第2話 帰宅同好会、設立。


「帰宅部を、ほんとに部にしない?」


 通学路には私と佐野橋だけ。

 佐野橋のその一言が、やけに私の耳に響いた。


 私には佐野橋の言っている事が理解できなかった。

 それがあまりにも突拍子も無いアイデアだったから。


「はい?」


 しばらくの沈黙の後にようやく絞り出した感嘆詞には、間抜けな疑問符が付いていた。


「帰宅部って名前の部活を、作っちゃうの。学校公認で!」


 いやいや、そんな頭のおかしい計画が成功する訳......と普通なら返すのだが、うちの学校は事情が違う。


 私たちの通う私立麗坂女子学園の部活は異常だ。

 演劇部やサッカー部のような大規模な部活もあるのだが、超マイナーな超小規模な部活も沢山ある。

 園芸研究会とガーデニング同好会が別の部活として存在していると言えばその異常さが伝わるだろうか。


 一学年の人数が普通よりかなり多いのに中高一貫校であるため、在校生が尋常じゃない数居る。

 なので、必然的に部活数も増えてしまうのだ。


「で、活動内容は?」


 どうにか頭の中を整理し、そう聞き返す。

 自分でも怖いくらい冷静だ。


「帰宅部がするような事を部費使って全力で楽しむ!!」

「それだと同好会から部に昇格して部費が貰えるようになるまでは今までとしてる事変わんないと思うんだけど......」

「部であるって体裁が重要なんだよぉ」


 それにしても佐野橋の意図が分からん。

 言っている事の意味は分かっても、その意図が分からん。


「ほら、さっき七さ、部活をしてるって事実がなんとかって言ってたよね?」

「そんな事も言ったね?」

「じゃあ体裁だけでも部活に、と思って」


 妙に納得してしまったのが悔しい。


「でもその活動内容で人集まるの? 同好会作るなら最低でも四人必要だし」


 同好会には四人以上の会員、部に昇格するには十五人以上の部員と部たりうる実績が必要である。それに加えて顧問も必要だ。


 顧問に関しては部活に乗り気すぎる先生方がいくらでも掛け持ちしてくれるため問題ないが、帰宅同好会で四人集められるのかが不明である。


「うーん......怪我で運動部やめちゃった子とかを引き入れたり、運動部の練習辛そうな子にサボる口実を与えるために兼部させたり......」


 意外と需要があるような気がしてしまった。帰宅同好会。




 しかし、そうこうしているうちに私たちは駅の前に着いてしまった。

 佐野橋とは残念ながらここでお別れ。

 駅ではなく近くのバス停を使うようだった。


「さっきの提案、考えといて! じゃ、また明日ね〜」


「うん。また明日」


 また明日、という言葉がこんなにも明日を楽しみにさせる物だとは思っていなかった。


 私は今はまだ無き帰宅部、もとい帰宅同好会へ思いを馳せながら、一人家へと向かった。






「おはよ」


「おっ、七。おはよ!」


 翌日、少し早く学校に来てしまった私は、いつもより人の少ない教室で佐野橋と会った。

 佐野橋は自分の席で自習をしていた。意外。


「勉強とかちゃんとするんだ。意外」


 口に出てしまった。


「失礼な〜。まあ家に帰って勉強しない為にも! 今は勉強しておくのがいいと思ってるの」


 合理的な思考だ。

 佐野橋は突拍子も無い事を言うだけで、合理的な人間なのかもしれない。


「で、帰宅部はどうするの? 作っちゃう?」


「うーん......まだ作るほどの心の準備は出来てないかな。まあ前向きには検討してみる」


「じゃあもう今日作っちゃおう! どうせいつか心の準備終わったら作るんだし」


 やはりこの子は合理的なのかもしれない。


「え〜。分かった」


 勢いに押されて私も肯定してしまった。




「倉橋先生いらっしゃいますか〜」


 放課後、早速顧問探しに職員室へ。もう既に顧問になってくれそうな先生はある程度目星がついている。


 倉橋綾。

 比較的若手の女教師だ。

 私たちのクラスの担任であり、陸上部、車中泊同好会、ボルタリング同好会の顧問をやっている。

 かなりフレンドリーな国語科教員なのだが、言動がそれとなく"普通じゃない"のであんまり好かれてはいない印象である。


 先生の多くが増えすぎた部活の顧問を数個掛け持ちしているこの学校において、倉橋先生のような活発な人が三個しか部活の顧問をしていないのは異常だ。

 三個部活を掛け持ちして少ないと言われる方が異常だが。


「おぉう! 佐野橋と安曇じゃないか。珍しい組み合わせだな」


 倉橋先生の汚い机に向かうと、ジャージ姿の倉橋先生が出迎えてくれた。


「部活を作りたいです!」


 佐野橋が単刀直入に言う。


「ほう? ここの二人でか。そういえば安曇は演劇部を辞めたんだったな。心機一転、新しい部活を作るのもいいだろう!」


 なんでこの人、私が演劇部を辞めた事を知ってるのだろうか。一度も話してないのに。

 倉橋先生は生徒の情報に怖いくらい詳しい。


「んで、何部を作るんだ?」

「帰宅部!」

「なるほど! 面白そうだなぁ。協力は惜しまん。作るなら頼ってくれ!」


 何故理解できたんだこの人は。

 いや、理解していないが面白そうだから提案に乗っているだけかもしれない。




 こうして怖いほどすんなり顧問探しは終わった訳で、次は部員探しだ。


「とりあえずビラを描こう!」


 誰もいない教室に戻って来ると、佐野橋は自分の席に座った。


「紙と〜、色鉛筆はあるから、今から作っちゃおう」


 佐野橋が鞄から紙と鉛筆を出す。手描き?

 というか、これを用意していたという事は、初めから私がなんと返事しようと今日中にビラを作る気だったのだろう。


「えっ、手描きで作るの? PCとかじゃなくて?」

「温かみが足りないよ、温かみが。手描きでやってこそでしょ〜」

「......代わりに私がPCで作って来ようか?」


 佐野橋がPCでビラを作る技術が無いだけなのでは? と思ったので、そう提案してみる。

 私は一応PCの使い方はある程度心得ている......はずだ。


「えっ、ほんと?! じゃあお願いするよ」


 この反応からしてほんとに佐野橋がPCを使えないだけなのだろう。


「じゃあ今日は空いた時間で部員探しだ!」

「ビラ作る前から?」

「勿論。空いた時間は有効活用しないと」


 合理的なんだかただアホなのか。

 とりあえず部員を探してみる事になった。




「帰宅同好会、誰か入りませんか〜!」


 サッカー部の活動するグラウンドにて、佐野橋が声を張り上げる。

 サッカー部員達が練習をしながらも怪訝そうな顔でこちらを見てくる。

 私は佐野橋の仲間だと思われたく無かったので、少し離れた位置で俯いて立っていた。


「おい! うちの敷地で何やってんだお前!」


 しばらく誰にも話しかけられずに居たが、突然後方からの声。

 サッカー部顧問の藤原だ。

 生徒の間でもめちゃくちゃ怖いと有名な人である。


「ゲッ、藤原先生だ! 退散!」


「こら! 待て佐野橋!」


 佐野橋が藤原先生から逃げる後ろで、私は一人こっそりとグラウンドから出た。




 次はバスケ部。

 体育館でも相変わらず佐野橋は声を張り上げる。

 しかし、誰の反応もない。というか、誰も佐野橋に気付いていない。

 あまりにも練習熱心すぎるのだ。こいつらは。


 バスケ部顧問は藤原先生より怖いという噂も聞く。もしや部員は洗脳されているのではなかろうか。


「ダメだ! ここの人達は目が死んでる」


 佐野橋がそう言ったので、バスケ部も諦める事にした。




 さらにその次は弓道部。そろそろ疲れて来た。

 集中して弓を引く部員の横で佐野橋が声を上げるから、部員たちは憎悪の籠った目で佐野橋を見てくる。


「あの、こちらでの勧誘は辞めて頂けますでしょうか?」


 部長らしき人物から、丁重にお断りされてしまった。その声からは怒りが漏れ出ている。




「あ〜! どこもダメだ! 今日は諦めよう! また明日だ〜」


 教室に戻って来ると、佐野橋が机に突っ伏してそう言った。


「まあ運動部の人達がこんな部活入ってくれないよね......。もっと人の少ない文化部とか狙わない?」


 そんな私のアドバイスには文化部への偏見が混じっていた。


「いやいや! 文化部なんて帰宅部とそんなに変わんないよ! 帰宅部のするような事を、部活で忙しい人にもさせてあげようってコンセプトなんだから......」


 佐野橋が机に頬を付けたままこちらを見て言う。

 そんなコンセプトだったんだ。

 というか、文化部への偏見が私より凄い。


「でも運動部員がこんなところと兼部してくれるかな......」


「まあ心配するより行動だよ。今日は帰ってビラ作って、それでまた明日!」




 という訳で、今日も佐野橋と一緒に帰った。

 昨日と変わらない、取るに足らないような会話が相変わらず心地よかった。


「大喜利しよ。絶対面白くないけど見たくなる映画のタイトル、何?」


「えー............劇場版高校数学」


 我ながらちょっといい感じの答えを出せた気がする。

 佐野橋は感心したように手を叩いた。


「七、ほんと面白い子だよね」


「佐野橋に言われたくない」


「えー?」


 とまあ、だいたいこういうような程度の低い会話を続け、私たちは駅前で別れた。

 しかし、これが私にとってはとびきり楽しい事だった。

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