第4話 キラーフレーズ
「んで、寄り道って言ってもどこ行くのさ」
「あまりにもする事が無い暇で暇で仕方がない帰宅部の人達が行く場所といえば?」
佐野橋がクイズ番組の司会のように問う。
相変わらず偏見が酷すぎる。
私は勿論何も答えられない。
「えっと......心霊スポット......とかかな?」
「違います! 心霊スポットに行くのはただの狂った人達です!」
これはあながち間違ってはいないようにも思えた。
幼少の頃から幽霊や怨霊のような怪異の類を表面的には信じていなかったものの、
心の奥底でそれをなんとなく恐れていた私にとって、
心霊スポットに行く方々が何を求めているのかは分からなかった。
「正解はカラオケ! あそこに行くのはする事が無い時と本気で歌いたい時だけです!」
少し偏見は混じっている気がする。
だが、確かに、言われてみれば、行く目的が歌うことであるはずのカラオケに、それ以外の目的で行く事が多い。そういう時はやはり暇なのだろう。
複数人で出かけたはいいが行く場所が無い時にはカラオケが定番な気もする。が、それも他にする事が無いという理由であるため暇の延長線上なような気もする。
「なるほど......」
枯月さんが頷く。
こんな育ちの良いお嬢様にも、このあるあるは納得できてしまうのか。
「という訳で〜! 帰宅部らしくカラオケに行きましょう!」
という訳で帰宅部らしくカラオケに来た。
一時間の利用だ。一応歌には自信が無いこともない。楽しみ。
「久々に来たな〜、カラオケ! 誰から歌う?」
部屋に着くやいなや、佐野橋が声をあげるが、私も枯月さんも笑みを浮かべて互いの事を見合う以上の行動は起こさなかった。
「......じゃあ三人で歌えるやつで!」
佐野橋が一昔前に流行ったアイドルソングを入れる。一応私でもちゃんと歌えはするだろうが......枯月さんはどうだろう。
「おお〜! 懐かしいなぁ」
大丈夫そうみたいだ。
高嶺の花のお嬢様らしい雰囲気だが、なんだかんだ趣味も感覚も庶民とはあまり変わらないらしい。
画面に歌詞が現れ、カウントが始まる。
佐野橋が歌い始める。
決して上手いと言える物ではないが、間違えなく人並み以上ではある。
元気さ故にリズムを取り損なっている気もするが、そこはご愛嬌だ。
陽気でキラキラした安っぽい伴奏に合わせ、佐野橋が跳ねるように歌う。
佐野橋の歌に聞き入っていたせいで、自分のパートに入るのが一拍程度遅れた。
ありえないくらい汚い裏声が出た。
「がんばれ〜」
佐野橋が囁き声で言う。
すごい辛い。多分あんまり歌上手くないと思われてる。
一応その後はどうにかテンポを取り戻し、人様に見せられるような歌は聞かせられたのではないだろうか。
という訳で枯月さんのターンが回ってきた。
曲中のキラキラしたSEの後に枯月さんの息を吸う音がスピーカーから聞こえる。
枯月さんが歌い出す。
「............うっまぁ......」
枯月さんの儚げな唇から発せられているはずの声は、言葉通り透き通っていた。透き通った声の奥底には揺らぐことのない、力強い芯がある。高音も綺麗だ。
格が違った。歌に自信あるなんて言ってごめんなさい。
佐野橋もかなり驚いているように見える。
突然だがカラオケあるある。
思いもよらない人がめちゃくちゃ歌上手くて騒然とする。
そんなこんなでBメロ。
私の声と枯月さんの声が重なり、私の醜さが強調される。辛い。
佐野橋はその歌声の楽しげさで枯月さんと別方面の魅力を出しているからいいが、私は特徴もなく、人よりは上手いという程度の歌なので、完全に枯月さんに押し負けてしまった。
サビ以降の記憶はほとんどない。
ほとんど声が出なくなっていたのは覚えている。
「栞、歌うまーい!」
佐野橋が拍手して称える。
私だって、私だって佐野橋から賞賛されたかったのに......。
「子供の頃から音楽には触れてたから」
枯月さんの声を改めて聞いてみると、本当に綺麗だ。
劣等感を覚えて、それで初めて、相手の強みを理解する。実に人間らしい現象だ。
「じゃあ、次私が曲入れていい?」
佐野橋の質問に対し頷く私と枯月さん。
意気揚々とデンモクを手に取る佐野橋。
そうして佐野橋が入れたのは、最近流行りの邦楽。
綺麗で小さな手を使い、両手でマイクを持って歌い出す佐野橋。
全身がイントロの陽気なリズムに乗ってゆらゆら揺れている。
歌い出す佐野橋。
枯月さんと比べると劣るが、やはり佐野橋には佐野橋だけの魅力がある。何故かとても惹きつける、そんな歌声だった。
そもそも佐野橋がそうだ。
いつも楽しそうで、元気で、私とは合わない人種なのに、何故かとても惹かれてしまう。
佐野橋の飛び跳ねるような声が心地よくて、私も佐野橋と同じように揺れていると、いつの間にか曲は終わってしまった。
「はぁ〜......! 結構疲れる〜」
「上手いね......佐野橋」
「いやいや〜、それ程でもぉ?」
佐野橋は浮かれている。
その蕩けた表情を見ればすぐに分かった。
「じゃあ、次私いいかな?」
場が温まってきたので、枯月さんがそう聞く。
枯月さんがデンモクに入れたのは、私の知らない曲だった。
イントロが始まる。
電子音が室内に充満する。
枯月さん、こういう曲聴くのか。と思った。
と、思ったが、ふと違和感を感じた。
この曲、変拍子だ。四分の七拍子だ。
リズムが異常だ。
「Ah〜、人の死を美化するな〜」
歌い出しの歌詞がおかしい。
儚い笑顔の枯月さんの口から出てはならない言葉が出ている。
この人はこう見えて殺伐とした感情に満ち溢れて生きているのだろうか。
ここでカラオケあるあるその二。
物怖じせずに、マイナーで尖った曲を選曲する奴が一人はいる。
こういう人は、「知らねえ曲歌うなよ〜」というような扱いを受けるものの、なんだかんだみんなが好きな曲を歌いやすい土台を作ってくれる。
感謝している。
大人数でカラオケに行った時にこういう人が居るととてもありがたい。
しかし、今回の場合は違う。
歌唱力が高すぎるのだ。
変拍子でありながら一切崩れない歌のリズム、綺麗すぎる程綺麗な高音のビブラート、緊張感のある低音、全てが完璧だった。
こうなると、「枯月さんマイナーな曲入れてたし私も〜」みたいな人が出てこれない。
マイナーな曲を歌ってうまく歌えなかった時が一番辛いのだ!
そうしているうちに、一時間が経った。
信じられないくらい一瞬で過ぎた。
ずっと佐野橋と枯月さんが歌ってた気がする。
私は合いの手で誤魔化していた。
「今日はありがとう、楽しかったよ〜!」
「こちらこそ。また遊ぼうね」
駅前でそんな会話を交わす二人の前で、私に出来ることは枯月さんに手を振るくらいだった。
気まずい。
「それじゃ、私たちも帰ろっか!」
佐野橋が私の方へ向き直る。
「水ヶ丘から帰るなら、七と同じ電車使う事になるから、今までより長く一緒に居られるね?」
佐野橋がいじらしく笑うから、私は少しドキッとしてしまった。
「あー、うん」
しかし、私の口をついて出てきたのは味気ない返事だった。
つい、冷淡な返事を返してしまった。
自分で認めたくないが、佐野橋からの注目を枯月さんに奪われて、めちゃくちゃ嫉妬している。
というか、拗ねている。
最近、自分の人付き合いの悪さを実感する出来事が多い。
「......七、今日元気ない?」
帰りの電車内、佐野橋が聞いてくる。
言われてみれば、カラオケに行く前からそうだ。
完全に話題を枯月さんに持って行かれてばかりだった。
「カラオケでもあんまり歌ってなかったし」
バレてた。合いの手で存在感を出しているだけでは誤魔化せないようだ。
「うーん......別に元気無いって事は無いけど......。その......枯月さんと初対面だから、緊張、しちゃって」
嫉妬してたなんて素直には言えない。
緊張だなんて的外れな言葉で形容してみる。
「あー、なるほどね? 七、可愛いところあるじゃん」
「......可愛い」
可愛いという言葉につい反応してしまった。
初対面の人に緊張したというエピソード。みっともないとしか思わなかったそれを佐野橋は可愛いと形容した。
初めての体験だった。
頬が紅潮しているのが分かった。
胸を包み込むような甘い感覚。
「うんうん。照れてるの? 可愛い」
私はビックリした。
「照れている私」でさえ可愛いと表現する佐野橋の感性の豊かさ!
あまりにも褒められ慣れていなかった私は、この一言で頭が真っ白になってしまった。
それでもなお、私の胸は甘い感覚に包まれていた。
演劇をやっていて褒められる事は多かったが、それは私の演劇の才能への賞賛。
だが今の佐野橋の言葉は私そのものへの賞賛だ。
呆然としていると、電車が急停止した。
吊り革はいとも簡単に私の手をすり抜けた。どうにか体制を整えようとするも、私の身体は半回転したのち、佐野橋の方へ倒れ込んでしまった。
「うぉっ............七ぁ、動揺しすぎぃ......」
佐野橋が私の身体を支えてくれた。
私は佐野橋の方に背中から倒れたため、簡単に言えば後ろから抱きしめられているような構図になる。
その状態から佐野橋が私の顔を覗き込んで来たのだ。
すごく、良い匂いがする。
脈拍が速くなっているのが分かる。
私の前で椅子に座ったおじさんが怪訝そうな目でこちらを見ていたので、正気に戻った。
「えっ......あっ............はっ、ああ。ご、ごめん!」
私に覆い被さった佐野橋の腕を跳ね除け、元々立っていた所へ戻る。
電車が再び動き出した。
「全然大丈夫。それより七、改めて見てみると綺麗な瞳、してるんだね?」
「さぁっ、さ、佐野橋だって綺麗な......顔、してるね」
何か言い返し、こちらも佐野橋に攻撃せねばならないと思った。このままだと負けたような気がしたから。
しかし、私の口から出てきたのは途切れ途切れで抽象的な文言。
佐野橋は微笑ましいと言わんばかりの表情でこちらを見て、ありがと〜。と緩い一言。
まるで言われ慣れているかのような反応だった。
完全に私の負けだった。
「じゃ、私ここで降りるね。また明日! ばいばい!」
電車が駅につくと、佐野橋は降りていってしまった。
未だに私の頭の中では、佐野橋の放った可愛いという強烈なワードが反響し続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます