第34話 安祐美 想いを込めた決勝戦

☘安祐美side



安祐美が中学2年の夏、地方大会の決勝


コートの中の熱気で相手の姿が揺らいで見える、流れる汗をリストバンドで拭い相手に視界を捉える、相手の三波さんはコートにボールを弾ますとラケットを後ろに引いて上空に高くボールを放り投げ鋭くラケットを振り抜く


【パシュッ】


三波さんの打ち込んだボールは黄色い線となり私の側のコート内の白線上にバウンドする、自然と足が動きだしバウンドした先にフォアハンドでラケットを振り抜く


【パッン】


打ち返した玉に三波さんは反応せず私の方を向いていた


「ゲーム!三波」


私の返したボールは僅かにコートから外れラインを割る


「はぁはぁはぁはぁ・・・くっ」


スコアーは1-1次のゲームを取った方が勝ちだ・・・


「まさか練習試合の時は利き手じゃない方だったとか・・・情報不足だったわ・・・」


コート脇のベンチに腰を下しタオルで汗を拭い、スポーツ飲料で喉を潤す・・・


最初のゲームは練習試合の時同様に私のペースで進み40ー15で先取したが続く今の試合のときはラケットの握りを変えてきてから明らかにショットの精度と威力が増した


結局、15ー40で今度は圧倒的に押し込まれる・・・いやラリーに持ち込めずポイントを落してる私の方が不利なのは明らかだ


「安祐美先輩!!」「石川!!落ち着いていけ!」「安祐美ちゃん、ころからよ―――!」


周囲の声を遮る様に頭からタオルを被り目を瞑る


『その為にお互い今まで練習して来たんだもんな、石川さんも頑張れよ、絶対優勝だ!』


織田君の笑顔を思い浮かべ彼の財布をそっと胸に抱く・・・控室の時と同じく胸が締め付けられ夏の暑さを忘れる位、自分の全身が熱を帯びる


「織田君・・・織田君・・・信一・・君・・・私・・」


『安祐美なら、絶対勝てる』そんな信一君の声が聞こえた様な気がして頭から被っていたタオルを落して観客席を見渡す、彼も試合がありこの場に居るはずも無いのにそっと耳元に風が吹き


『安祐美・・俺が見てる・・』そう信一君の声が聞こえた様な気がして私は微笑む


「そっか・・私・・信一君の事を・・・誰かの為に頑張ろうって思ったのは初めてかも」


「選手コートに!!」


私はそっと彼の財布に軽く口付けするとタオルの上に置き私の方を向ける


「見ててね、信一君!」


三波さんは自分のコートに立ちラケットを手の中でクルクルと回して左右に揺れながらリズムを取っている


「へぇ―――顔つきが変わったわねぇ・・・」


私は地面にボールを弾ますと上空高くボールを放り思い切りラケットを振り抜く


【バシュ】


私の放った黄色い線はセンターコートをギリギリかすめながら低空で三波さんのコート内でバウンドした


「くっ!」


慌てて前に出て来る三波さんは必死にラケットを伸ばすが僅かに届かずボールは三波さんの横を通り後ろに抜けて行く


「フィフティー・ラブ」


サービスエースを決めて会場が沸き起こるが私の耳には届かない聞こえるのは・・・

『いいそ、安祐美その調子だ』その優しい声に口元が緩む、私笑ってる?



続くサーブには流石に反応してきた三波さん、なんとか打ち返して私の方のコートを見るが


「なっ!?」


私はセンターネット際で思いっきりラケットを振り抜きボールを三波さんの右横に叩きつける


「サーティン・ラブ」


その後、流石に三波さんには同じ手は通用しなかった


「フォーティ・サーティーン」


「はぁはぁはぁ・・・・・あとワンポイントが取れない・・押されてる・・」


私は渾身のサーブを打ち込むが、三波さんにあっさりと返され長いラリーとなる、十数回のラリーの応酬・・・右・左・右・左・右!?左ぃぃぃ


私は逆を突かれ途中でシューズの底が擦り切れるかと思うほど踏ん張り逆方向に駆けだす・・・間に合わない・・・


その時ふと自分のベンチに信一君が立っていて私に向かって拳を突きだして微笑んだ


「こんんんのぉぉぉぉぉぉ!!!」


私はおもいっきり伸ばしたラケットのグリップを緩め指二本が掛かるギリギリまで握り直すと指先に渾身の力を込めて振り抜きそのままコートに倒れ込む


【パッン~】


流石に満足に指の掛からないショットは力無く三波さんの後方へと山なりに飛んで行くが、振り返った三波さんは慌てて後方へ駆けだした


スローモーションだった・・・私と同じ様にラケットを伸ばした三波さんだが


「ゲーム!!セットカウント 2ー1 勝者 大和中 石川!!」


【うおおおおおおお!】会場のうねりの様な大歓声に放心したように立ち上がると、先ほど私に微笑んでくれた信一君の姿をベンチに探すが、当然居ない・・


「安祐美先輩!!」「安祐美おめでとっ!!」「やったな石川!!」


皆が私に抱き着き、勝利を称えてくれるが私は放心したままベンチに置いてる信一君の財布を見つめる・・・もみくちゃにされてる私の元に三波さんがやってきて握手を求めてきた、その様子にみんなが道を開ける


「完敗ね・・石川さん・・試合中に急に様子が変わるからビックリしちゃった」


「?そんな事ありました?」


「あら、気付いて無いの?あなた最終ゲームの時明らかに恋を自覚した女の顔してたわよ?」


「なっ!!?」


「え?安祐美先輩って好きな人いるんですか!?」「やばいやばい!!これうちの男子全員絶望案件だよ!」


私は周りに手を振り否定すると握手していた三波さんがそっと私の耳元で


『恋も勝てると良いね』


そう言うと笑顔で手を振りながら自分の学校の仲間達の元に駆け寄って行った


表彰式で一番高い檀上に立ってトロフィーと盾を渡され観客に向かって掲げて見せる


(やったよ、信一君、貴方のお陰・・私は・・そんな信一の事が・・・誰よりも大好きです・・)


帰りの電車の中で優勝トロフィを抱きかかえながら、チームメイトを談笑していた


「すこしスマホで調べものするし」そう断り私は地方の中学野球大会の結果を確認する


第三試合  大和中学 対 東王子中学 4ー2


投手 大和中学 奥村 東王子中学 山辺


準決勝 大和中学 対 常総学園 5ー15 5回コールド


投手 大和中学 播磨→織田  常総学園 谷


「え・・・・・」【カランッ】私は結果を見て思わずトロフィーを落してしまった


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