第30話 一度は想いを伝え挫折した二人

♦美空side & 上杉side



●早朝の大和高校、野球部、部室前



「ん?誰かと思ったら美空じゃないか?どうしたこんな早くに野球部の部室にくるなんて?」


部室ドアの横の壁に寄りかかり腕を組んだまま目を瞑っていた美空は声のする方をチラッと見る


「ああ、貴方を待ってたの上杉部長」


上杉 誠也(うえすぎ せいや) 大和高等学校 3年 野球部部長 信一以上の高身長で部活で鍛えた体、日焼けした肌、縁のある眼鏡をかけているが、そこから見える切れ長の目がとても魅力的だ、その黒髪は野球部らしく短く切り揃えられて清潔感がある


ポジションはキャッチャーで中学時代は信一の玉を捕球出来る唯一のキャッチャーで先輩後輩の垣根を越えて信頼関係を築き上げ親友とも呼べる間柄だった・・・あの日までは




「なんだぁ?野球部の応援旗、やっぱり美術部で作ってくれるのか?」


「そんな訳ないでしょ?理由は個人的に伝えたでしょ?」


上杉は苦い顔をして笑う


「あはは・・そうだよな・・・信一が居ない野球部は応援出来ない・・だっけ?」


「そう・・ただ色を使って絵を描くだけの旗なら其処ら辺の人にでも頼めばいいでしょ?でも私の書いた旗はそうじゃない、自分の想いを込めて魂で書きたいの・・今の野球部に私をそんな気持ちに出来る?」


「手厳しいね・・でも、部員はみんな頑張ってるよ・・・」


その言葉を聞いた美空の眉がピクッと動き、腕を組んだまま自分よりかなり背の高い上杉を見上げ睨み付ける


「がんばるなんて言葉、何の意味もない、頑張るというのは誰でも出来るし誰でも言える、大事なのは頑張った事を結果に結びつける事、それを達成しても無いのに、ただ途中の努力した過程だけを褒め称える連中に私は何の価値も見いだせない」


「ははは・・今の俺達には耳が痛いよ・・」


その言葉にさらに目つきを鋭くする美空


「これは・・・重症ね・・はっきり言わないとダメなようね・・・私が言ってるのは貴方よ、上杉 誠也、貴方は腑抜けすぎ・・いつまでそうやって信一の影に怯えているの?」


その言葉には流石の上杉もイライラが爆発しそうで、表情が強張る


「ずいぶんな言い様だな美空、じゃぁ聞くが君こそどうなんだ?信一にフラれてから以降一度として作品を世に出してないじゃないか?君こそ腑抜けだ!!違うか!」


お互いに睨み合い、早朝から舌戦を繰り広げる、しかしその一言に美空は微笑み少し後ろに下がる


「ええ、貴方の言う通り・・高校生活2年間で何も残せてない、この私もね・・」


「だったら・・・「でも、今は違う・・私は再びこの手で最高の芸術を生み出す決意を固めた、高校生活最後にして生涯の思い出として私は信一君を私色に染めて見せる」!?」


その名前に驚愕する上杉に不敵な笑みを見せる


「本題だよ・・・上杉、遠からず知る事になるので先に伝えておく」


「織田 信一と瀬川 愛は、つい先日に別れたぞ」


「!?なっ・・・あの二人が・・・別れた・・・そんな事があるのか・・!?」


上杉の大きな体がよろけて部室のドアに寄りかからないと立ってられない様だった


「まぁお前の反応は当然だ、私も信一から話を聞いた時はそうなった・・・しかし」


「へ?」


「腑抜けている場合か、どうするのだ?私はもう一度信一を手に入れる為にどんな手でも使うつもりだ・・・お前はどうする?上杉 誠也」


そう、ある意味、信一と愛のカップルが無敵だと言われる所以を作ったのは間違え無くこの二人だった


美空は卒業前に信一に告白してフラれた


そして上杉は地方大会が始まる前に愛に告白して、こちらもフラれた・・実はこの上杉の告白する数日前に信一と付き合いだしたばかりだった


美空も、上杉も中学の時は学校でも屈指の美男美女で一部では二人が付き合っているのでは無いかとまで噂になったが


美空が卒業の時に信一にフラれた事は直ぐに拡散され学校全員が周知の事になりその噂に引っ張られ上杉の愛への告白失敗も知られる事になった


二人ともこの噂に対して、誇張されたの部分はあるにせよ告白してフラれたのは事実なので肯定しかしなかった


それが信一と愛のカップルを伝説へと押し上げた一番の要因でありその後二人にちょっかいを出す事を抑制したある意味で立役者だった


「俺は・・・いまさら瀬川を追いかけて何になる・・・またフラれて終わるだけだ・・逆に信一でもフラれたのに俺が相手になるはずが・・・」


「くだらん・・・まぁいいお前にこの事を伝えたのはただの酔狂だ・・」


「・・・・・・・」


「上杉・・お前は、今野球に必死か?中学の時はどうだった?愛に気持ちを伝えた時は?」


「今のお前には何かに必死に打ち込む姿勢が無い、そんな野球に信一君が再び情熱を注げるか?部長がそんなので部員がやる気だせるか?好きな女が振り向くか?まぁ私が言いたいのはそれだけだ」


それだけ言うと美空は上杉に背を向け手をヒラヒラさせて校舎の方へ消えて行った




上杉side


●野球部部室


「ちぃーす、上杉部長~」「おはよぉーす」「おはようす」「ふぁぁぁぁお早うす」


美空に指摘されて改めて野球部のメンバーの様子を見ると、確かにやる気が感じられないあくまで学校の部活に参加するという義務感でユニフォームに袖を通している様子だ


中には中学から一緒に野球をしてる後輩も何人か居るが、昔からのメンバーも今の野球部の雰囲気に完全に溶け込んでいる様だ・・・俺自身も


「朝から怠いすねぇ~・・て?部長?どうかしましたか?」


俺は此れで良いのか?一度失恋したからと一度しか無い貴重な高校生活をただ野球をやりました・・で終わって良いのか?好きな女に気持ちを伝えずに終わって良いのか?


改めて部員全員の顔を見渡す・・・全員俺の方を心配そうに見ている・・・みんな根は良い奴ばかりでチームの結束は固いそんな部員のやる気と情熱を引き上げられない俺はダメな部長だ・・


「なぁ皆・・・俺から少し話があるんだが・・・」


俺はまず皆に深々と頭を下げる


「え?何です?部長いきなり」「意味わかないですよぉ」「やめてください部長ぉ~」


「いや、お前達に謝らせて欲しい・・俺はダメな部長だった・・・部長を任されて1年お前達を引っ張てやるどころか本気で野球に向き合えてなかった!すまない!!」


「何言ってんすか!部長は皆の事考えてくれてました」「そうです部長に付いて来て良かったです・・」


俺は頭を下げたままで大きく首を振る


「違う・・・・違うんだ・・俺のしたかった野球はもっと熱くてビリビリしてて毎日疲れて起き上がれなくなるまで、野球に打ち込む、そんな野球だったのに・・」


「部長・・・」


俺の言葉に部員全員が下を向く


「部長・・・やりましょう・・ビリビリと熱い野球を!!」「そうす!!やりましょう!!」「今からでも遅くないです!!熱い野球いいじゃないですか!!」


皆の声を聴いて顔を上げると、皆逞しい笑顔で「やりましょう!」「部長!」「がんばりましょう!」俺に向け腕を突きだす


「あ、ああ・・・皆・・・有難う・・」俺も腕を前に突きだし皆で拳を合わせると自然と涙が溢れて来た


「うおおおお、お前等いまからグラウンド20周だぁぁぁいくぞおお!」「「「おおおおおおおお!!」」」


部室から勢いよく飛び出して行く部員の背中を見つめてると、冷めきったはずの胸の奥何かが熱くこみ上げジリジリと心を焦がす


「美空・・・やはりお前はスゲー奴だ・・・俺も負けてられないな・・・」


そう呟き部員たちのマラソンに合流する


「おまえらぁぁぁ俺に抜かされた奴はもう一周追加だぁぁ」「おおおおお!!」


そんな野球部の朝練の様子を校舎の廊下越しに眺める女子生徒


「ふふふ・・これで役者は揃った訳だな・・私は言った通りどんな手を使っても信一君を私のモノにする・・その為には愛が改めて信一君の良さに気付く前に手を打たなきゃね・・」




♦美空side & 上杉side


●放課後、美術部部室


「あら、朝ぶりね、それにしても部活始まってないのに随分とユニフォーム汚れてるわね・・・」


部室に入って来たのは泥だらけのユニフォーム姿の上杉だった


「ああ、まんまとお前に踊らされてこのザマさ・・・大和の雀姫はとんだクワセモノだった訳だ・・・」


その言葉を聞くと興味なさ気に画用紙に向き直り鉛筆を走らせデッサンの続きを始める


「俺も、もう一度挑んでみようと思う」


「そっ」


「ああ、野球も・・・恋も・・」


「どっちもかなり分が悪いわね」


「その方が燃えるだろ?」


「そんな負けた時の言い訳してるうちは、まだまだね」


「手厳しいな・・だが、お前が正しい」


「でも・・・まぁ良いんじゃない?挑んでみないと失敗も成功も無いからね」


「美空・・・有難うな・・お礼・・では無いがお前の思惑に素直に乗って、お前の手駒になる事にするよ、今日はそれだけ言いに来た」


振り返り部室から出ようとする上杉に背を向けたままで答える


「まぁ地区大会・・・ベスト16までに入れたら応援の旗・・受けてもいいわ・・・」


「ああ、期待してろ」




過去の苦い記憶を内に秘め、過ぎ去りし時間の中で風化するはずの想いは当時のまま色褪せず動きだす



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