと教科書を広げノートを熱心に確認している信一の姿が有った
私は少し躊躇したが思いきって信一に声を掛ける
「お、おはよう、信一・・・朝から宿題?」
私の声に少し驚いた様子だったが直ぐに何時もの表情に戻る
「やぁ愛、お早う相変わらず早いね、俺に何か用?」
鉛筆を置いて教科書を閉じる・・・こういう人の話しを聞く時の何気ない行動が流石だと感心してしまう・・いやいやそんな事今はどうでも良い事だ
「え?う、うん・・少し信一に相談とか聞きたい事があって・・・」
信一は私に隣の席に座るように勧めたので、誰か知らない席を借りて座る事にした
「あ、あの・・・あ!そう、朝、優が信一の朝食を作りに行ってるけどどうなの?その・・腕前の程は」
(いや何聞いてるのよ・・・それも知りたいけど!そこじゃないでしょ今日の野球部のマネージャーに誘われた件でしょ!!)
「いやいや、優の奴メチャクチャ料理上手くなってるよな!毎年バレンタインは手作りチョコ貰ってたからある程度は出来るだろうと思っていたけど、あそこまで上手とは思わなかったな!」
そう嬉しそうに話す信一に少しイラっとする
「はいはい、すいませんねどうせ毎年市販のチョコでしたよ!」
自分のイライラを冗談で誤魔化す
「ハハハ、まぁ確かに愛は料理だけはダメだったけどな!」
「はぁ?」そう腕を振り上げると
「イヤイヤゴメンななさい・・・」私に両手を合わせ謝る信一が少し可笑しくて苦笑してしまう
「でも、優の奴無理してなきゃ良いけどな・・・なんか俺の好みをリサーチしてるみたいでさ・・何考えてるんだろ?愛お前こそ何か知らない?」
「え?」
(信一ってこんなに鈍感だった?付き合ってた時は全然そんな事思わなかった・・というか鈍感だったなんて事無かったけど・・・?)
「さ、さぁ?私が知る訳ないでしょ?気になるなら自分から聞きなさいよ」
「何だよ?冷たい奴だな・・自分は聞きたい事とか相談だとかいっといてよ・・」
少し口を尖らせて机に置いていた鉛筆を立て指で押さえて弄ってる
「それで?」
「え?それでって何?」私は間抜けな声で聴き返す
「いや、聞きたい事は分かったけど、相談したい事ってのは?」
「あ、あああ、そう・・そうだよね・・・うん・・実は・・・」
信一の真剣な目が私を見つめる・・・何時も私を見て居た目・・
「なるほど・・野球に関わる事か・・・大方、誠也先輩に野球部のマネージャーでも頼まれたか?」
信一の指摘に言葉が詰まる・・・・
「な、ん・・・なんで・・?」
信一の真剣な眼差しが優しく・・どこか寂し気に微笑む
「だってよ、愛が俺にそんな言いにくそうにしてて、だけど俺に相談したい事っていうとそれくらいしか思いつかねぇよ」
私の幼馴染はどんだけ私の事を理解してるのだろう・・・これがさっきの鈍感男と同一人物だと思えない
「うん・・・」
「愛・・あの大会での事はもう済んだ話だ、俺は石川さんも途中で助けた女の子も俺をマウンドに送り出してくれたチームメイトの皆も恨む気はない」
「でも・・・そのせいで信一が・・・」
信一は優しく微笑み首を振る
「俺は自分の選択が間違っていたと思ってないよ愛・・・あの時石川さんに財布を渡さなきゃ石川さんも、そして対戦相手にとっても悔いの残る大会になっただろう」
「あの時歩道橋から落ちる女の子を受け止めなかったら、俺の目の前で女の子が一生消えない怪我をしたかもしれない、場合にっては命を落としていたかもしれない」
「そして、あの時の決勝で俺が投げてなきゃ・・・俺達の学校がちゃんと負ける事も出来なかったし、なにより相手がちゃんと勝つ事も出来なかった・・と思う」
そして昔見たあの悲しそうな信一の表情・・・
「だから愛も・・・俺に気を使わないで自分の思った通りで良いんだよ」
「私の思った通り?」
「そう・・・愛がしたいならマネージャー引き受けたら良いし、したい事じゃないなら断れば良いんだよ」
「ありがと・・自分の気持ちを整理して上杉先輩に返事するね・・・」
「信一・・もう野球は・・しな・・」その後の言葉を口には出せなかった・・・あの日・・信一が変わってしまった日の事を思い出したから
自身の中学3年最後の大会前・・近所の公園で自分の右肩を押え私の胸の中で泣き崩れる信一の姿・・・
そう信一は、あの大会決勝で投げた初球148キロストレートを投じた際に味わった壮絶な肩の痛みとその後の50球近い壮絶な投球で・・・全力で投げる事に恐怖を感じてる・・
そう信一は全力投球の痛みに対する恐怖・・・イップスになっていた・・・・
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