第8話 作戦会議
目が覚めた時視界に写っていたのは、ベッドの天蓋であった。
身体におそらく布団の物であろう重さがかかっている。
私は訳も分からず飛び起きる。
「あ、安曇ちゃん起きた!」
声を方を向くと、枯月さんと雨雅さんがチェスをしていた。
「もう十一時半だぞ?」
私は六時間も寝ていたのかという驚きと、この人たちはそれと同じくらいの時間チェスをしていたのかという驚きがあった。
「は、悠加は?」
私は寝ぼけていたから、咄嗟に、他の大事な事より先に悠加の事を聞いてしまった。
「門限あるからって、もう帰っちゃったよ。安曇ちゃんは大丈夫?」
「大丈夫です、うち結構緩いので」
とは言ったものの、なんと言い訳すればよいか。
好きな人がいるとかなんとか勘違いされたばかりで......まあ結果的に勘違いでは無かったようなのだが。
このままベッドに居るのも申し訳無いので、私はソファーの隅に移動する。
「じゃあもう遅いし、泊まってく?」
「......お言葉に甘えさせていただきます」
好きな人が居ると分かった翌日に、娘が友達の家に泊まってきたとなれば、両親は卒倒だろう。
スマホを見ると、父から私を心配するメッセージが数件送られて来ている。
友達の家に泊まって帰る。と一言。
「それにしても、驚いたよ。急に倒れちゃうんだから......」
「えぇっと......私貧血持ちで......」
適当な事を言って済ます。
私が貧血持ちだということ自体は事実なのだが。
「大変だね......」
未だに雨雅さんは帰宅していないが、泊まって行くのだろうか?
「そこに出てるお茶飲んでいいよ。もうぬるくなっちゃってるけど……」
「あ、ありがとうございます」
「ところでさ、」
私がお茶を飲んでいると、枯月さんが話し始める。
「安曇ちゃん、佐野橋ちゃんのどこに惚れたの?」
飲んでいた最中のお茶を吐き出しそうになったが、抑える。
しかし、焦って飲み込もうとしたお茶は気管に入り、酷くむせた。
「だ、大丈夫?」
「ちょ、今なんて?!」
どこで勘づかれた?
いや、勘づかれないはずもない。
愛してると、言ったのだ。
傍から見たらどう見ても好きだろう。
「お前、まさかあんだけのもん見せといて弁明できると思ってんのか?」
雨雅さんのその一言が私に現実を突きつけた。
「佐野橋ちゃんから聞いたけど......愛してるゲームであそこまで本気になるのは流石に............本物の愛だよねぇ」
枯月さんがにやにやしながら言う。
何も言い返せない。
私のこの気持ちを愛と呼ぶのか分からないが、悠加を想う気持ちは本物だ。
しかし、私に悠加を想う資格はあるのか。
私は、決して良い人間では無い。
悠加が優しくしてくれて、私を肯定してくれたから、ここ数日勘違いしていたが、私は良い人間では無い。
「私が演劇部で起こした事」も、良い事であるはずが無い。
そもそも、帰宅同好会で過ごしているこの現状も、良い物なのか?
私は何もしていないのでは無いか。
演劇部を辞めて空虚だった日々と、私は何一つ変われていない。
変わったのは私の周りの環境だけ。
悠加が肯定してくれて、それで幸せなだけ。
そんな私が許されていいのだろうか。
「そうですよ、好きですよ......悠加の事。でも、私なんかじゃ............その、不釣り合いじゃないですか?」
不釣り合いと、当たり障りの無い言葉で自分の葛藤を伝える。
「お前馬鹿か? あの勢いで愛してるだとか何とか言ってた奴が不釣り合いだぁ?」
ごもっともだ。
私の中に、確かに悠加を好きでいる事に対する罪悪感のような物はある。
だが、そんな物じゃ好意というものは抑えられないのだ。
「そうですけど......! でも抑えられる訳無いじゃないですかぁ............」
私、きっと今すごくみっともない。
「大丈夫だよ、安曇ちゃん。私はそういう事言っておきながら幸せになってる子を沢山見てきたから。会って二日だから安曇ちゃんの事なんてよく知らないけど、きっとどうにかなると思う」
枯月さんがあまり上手くないウィンクをしながら親指を立てる。
「でも栞、やたら人の恋愛口出すくせに恋愛経験全く無いよな」
「ゆかり〜? ......まあ確かに否定できないけど! 人の恋愛だけはめちゃくちゃいっぱい見てきたし支えて来たから!」
確かに枯月さんは良い人だし、恋愛を沢山経験していてもおかしく無い。
しかし、未経験でもそれはそれで枯月さんらしい。
枯月さんさ誰の物にもならない高嶺の花というか、マドンナというか、アイドルというか。そういう雰囲気がある。
二人が言い合っているのを横目に私はお茶をまた一口飲む。
まだ喉にむせた時の変な感覚が残っている。
「というか、安曇ちゃんと佐野橋ちゃん、付き合って無かったんだね」
今回は見事に吹き出した。
綺麗な大理石のテーブルに私の庶民的な口腔から飛び出したお茶がぶちまけられる。
「だ、大丈夫......?」
「だ、だいじょぶ、です......」
また軽く咳が出た。
ここで一つの疑問が浮かんだ。
悠加は、私が悠加の事を好きなのを気付いているのか、という事だ。
気付かれているとしたら、ヤバい。
「ところで......私が悠加の事好きなの、悠加にバレてたりしないですかね......?」
「どうだろうねぇ? 愛してるまで言っちゃってるからねぇ......」
「でも佐野橋、アホそうだし気付いてないだろ」
確かに、悠加は鈍そうだ。
私の好意に気付くタイプでも無さそう。
「そもそも、安曇ちゃんはどうしたいの?」
「どうしたい......って?」
「佐野橋ちゃんと付き合いたいの?」
悠加と、付き合う。
もしそうなったらどれだけ嬉しいか。
基本的に、付き合うという状況は、お互いが好きであるという前提の元に成り立つ。
なんて甘美な関係だろう。
ふと、一つの考えが浮かんだ。
もし付き合ったら、悠加とキスができるのではないか。
そんな情景を思い浮かべてみる。
妄想だけで既に胸がはち切れそうな程の昂りを感じる。
「付き合いたい......です」
「うん! じゃあ、安曇ちゃんが佐野橋ちゃんに好きになって貰う必要があるね!」
なんだか枯月さんが生き生きしてきた気がする。
「どうすれば......?」
「ふふふ、私の持ってるテクニックを全て教えて進ぜよう......」
こういう訳で、約三十分程、恋愛における駆け引きのテクニックについて説明された。
話し方が上手いので結構引き込まれてしまった。
私はメモを取りながら聞いた。
枯月さんの語りがヒートアップしてくると雨雅さんが静止してくれるため、結構ちゃんとしたデータが得られたのでは無いだろうか?
「じゃあ、折角明日は日曜日だし、佐野橋ちゃんを遊びに誘ってみよう!!」
私は沢山の作戦を聞き、自信に満ち溢れていた。
しかし、
「......私、悠加の連絡先知らない」
ので、遊びに誘う事が出来ないのだ。
「はああああああ???」
先程まで静かだった雨雅さんが大声を出して驚くくらいである。
「知らないの?!」
「はい......」
言われてみれば、今まで何故交換しなかったのだろうか。
「よし、明日は諦めよう! 今日はもう寝なさい」
「はい......」
その後は中野さんに客間に案内され、怖いくらい柔らかいベッドで眠った。
五時間もぶっ倒れてはいたものの、あまりにベッドの寝心地が良かったため、余計な事は考えずに眠れた。
「それじゃ、泊めてくださってありがとうございました」
「いえいえ。じゃ、また今度学校でね!」
翌朝。枯月さんは早起きなようで、五時に起こされたが、私は昼間ぶっ倒れていたため体力は十分に回復しており、普通に起きられた。
私はそのままの脚で枯月邸を後にし、自宅へと向かった。
その最中、電車内で事は起こった。
いつものようにスマホを眺め、私は家族に
『朝ごはん家で食べるね、色々迷惑かけちゃってごめん』
とメッセージを送信していた。
その時突然、見覚えの無い連絡先からメッセージが来た。
ユーザー名は、Haruka。
私は突然のサプライズに、つい電車内で飛び跳ねそうになった。
『七の連絡先で合ってる? 私悠加だよ! そういえば繋いでなかったから繋いどきました!』
私は興奮で何度もメッセージを打ち間違えながら返す。
『悠加、なんで私の連絡先知ってんの?』
少し素っ気ない感じになってしまった。
自分のインターネットの下手さを実感する。
『クラスのグループ入ってるじゃん?』
言われてみればそうだ。
同じクラスなのだから、そのクラスのグループチャットから連絡先は簡単に探せる。
あまりにうちのクラスのチャットが動かないから、その手段を忘れかけていた。
『確かに!』
『ところで、あの後大丈夫だった?』
『うん。ただの貧血。心配かけてごめん!!』
謝罪っぽいスタンプを送る。
『大丈夫なら良かった! 途中で帰っちゃってごめんね......家の門限あるから』
『全然いいよ!』
休日でさえも悠加と話せているという喜び。
果てのない高揚感を覚える。
そして、私は続けざまにメッセージを送る。
『ところでさ、今日ってこの後空いてる?』
言ってしまった。もう後には引き返せない。
私は悠加とチャットをしているという事実に興奮し、突然の連絡で悠加に迷惑をかける心配ができていなかった。
結果的に悠加が優しいから難は免れるのだが。
『空いてるけど、どしたの?』
一緒に遊ぼう、と送ろうとしてから気付いた。
どこで遊ぶか決めていない。
遊ぶ場所を口実にしなければ、私が休日も悠加と一緒に居たいだけというのが透けて見えてしまう。
私は悩んだ。
既読を付けてから約一分。
私より先に悠加からのメッセージが来た。
『私今日見たい映画あったんだけど付き合ってくれたりしない? 流行りのラブコメなんだけど』
渡りに船とはこの事。
悠加に良いとこ見せて惚れさせようと思っていたのに、これでは私が悠加をさらに好きになるだけである。
『私もそれ見たかった! 行こ!』
その後、集合時間と場所を決めた。
私はそれに熱中し過ぎて、二駅も乗り過ごしてしまったが。
帰宅してからは、家族に諸々の事を弁明するのが大変であったが、この後悠加と二人の時間が待っていると思えば、全く苦では無かった。
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