第3話 枯月栞
「あ〜っ! 硬式テニス部も水泳部も剣道部も駄目だぁ......」
「しょうがないよ、部の名前がこれだし......」
勧誘二日目。
誰もいない教室で机に突っ伏す私たち。
今日は硬式テニス部と水泳部と剣道部と、あと数個の運動部に顔を出した。
成果はゼロ。当然の結果だ。
そもそも、佐野橋の勧誘は酷い。
「帰宅同好会入りませんか〜!」
だけである。せめて活動内容を伝えるべきだと思うが......。
倉橋先生の力を借りて、昨日作ったビラを校内に貼り出す事はできたが、未だにわざわざ声をかけてくれる人は居ない。
「あと人数が多い運動部だと、軟式テニス部と陸上部くらいだね......」
「軟式テニスは文化部とそんな変わんないよ〜!」
佐野橋のこの酷い偏見はなんなのだろうか。
「まあとりあえず最後に陸上部行ってみて、それで駄目だったら文化部にも手を出そう」
「そうだね......」
はぁ、とため息をついて佐野橋が立ち上がる。
その時、突然教室のドアが開いた。
「えっと......佐野橋さん、で合ってるよね?」
扉の奥から顔を出していたのは、怖いくらい綺麗な髪の少女。
髪は腰近くまで伸びており、手入れが大変そうだ。前髪も長く、片目は隠れている。
しかし清潔感というか、育ちの良さのような物を全身から感じられる。
制服も一切着崩す事無く綺麗にしており、姿勢がとにかく良い。
目立ちにくい髪飾りがかえって特徴的に見える。
弓道部の枯月栞だ。
学年は私たちより一つ上。
所謂お嬢様というやつで、度々噂を聞く。
家に招かれた友達によると、彼女の自宅はほとんど「城」らしい。
ちなみに私は彼女と話したことはない。
「おおっっ!! 私が佐野橋悠加。入会希望者ですか〜?」
佐野橋が凄い勢いで立ち上がる。
机を叩いたので大きい音が鳴った。
入会希望者、最初に枯月さんが入って来た時は私もそう思ったが、この人は弓道部だ。
昨日の空気感からして、弓道部の人がこんな巫山戯た同好会に興味を示すとは思えない。
「佐野橋。多分この人は......」
「はい。入会させて頂きます」
佐野橋を抑えようとした私の台詞を遮るように一言。
この人は今なんとおっしゃった?
入会させて頂きます?
佐野橋は目を輝かせ、喜んだような、鳴き声のような音を喉から捻り出した。可愛い。
「名前は? 同い年かな? クラスは? 他に部活入ってる?」
「枯月栞、高一だよ。クラスは三組。部活は弓道部」
佐野橋の質問攻めにも難なく対応していく。見かけによらずこの人は図太いようだ。
「とっ、年上! 失礼しました......」
「敬語は無しで大丈夫だよ? その方が気が楽だから。ところで、そちらの人は?」
ボーッと話を聞きながら頬杖を付いていたので、突然話を振られて一瞬言葉が詰まる。
「っえぁ......安曇七、です」
今の自分が、傍から見たら惨めなコミュ障のようになっていると、言い終えてから気付いた。
「安曇さん......ああ! 演劇部の!」
枯月さんが手を叩いて言う。
一個上のお嬢様にまで名前を知られているとは意外だった。
演劇部の公演を見たのか、或いは友人から私の噂を聞いたか......どちらにせよ、そういう風に知られて嬉しい事は無かった。
「あー......演劇部、辞めたんです」
辞めたと言うのが申し訳無かった。
「えぁっ......あ......ごっ、ごめんなさい......!」
枯月さんが慌てるように謝る。
本当に触れてはならない部分に触れたような慌て方だ。
「そ、れ、よ、り〜! 栞はなんで帰宅同好会入ってくれようと思ったの?」
私が適当な返事を考えている間に、佐野橋が身を乗り出して割って入ってきた。
気まずい空気を避けるためか、それとも空気が読めないだけか。
どちらにせよ、私にとっては渡りに船だった。
それより、佐野橋が枯月さんを下の名前で呼び捨てにしたのが気になる。
敬語は無しで良いと言われたが、真っ先に下の名前で呼び捨てし始めるのは気が狂っている。
「えっと......私、結構昔から家が厳しくてね?」
おそらく、親に禁止されていた事を色々やってみたい、という感じだろう。
お嬢様らしいお決まりのパターンだ。
佐野橋のコンセプトにも上手くハマっている。
と、思っていたのだが......
「それで、色んなことを本気でやり過ぎちゃう癖が付いて......。
身体がおかしくなるまで本気で弓道をやり続けてたから友達から心配されちゃって。
それで、部活に打ち込みすぎて身体を崩さないようにって、友達がここに入らないか勧めてくれたの」
話が全て狂っている。
弓道ってそういうタイプのスポーツだっただろうか? 打ち込みすぎて身体壊すタイプのスポーツなのか?
私が知らないだけで本当にそうかもしれないが......。
というか、弓道部に勧誘に行った時はあの待遇だったのに。
私たちの事は嫌にならなかったのだろうか。
「へぇ〜! その友達っていうのはどんな子?」
「えっとね、部活の後輩で、西村ちゃんっていう子なんだけど......」
枯月さんがこちらを見てくる。
西村は私の親友......であるはずの人だ。
演劇部で仲良くなり、お互い一番の友達になれたはいいが、私が演劇部に対して不満を募らせるようになってからは疎遠になり、部活を辞めてからは話していない。
もしかして、西村が勧誘に来た私を見て気遣ってくれたのだろうか。
西村とは気まずい関係だが、また関係をやり直せるなら仲良くしたいと改めて思った。
というか弓道と兼部してたのか。知らなかった。
「......西村なら知ってます。いい子ですよね」
何か適当に西村のいい所を言おうと思ったが、小っ恥ずかしくなってしまい、「いい子ですよね」というくらいの抽象的な事しか出てこなかった。
「うんうん。西村ちゃんめちゃくちゃ優しいよね〜」
枯月さんの発言に対し頷く私。
沈黙。
あれ、話題がこれ以上無い。
話が繋がらない。
目で佐野橋に助けを求める。
「んじゃ、今から活動開始という事で! まだ正式に同好会として認められては居ないけど......帰宅なんて学校の許可が無くともできる!」
佐野橋が立ち上がり、そう声を上げた。
ありがとう佐野橋......。
という訳でもう帰ることになった。
相変わらず馬鹿みたいな話を、今日は三人でしながら校門の外へ向かう。
しかし、そこで事件は起きた。
「......あれ、2人ともそっち方面?」
「......えっ。栞そっちなの?」
私たちの学校には主な下校ルートが2つある。
学校の北にある麗坂(うららざか)学園前駅、或いはバス停を使うルートと、南にある水ヶ丘(みずがおか)駅を使うルート。
枯月さんは私たちとは違う方面へ向かうらしい。
「......いや! 水ヶ丘からでもちょっと遠回りだけど帰れる! 七は?」
「えっ......あぁ、私も回り道すれば行けない事はないけど......」
「よし決定! 全員水ヶ丘駅から帰ろう!」
私の家は学校から近い。麗坂学園前駅から一本で、約10分もあれば着く。
水ヶ丘からでもそこまで時間をかけずに行ける。
「ごめんねぇ......私の通学路に合わせてもらっちゃって」
「いいのいいの! 友達と下校ルートを合わせるのも帰宅の醍醐味だからね」
という訳で改めて帰宅開始......いや、活動開始。
「で、栞! 弓道について聞いてもいい?」
佐野橋は、私の時もそうだったように、人と打ち解ける速度が凄まじいようだ。
「えっとね......そもそも弓道っていうのは、平常心とか不動心ってものを鍛えるスポーツなんだ。本当に集中力が必要になるものだよ」
「はえ〜。難しそう」
「呼吸と姿勢を整えて、弦に指をかける。そして、集中力を研ぎ澄ませて、弦を引く。弓にはもちろん標準機なんて無いから、自分の体感だけを頼りに的に矢を向けるの」
どこか遠くを見ているような目をして枯月さんが言う。この人は完全に弓道への覚悟が決まっている人だ。
「おぉ〜。それでそれで?」
佐野橋も興味津々である。
身を乗り出して枯月さんに問う。
枯月さんと佐野橋の間に居る私は少し気まずい。
「的に矢の先を合わせたら、殺すぞ〜っ! って感じの気持ちを矢に込めて手を離す!」
今なんて言った?
殺すぞ〜っ! って感じの気持ちって何だ?
殺意なのか?
弓道には礼節を重んじるイメージを持っていたが、たった今そのイメージが揺らいだ。
「残心っていうんだけど、矢を射たあとも重要なの」
枯月さんはそのまま話を続ける。佐野橋も口を挟まず目を輝かせて聞いている。
え? 違和感を感じたのは私だけ?
「こういう一連の流れは射法八節って言うんだけど、これがすごい大事なの」
「へぇ〜......ところで、殺すぞ〜っ! って感じって何? 殺意?」
良かった、佐野橋も気になっていたようだ。
「えっとね、殺意とは違うんだ......そもそも弓道っていうのは"善"を重んじる物だから。そういう悪い感情はあんまりあっちゃいけないの」
殺すぞ〜っ! って感じの気持ちは悪い感情じゃないのか?
「上手く言い表せないんだけど......えっと......殺してやるぞ〜! みたいな感じで」
悪い感情だろうそれは。
枯月さんがあまりに真面目な表情で言うからつい納得しそうになってしまうが、殺してやるぞ〜! は悪い感情だろう。
「なるほど......」
佐野橋は何に納得したんだ?
そうこうしているうちに私達は駅に着いた。
枯月さんが意外と抜けているという事も分かったし、今日はいい日だった。
「これでお別れも寂しいなぁ......よし! 今日は"寄り道"をしよう!」
佐野橋が提案する。
なるほど、活動内容は「帰宅」ではなく、「帰宅部がするような事」だ。寄り道も活動の1つだろう。
「おお〜」
枯月さんが拍手する。私もそうした。
という訳で寄り道をする事にした。
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